第4話王都と辺境
港町に向かう街道には関所が42ヶ所設置されていた。大農園地域に向かう街道には32ヶ所。
撤去できたのは合計で5ヶ所。
僕は一度、最初の宿場町に戻ることにした。
部屋に入るととりあえずベットに倒れ込む。もう疲労でパンパンだった。
何も考えずにいた。何も考えず眠りに入りたかった。
「おい、帰ったのか査察官殿」
その声になぜか心が惹きつけられる。
「騎士さん、おひさしぶり」
「1週間ぶりか。どうだ成果は?」
「ははは。それがですね」
淀んだ目をしていることに女騎士きしさんが気づく。
「それがですね、勝手に設置された関所は、ほぼ残っています」
僕の疲れ果てた笑顔に彼女は声をかけることができないでいた。
「ここで調べた時よりも関所の数は増えていたんですよね。困ったことに。一つ一つ
撤去するようにいったんですが、まあのらりくらりとはぐらかすんですよ」
「そうか……。それでどのくらいは撤去することに?」
「5つで」
たった5ヶ所だ。たったこれだけの数を撤去するために僕は駆けずり回った。
「なぜに……もう魔王はいないんだぞ」
たしかにもうこの地域に魔王の影響はないに等しい。魔物対策や治安維持のために雇った傭兵もいらない。それでも地方の貴族は手放そうとしない。
それは王都から離れるほど強くなっていた。
「もっとも港町に近い関所はかなり儲けていました。あの収入を手放すことはできないで
しょう」
「そうなのか。キャラバンの数が増えたから全て撤去できたものと思ったが……」
そういえば宿場町の活気は段違いに良くなっているらしい。窓の外からきこえる声だけでもそれがわかる。
「そうか……キャラバンが増えましたか」
僕は心底嬉しかった。
だけどこれだけでは王都の消費には全然足りない。
「5つ関所が減っただけどこれほど商品が流れるものなんだな査察官殿。これを知って他
の領主たちも倣ってくれるのではないかな」
そうだったらどんなにいいか。
しかし女騎士さんと話すことでいくらか心が安らんでいた。
僕は何も食べずそのまま寝た。
街道をとおるキャラバンの数は思った以上に増えていた。つい最近、関所が撤去されたのにその情報がすぐに伝播していた。
水を求めた獣のように宿場町にキャラバンの荷馬車が集まっていた。
「な、すごい数だろ」
「ええ……」
女騎士さんが勘違いするのもわかる。関所があったころを知っていればなおさらだ。
「だけどね騎士さん。この荷が王都に運ばれて、どれくらいの値になると思う」
「?」
彼女はかなりの大貴族の出なのだろう。そんなことも考えたことがないらしい。
「いまキャラバンが一番運んでいる荷は食料です。そのなかでもパンにするための小麦が
一番です」
大農園地域が港町よりも関所の数が若干少ないことも理由かもしれない。
「これで王都の民も安心して食事ができるのだろう」
「いえ。きっと無理でしょう」
僕たちの前にちょうど小麦を積んだ荷馬車がとおる。
「これだけの量では王都の民全てを養うことはできません。今現在でさえパンの値段が高
騰して平民は買うことができないでいるんです。ここにいるキャラバンも高値のうちに
売ろうと必死なんですよ」
ただパンの値が高くなったのは関所で毎回通行税を徴収されることが一番の原因だ。その徴収分が上乗せされている。
「食料品の値段を安くするよう商人に通達すればどうだ?」
女騎士の世界では食事は何もしなくても勝手に用意されるものだった。訓練のために食べないこともあったが、飢えるなど体験したことがない。
「もう何度も法令でだしていますよ。もう誰も守っていませんけど」
「民が飢えているのだろう!そんな暴利を貪る商人をなぜ罰しない!」
「商人が理に聡いのは今にはじまったことじゃないですよ。それに数が少なければ絶対に
値はあがります」
「……それにしても」
「それを防ぐためにはまず街道の流通をもとに戻すしかないんですよ」
いま動いている食料は魔王の侵略に対して緊急に備蓄したものばかりだ。これが尽きればまた品不足になる。収穫時期までに関所を撤廃しなければ王都で何が起こるか。
「もはや、王軍をつかって無理やりにでも関所を全廃するしかないのではないか?」
彼女らしい案だ。
もちろん無理。
「いま、この国にそれほどの力はありません」
魔王の侵略に対してかなりの被害を被っていたのは確かだ。しかし貴族を討伐するぐらいならできなくもない。
「騎士さん。これは僕個人の考えです」
今回の件で痛感したことを彼女に晒す。これは査察官としてかなり危ない発言になるが。
「魔王の出現によって、この国の……王の影響力が相対化されてしまったんですよ。もう
絶対的な存在じゃないんです」
それは王都から離れるほど顕著に感じられた。
この国ができて百余年。戦乱の果てに最強の武力をもった勢力を中心にまとまったののが僕たちの国だ。最強の勢力は現在の王になる。
最強として貴族たちの上にたっていた王が魔王と名乗るものに蹂躙されたのだ。
「査察官殿、しかしそれでも王は神聖なものだぞ……」
女騎士さんの出自は王周辺の貴族なんだろう。彼らの世界の中心にはいつも王がいる。
だが王によって征服された勢力や従属された勢力はいまだに存在する。それを出自にしている貴族も多々いる。
「そうですよね。忘れてください。ははは」
僕は最後の結論を飲み込んでいた。それは彼女では耐えれないだろうと。
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