第5話港町の商人

 僕はいままでの経緯を王都に伝えていた。あまりしたくないが国軍の出動も視野にいれてくれと記していた。

 だけど、王都の反応は鈍すぎる。

 かなり繊細に辺境貴族の動きを報告した。施設の関所の設置に、傭兵を大量に雇っていること。国法を破ることに抵抗感がなくなっていることなど。

 だが返書には、ただ街道を整備しろとしか記されていなかった。

 ありえないだろ。

 民が飢え、地方が独立しそうなのに何もしないなど。

 だから魔王にここまで侵略されたのだ。もっと早く動いていれば撃退できたものを。

 そんなことを誰にもいえないので、僕は宿屋がやっている居酒屋で酒に不満をぶつけていた。

 関所が撤廃されて活気が戻っているのは居酒屋も同じだった。店内はほぼ満席だ。

 今僕が飲んでいるビールだって大農園地域から運ばれてきたものだ。

 このつまみの塩漬けのニシンも港町から運ばれてきたものだ。

 そしてべらぼうな値がついている。

 財布と相談しながら次の一杯はどうしようか迷う。

 僕の横に男が座る。

「査察官様」

 かなり身だしなみがよい男だった。刺繍などはないが生地や裏地がかなり高価なのだ。

「どちら様でしょうか?」

 記憶にはない。酒に酔っていてもそれはわかる。

「私は港町で商いをしているものです。今日は高名な査察官様と折り入ってお話をしようと思いまして出向いてきました」

 港町?あそこにはいい思い出がないんだけど。

「査察官様が関所の撤廃に動いているとききまして、これほど嬉しいことはありませ

 ん」

「そうですか、しかし申し訳ない。撤廃が全然すすまないんで」

 ぼやけた思考でこの男が何者か必死で考える。この男の言葉には有無をいわせない重さが含まれている。きっとかなり大きな取引をしているのだろう。

「わかります。地方貴族は王の威光が衰えた今を好機と関所をたてています。我々が

 物資を王都に運ぼうにも経費が膨れてしまって身動きがとれなません」

 男はグラスに口をつける。

「この宿場町近辺の地方貴族はまだいうことをきくでしょう。ですが山岳部や港町近

 辺までになると、査察官様がどんなに叱責しようが撤廃はしません」

 山岳部付近の地方貴族は、もともと独立の気運が高いところだった。港町近辺の貴族になるとその立地からかなり裕福なものが多く、王に対して距離を保つ傾向があった。

「よくご存知で。そのとおりまったく打つ手がないんですよ」

「ですので、われわれ港町の商人団がお力になります」

 いつの間にか僕はこの男のペースにはまっていっていた。

「ははは、それはありがたい」

 僕はビールを胃の腑に流し込み、思考を加速させる。この手の話、絶対裏がある。

 酔客の喧騒の中、僕とこの男の間だけまったく違う空気が流れていた。

「お、査察官殿、ここにいたか!」

 その真剣の間にずかずかと女騎士さんがのりこんできた。


 私は勇者殿の行き先をしらべるたみに宿場町を通るキャラバンたちに聞き込みをしていた。

 この辺りで猛威を振るっていた魔王の配下を勇者が退治したのは数カ月前。勇者殿の話は誰でも話してくれた。だが、その後の行き先になると、曖昧になる。

 港町に向かったと宿場町の住人は教えてくれた。

 大農園地域で見かけたと旅人が教えてくれた。

 だれも嘘をついてる素振りはない。

 私は街道がわかれているこの宿場町で動けなくなっていた。

 ただこの宿場町も関所を撤廃してから、一気にキャラバンの数が増え、さらに遠方からの商人がくるようになった。

 私は必死に彼らから勇者殿の情報を集めた。かなりぼやけた話が多いいが、それでも何かしらの手がかりはあった。しかし、勇者殿の行方以上にこの国の現状がわかってしまった。

 関所の乱立によっての流通の阻害。それによって引き起こされた物価の高騰。

 魔物が静まったかと思えば盗賊の跋扈。まったくもって動こうとしない王軍。

 地方貴族たちの怪しい動き。

 これが王国の現状だった。嘆かわしいことに。

 そんなキャラバンの中で気になる一団があった。

「でだ、査察官殿!その一団なのだがはやいのだよ!」

 もう僕の周りにあった空気は四散していた。今は女騎士さんの勢いに支配されていた。

「何がはやいんです?」

「そのキャラバンはな、港町からきていたのだが、宿場町につくまでの日数が他のキャラ

 バンより一週間はやくついているのだ!」

 たしかにそれは異常だ。港町から宿場町までは通常なら三週間はかかる。それはどんなに急いでもあまりかわらない。関所で足止めをくらうのだ。

「それはすごいですね……」

 女騎士さんを疑いたくはないが、そのキャラバンが嘘をついているとしか考えられない。

「その一団は一往復して、またこの宿場町にきたのだよ!私は彼らが港町に帰るのを見て

 いるのだ!それからここに戻ってくるまで二週間もかかっていない!」

 酔いがまわってくる。

 僕の頭に何かがおりたっている。

 形にならないそれは必死に告げようとしている。

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