第14話
闇夜に月明かりを縫い紡ぐが如く、2つの暗影が街をかけていく。
後に残るは一陣の風だけだ。
凪の紋章の青い隻眼と、赤いマナコが閃を引く。
瞬身の中、恭弥と蓮華の間に言葉はなく、ただひたすらに走っていた。
目的地はトライアド傘下無題製薬の企業施設。
あの文献の通りなら、この地下に正光たちだけが知る、秘匿された神殿が眠っているはずだ。
やがて瞳が、ライトアップされた施設を写す。
まだ新しく清潔感の保たれた施設は、マイナスのイメージをかけらも感じさせず、その清廉ぶりをアピールしているようだった。
蓮華は以前に製薬会社との契約の手続きや宣伝で招待され一度きたことがあった。
別に特に悪いところが目立つわけではなかったが、当時トライアドは急進企業で安定するかわからなかったため、保留にしたのだが、こんな形で再び訪れることになるとは思いもしなかった。
「また催眠で入るの?」
恭弥に尋ねるが、恭弥はあまり好色を示さなかった。
「なんども同じ手を使うのは、リスクが高いです。それに、それしかできないほど芸の少ない魔術師でもありませんしね」
敷地の入り口にある検問に目を向ける。
車なんてこの街じゃほとんど通らないし、通っても貨物用の車だけだ。
施設そのものに光が当てられているため、検問所の裏側には潜むにはちょうどいいような暗闇が生まれていた。
とにかくそこに身を隠して、恭弥の出方を伺う。
恭弥はわざと検問所から見える位置に、どこからか取り出した金属片を投げる。
当然、金属は地面にあたって大きな音を立てた。
中の人たちが一斉に行動を開始した音が聞こえる。
そのうちの1人だろうか。
金属片に気がついたらしく、金属に駆け寄っていく。
すると、あっという間に蓮華が、潜んでいた暗闇の中に警備員をひきずりこむ。
殺さないように首を絞め、意識を落とすと、恭弥の方を見た。
「お見事」
そう言って男から警備員の服を剥ぎ取る。
どうせ外側の生垣の隙間なんてよく見たりしないだろう。
とにかく倒した警備員の半裸体を丁寧に世話された植え込みの間に隠して置いて、彼が中に入っていくのを見送った。
あっという間に、男のうめき声と倒れこむような音がして、恭弥が合図を出す。
「どうやら男性警備員しか雇っていないようなので、この服装は良くないです」
なるべく違和感のない変装をするべく、警備員の服装は見送ることにする。
それにしても、真面目に勤務してるであろう最中に昏倒させられるなんてのは、普通では考えられない。
これって労災出るんだろうか。
倒れている彼らが少し不憫にも思われたが、そんなことはどうでもいい。
中との無線に嘘の情報を流し、中を調べるための情報を集める。
この検問所に中の大まかな地図は見受けられたが、期待の神殿へ続らしき道のりは必見できなかった。
地下へと続く道らしいので、エレベーターなどでしか行けないよう隠してあるんだろうか?
