第15話
「ふぁぁ~~あ」
まぶしい光がつむっていた目を刺激する。
いつの間にか朝になっていたようだ。
はっとしてみてみるが、待ち人の姿はない。
ちょうどその時、
「ただいまー」
玄関から蓮華の声が響いた。
慌てて眠い目をこすって、立ち上がる。
「お、おかえりなさい」
「お邪魔します」
「なにあんた、まさかずっとここで待ってたわけ?」
机に突っ伏したまま寝ていたからか、顔にあざができてしまっている。
本人の様子を見るに、待っていたらそのまま寝落ちしてしまったといった感じだろうか。
「いやぁ、はは」
「言っていかなかった私も悪いけどさ、別に律義に待ってなくたってよかったのに…。って、あんたに言ったって聞かないか」
由理はそれを聞きながら笑うと、昨日作ったであろうご飯を温めなおした。
「先生も食べますよね、あまりものですけど」
「ええ、朝ごはん、いただきますよ」
奥の扉を開けて加恋も入ってくる。
「あれ?先生?」
「おはようございます加恋さん」
静かな朝だ。
嵐の前の静けさという奴だろうが。
漠然とした不安や、よくわからない安心感など、とにかく沈黙が食卓に並んでいた。
口が重かっただけかもしれない。
その不気味さに、由理は息をのんだ。
何かが異常だと。
「………ねぇ、なんかしようとしてる?」
由理は勘の鋭い子だ。
二人がそれぞれ考え事をしていたのを見抜かれていた。
まぁ、前日に蓮華とクロエに何かあった様子は知っているからそこから考えが至ったのかもしれない。
「んー、まぁね」
雑な回答に不服そうな表情をするが、由理たちは巻き込みたくない。
確かに由理の身体能力は高い。
普通の人間と比べれば、その差は圧倒的だ。
だが、普通の人間よりも純粋な心を持っている。
人を超越した力を持つからこそ、彼は誰よりも優しい。
他人が傷つけば自分も傷つくような温かい性格の彼に、現状は悲しすぎる。
それに、理解の範囲が及ばないことも多く出てくる。
彼には私の元にいる限り、平穏でいさせてあげたい。
そんなことを考えているのがわかったかのように、まぁ仕方ないか、と頷くと、みんなが食べ終わったことを確認して皿を片付け始める。
「悪いわね」
「いいですよ」
「私も手伝う」
加恋も由理に続く。
「今日の予定はいかほどですか?」
恭弥が蓮華にデジャブ、つまり前回のループでは7月30日はいったい何をしていたかを尋ねる。
「今日は確か…」
7月30日は恭弥が休みで、その日も3人一緒だったような気がする。
結局一緒だったのか。
「………思い出すこと、全部クロエのことばっかりだね」
昼でも夜でも、家でも外でも、山でも海でも、クロエとの思い出ばかりが浮かんでくる。
10年以上の長い付き合いだものそりゃあそうよね。
「ショッピング行ったんだっけな。確か」
それに今日は3人だけとは言わず、由理と加恋も連れてみんなで出かけたはずだ。
ちょうど日用品が足りてないのに由理が気付いて、ついでに出かけることになったはずだ。
「あ、洗剤そろそろヤバいかも」
ほらね。
「僕思ったんですけど、蓮華さん、クロエさんに言ったんですよね?」
「え?何を?」
「マルタ・アンジェについて知っているって」
そうだ、確かにクロエにマルタ・アンジェに気をつけろと忠告した。
「………これマズイ?」
「クロエさんが僕らのことを守ろうとしているなら、情報を漏らす心配はありませんがね」
少し安心した。
これでもしもマルタどころか正光にまで私の言葉が漏れていたら、このデジャブでは対処できない変化が訪れるかもしれない。
ただでさえ、クロエと溝を作ったことによって世界は別の方向に枝分かれしているのだ。
「じゃあもし、マルタについて、ひいてはループについて知っている可能性があると感じたクロエさんが、その信憑性を確かめるために取る行動はいったい何でしょう」
蓮華は少し考えるしぐさをして、こう答える。
「え………監視してみるとか?」
「まぁ、できなくはないでしょうが。僕らの感知範囲外から監視ってそうそうできるようなもんじゃありませんよ」
実際、昨日の今日で監視されてる様子はなかった。
では一体、クロエはどうやってこちらの思惑を推し量るというのだろうか?
「答えは簡単です。過去ループ中に訪れた場所に確認に行く、です」
なるほど、確かにそれは合理的だ。
なぜ気づかなかったのか不思議なくらい単純な答えに口をとがらせながらも頷く。
誘ってもいない場所にダブルブッキングしてしまった場合はループに気が付いている決定的な証拠になるし、もしも蓮華がループに気付いていなければ会わずに済む。
だがしかし、それは一番大事な部分がはっきりしていない。
つまりどこだ?
クロエに誘われた場所なんていくらでもある、それどころか、恐らくループで蓮華の予定をすべて把握していたクロエは、空いている日にちすべてを誘ってきていた。
つまり別の用事で出かけたとしても出会う可能性がある。
だから特別でなければいけない。
必然的な事象が絡む、由理が提案した買い物では、確実にクロエに会える保証がない。
「なんかないんですか?できれば今日がいいです。そっちのほうが確実性が増すと思います」
蓮華がループについて知っていることははっきりとした事実にし、正光達を倒すためにこちら側についてもらう。
「あ!」
「何か思い当たりましたか?」
「たしか今日の最後にみんなで夜景を見に行くってクロエが提案した!はず!」
今日の最後という部分に少し微妙な顔をしたが、今日能動的に誘った場所がそこしかないなら、むしろそこを張っているはずだ。
となれば、出会った時点で彼女はこちらの意図に気付いてくれるはずである。
「では、そこに行ってみましょうか」
由理にお小遣いを渡して、また出かけることにする。
「僕は連れてってくれないんですね?」
「もしなんかあったら、あんたが加恋を守るのよ?いいわね?」
それはつまりなにかある、ということなんだな、と思ったが口には出さなかった由理。
言葉は呑み込めたがそれでもやはり不安そうだ。
「今日は早めに帰ってくるから!晩飯よろしく!」
「ついでに僕もご相伴にあずかろうかな」
二人がそういって笑うと、由理もなんとなく吹っ切れたのか、くすりと笑った。
さて、目指すは街はずれにあるブラック区画の寂びた社、その頂上にある広場だ。
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