そもそもどのレベルの神殿なのか。
まさか禁門のように入り口は小さくて、中は結界空間になっててだだっ広いとかだったら、探しにくいのでやめていただきたい。
「僕はこのまま進みます。蓮華さんは別の侵入経路からお願いできますか?」
いつも通りの置いてけぼり。
まぁ、信頼の証でもあるとわかっているため、いつも通り追求はしないが、言われるたびになんかムカつく。
「痛いっ!?なんで蹴るんですかっ!」
へっ、いい気味だ。
ここまでが一連の流れだ。
「さて、ノルマは達成しましたし、行きましょうか!」
茶番を終えると蓮華もうなづき、壁を登る。
正面入り口から恭弥が入っていくところを見送ると、自身も侵入経路を探すべく辺りを見渡してみる。
とは言っても大量の室外機と給水タンクなどが並んでいるだけで、それ以上はなにも見当たらない。
また、屋上とも呼べるこのスペースには明かり1つなく、身を潜めていれば中の様子を見ていても誰も気づかないほど、真っ暗だ。
そんな中、屋上へ出入りするための扉を見つけることができたので、中の様子を伺う。
まるで音は聞こえてこない上、気配もない。
それどころか電気系統も照明以外には通っていないし、普段は使用しないのだろう。
小電灯すら灯っていなかった。
これはしめたものだ。
最小限の音で扉を開け、あたりに精神を張り巡らせ、極力感知に引っかからないよう警戒しながら、階段を下っていく。
降りた先は小さな部屋になっており、カードキーの機械が扉についていた。
「あっちゃー入れないか」
そう思って、ダメ元で手をかけると不用意にも扉が開いたので、慌てて元に戻す。
幸い気づかれてはいないようだった。
どうやらこのカードキーの装置は内側から外に出るためのもので、外から中に入ることは計算の外らしかった。
まぁ、もともと屋上に侵入者がくる予定なんてないだろうし、本来ならそれ以前に止められるだろう。
だが、ここから先はふつうに職員たちが働く区画であり無用心にこの扉の先へ足を踏みいれようものなら、即捕まってしまう。
一応、蓮華は医者として区内では立場のある人間なので、見つかると非常にまずい。
しかも理由が言えないため余計にだ。
こんな時のためにわざと作ってあるんじゃないかと錯覚さえする、通気ダクトを見つけたので、それを這いくぐって移動することにする。
製薬会社だからというのは通らない通りだけども、蓮華がここを通ることを見越したかのような清潔感だが、一体どこにつながっているというのか。
一応、地面ではなく高い位置にあったダクトのためふつうに汚い物だと思っていたが、これはもしかすると蓮華の病院よりも綺麗かもしれない。
一体どうやって掃除してるのだろう。
そんなことを考えていると、あっという間に突き当たりに着いた。
格子になった通気口からは、誰に見つかることなく中の様子を見渡すことができる。
中は培養室になっているようで、薄暗い光の中、ガラスの培養槽の中の液体が不気味に揺れている。
人影はなく、実験器具と培養槽が並んでいるだけの部屋だ。
降りられそう。
端末に恭弥からの連絡があり、どうやら地下への通路が見つかったらしく、急かす内容だった。
とりあえず、ダクトから抜け出し音を消して培養室を調べようとすると、先程検問で見た館内マップよりも詳細になったものが送られてきた。
さすがにダクトの通り道まではついていなかったが、これで大体のダクトからの位置の予測がつく。
早速培養室の扉を開けて外を見る。
忙しそうに皆行き来を繰り返し、書類や実験物などを運んでいるようだった。
遮蔽物に隠れて監視カメラや視界に注意して動く。
人間の視界は思っている以上に広く、集中している時でも意外と視界の隅で捉えた物に気がつくことがある。
廊下では研究以外にも様々な話をしている輩がいるようで、少し騒がしいコンビが歩いていく。
「聞いてくれよ、俺ってばまたカードキーなくしちまってさぁ…」
「おいおい、また主任にどやされるぞ」
「そうだよなぁ、なんだってこうついてねんだ?」
「ロッカールームに新しくベンチがつけられただろ?あの下に落ちてないのか?」
「あー、そこは見てなかったなぁ…あとで見て見るか…」
通り過ぎる2人に幸い見つかることなく、向かいにあった小ミーティングルームに転がり込む。
ハッチを開けてダクトに入って見ると、思った通り中で屈折し、下の階に通じていた。
まぁ、適当に入ったので、ダメなら別の部屋からアプローチをかけるだけだったが、一発目で見つけることができて幸運だった。
速いに越したことはないのだから。
ダクトの中はむしろ音が響くため、音を消すことに専念しながら下へと下っていく。
さらに運がいいことに、今いるダクトから直接ロッカールームに行けそうだ。
ロッカールームになら着替えや変装の手立てがあるだろう。
迅速な行動のため誰もいないことを祈るばかりだ。
そんな蓮華の願いが通じたのか、格子を覗き込んだ瞬間に最後の1人が出ていくのが見えた。
すぐさまダクトを這い出て、着替えを探す。
予想通り、研究室で使われる実験着が置いてある。
夜もふけるためもう数は少ないが、一人分くらいちょろまかしたところで誰が気づくというのだろうか。
そういうのは総務の仕事だ。
急いでそれらを身につける。
帽子とマスクまでついて変装にはちょうどいい。
ただ、髪を帽子に入れる関係で普段隠している目がむき出しになってしまうのが問題だ。
こんなに派手に見える瞳ではすぐばれてしまう。
仕方なく蓮華は人差し指と中指をセットにして宙を一文字に切る。
そうすると、その指の動きをなぞるかのように、空間にチャックとジッパーが現れ、何もない場所に別空間の口をぽっかりと広げる。
そこから自分の医療道具の入ったカバンを取り出すと、その中から眼帯を取り出す。
見えないことに違和感はないが、いつもと違う感触が微妙に気になる。
1つ大きく呼吸して、バッグを時空の裂け目に乱雑に放り投げると、ジッパーが勝手に閉じて、いつのまにか風景に滲んで消えた。
先ほど聞いた話を思い出す。
もしかするのではないかと思い、ベンチの下を覗き込んで見たらやはりあった、カードキーだ。
これである程度は自由な行き来が自分の意思で可能になるだろう。
蓮華は独り言もなくただゆっくりと歩き出す。
ほかの従業員たちに紛れて、不信感を持たれぬように堂々と、恭弥の待つ地下神殿への入り口を目指す。
先ほどカードキーが拾えていなければ移動できないエリアだったので、こればかりは落し物の彼に感謝した。
扉を開けるとわざとらしく書類に目を通すフリをしている恭弥がいた。
「まぁまぁ時間かかりましたね」
先の格好とは別の服装をしているということは、どこかでまた犠牲者がいたに違いない。
労災が下りるといいね。
「これでもかなり早かった方よ」
その言葉を聞くや否やで、恭弥が歩き始める。
その先は見るからに怪しげなエレベーターがあった。
そもそも、この区画自体が職員の立ち入りを限定的なものにしており、ほとんど人は入ってこない。
そのため現在の服装が不法侵入に当たるのかどうかすらわからない。
一体、ここの職員たちはこんなにも堂々と設置されたほとんど使われないエレベーターについてどう思っているのだろうか。
恭弥がカードリーダーにキーをスキャンすると、ゴウンと大きな音を立ててエレベーターが動き出した。
下から上がってくるわけではないということは、最後にこのエレベーターを使った人間は上に上がってきたということだろう。
呼び戻されてもいないことから、エレベーターを降りてすぐに鉢合わせることはないだろうが、この先に作業員がどれくらいいるのかが、調査の鍵になるだろう。
まるで始まる直前の舞台のような静けさに戸惑うも、恭弥も緊張しているのかその沈黙を晴らすことはできなかった。
そしてついにエレベーターが停止してその扉を開く。
地中深く、どうやら広く掘り広げられた空間に、どこかで見たような作りの城と呼ぶべき巨大な建造物が鎮座していた。
記憶が徐々に、まるで春の雪解けのようにゆっくりではあるが頭に戻ってくる。
それはデジャヴのような、自己懐疑的なものではなく、しっかりとした記憶として光景が思い出せる。
世界の終わりのその今際、凪の瞳が累積した記憶を全て解き放つ。
『今度こそあなたを、いや、あなたたちを救ってみせる』
はっきりと思い出した。
なぜわからなかったのか、明らかだったのに、まるで脳が否定したがっていたみたいに霞みがかって、一体そこに誰が立っていたのか、まるで認識できなかったのに、わかった。
間違いない。
クロエが時間ループのために正光とマルタに協力し、ヨグソトースの時空門を開いた。
そして2人はクロエを利用し、アザトースによる世界終焉のプロトコルがついに決行されたのだった。
熱い何かが頬を伝っていく。
不意に恭弥の人差し指が雫を掬った。
「何か思い出せましたか?」
「…これが最後の場所。私と彼らの最後の決戦場」
そう呟くと、ふらりと歩き出し、記憶の通りに城の中を歩いていく。
階段を登り、長い廊下や回廊を歩き、梯子を渡り上へ上へと上がっていく。
そして最後の間に到達する。
城の主人のための部屋で城全体が見渡せる位置にある。
からの玉座に、塞がれた天蓋。
だが、ここから確かにあの酷く焼け爛れた冒涜的な煮えたぎった黒い塊を見上げた記憶がある。
そしてここで、前回はゲームオーバーだった。
「クロエは間違いなく、私たちを守ろうとしてくれていた」
それだけは間違いなかった。
「まぁ、疑うまでもありませんでしたがね」
「なっ…、私の話聞いたときは恭弥君も”それはあやしい”みたいな顔してたじゃん!」
「あっはは、何のことですかねー、僕は友達を疑ったりなんかしませんよー」
笑顔で逃げられる。
ムカツクゥ~。
なんだか言いたいことは山ほどあれど、まずはこの目の前に広がる遺跡を調べなくてはならないだろう。
声をかける前から、恭弥はすでになにかに集中しているようだった。
なにをしているのかと思ってのぞき込んで、しばらくすると顔をあげる。
「人の気配はまるでありませんね。違和感のある気配は少ししますが」
違和感のある気配、それは妙だ。
実をいうと、蓮華もその気配には気が付いていた。
まるでどこからでも見られているかのような、そんな奇妙な気配だ。
エレベーターを降りてすぐ、それからずっと感じている。
「……ですがこちらへの干渉は特にしてこないようですね」
恭弥は先へ歩き出す。
「本当にいいの?ほっといても?もしかしたら正光にバレるかもしれないんだよ!?」
「ここに入った時点でバレないほうが難しいでしょう」
なんなら―――――、そう言葉を続けようとしたその時、気が付くと二人は見知らぬ場所に立っていた。
だが、魔術を受けた感じはしないし、この景色そのものに敵意を感じない。
そういうと油断に感じられるかもしれないが、瞬きの間に辺り一面お花畑になっていたら、誰だって驚きもするし気も抜けるだろう。
「…幻覚のたぐい、というよりは夢に近い」
恭弥がそうつぶやく。
「夢、ね」
幻覚とは精神医学用語において、対象の無い知覚反応のことを指す。
それに対して夢というのは医学的見解を示せば、睡眠中の幻覚なのだが、この場合の夢は少し毛色が異なり、特定の周波数が共鳴して作用した結果入り込むことができるドリームランドの特異点のことを指している。
特にあわてる必要もなさそうなので、あたりを見渡してみる。
美しい赤・黄・桃などの花々をさらうように、心地の良い風が吹き花々を巻き上げる。
目の前には変わらずあの大きな城と呼ぶべき建造物が二人を見下ろしている。
先ほどまでのせまぜまとした洞窟空間はいったいどこへ行ってしまったのか、今となっては周囲を見届けられないぼんやりとした霧霞と、渺茫霞む地平線が広がるだけだ。
先ほどからの違和感はこのチャンネルだったのか?
二人は背中を合わせ辺りを警戒する。
この異様な現状になぜこんなに冷静でいられるかというと、魔術師なんてものを長い間生業にしていると、人理が崩壊したこの遍歴においてはあまり珍しいことではないからだ。
それも一部の人間にとってだけだが、一部の人外とその付き添いにとっては経験してきた摩訶不思議の一つに数えられる程度であり、慌てるに値しない。
それに少なくともこのチャンネルは安全に見える。
この夢というのは非常に厄介で、自分がこの特定の波長を持ってさえいれば、関係なく開かれたチャンネルに入ってしまうため、危機的状況に置かれていることも珍しくはない。
死した大都市サルコマンドでは夜のゴーントにさらわれそうになったり、忘れ去られたカダスで大迷子になったりもした。
それに比べれば一見して死が垣間見えないような現状なんてへでもくらえ、だ。
まこと奇妙ではあるが、どうにも状況は好転しなさそうなので、城の中へ進むことへとする。
あの大きな門を開けてアプローチを歩く。
前回と違い足取りは軽く、無茶の後でもないから楽でいい。
美しい庭園へと続くアプローチを過ぎて入口の扉を開けると、あの時よりも、ずっと色鮮やかに見える幻想的な空間が広がっていた。
以前は暗く、落ち着いた印象が深く、まるで中世ヨーロッパの城のようだと評したが、こんなにも明るく美しさが活発としていてはそうは言いきれない。
場内を見渡していると、ふと視界の隅、階段の上に人影が写り込んだような気がする。
それは気のせいではなく、確実に存在していた。
いや、存在していたが存在していなかった。
人影を追いかけて階段を駆け上がると、そこに立っていたのはお姫様、そう呼ぶにふさわしいような恰好をした少女の幻影だった。
『ようこそいらっしゃいました』
言葉は聞こえるが耳からじゃない。
まるで直接頭の中でささやかれているような微妙な気持ち悪さがある。
彼女は二人を見ても、警戒する様子は見せない。
それどころか、どうやら歓迎してくれているらしかった。
「えっと、あなたは一体?」
『私はフォリア、といいます』
少女は笑う。
彼女はこの城の元主であった女性フォリア。
なんでも彼女は精神世界でヒュドラを倒す使命を請け負っていたそうだが、その儀式の最中殺害されたため、完全に死ぬことができずに精神世界をこうして彷徨っているのだそうだ。
『あなたたちを待っていました。私を殺せる人を』
「ちょ、ちょっと待ってよ、そんなあったばっかの人を人殺しにするってわけ!?」
『…やはりだめですか?』
「………せめて死ぬとしてももっと間接的な方法はないわけ?」
さすがに助ける、というのは無理だと悟ったのか、いくらか譲歩してみる。
『妥協を聞いていただけるのは助かります。私を殺した男、名前は正光…と申しましたか、彼が…』
は?と蓮華は顔をゆがめる。
「ちょ、ちょっと待って、お姫様が殺されたのっていつぐらいなわけ?」
『………もう何百年にもなりますか?』
「伊藤正光はどっこい生きてる!どういうわけだ?」
蓮華が疑問を口にすると、恭弥は目を光らせた。
「彼もまた因果の外の住人なのか?」
その言葉にフォリアは頷く。
『彼は別の次元からやってきたものです。それは私たちにとってだけではなく、おそらく、あなたたちにとっても』
恐るべき真実だ。
彼はいったい、どんな力をつかって何のためにこの世界へやってきたのか。
『彼は多くの世界を終焉へと導いています。あなたの世界もその一つです。ですが』
彼は捕まってしまった。
終わりが始まりへと回帰するループ、花宮クロエによるヨグ=ソトースの時空干渉に。
『ループの力は次第に弱まっています。それに正光の力も』
どうやら、ループによるクロエの消耗と同時にフォリア達の元へ訪れた時に奪い取ったヒュドラの力も弱まっていっているらしかった。
それならばあと何回かのループの後に倒せばいいのではないかとも思いついたが、クロエの息切れの方が早いかもしれない上、クロエの心配をするなら急ぐほかないだろう。
『ヒュドラを一人で利用できるほどの力を持っている男が、ヒュドラの力を失ったとして世界終焉をあきらめるとは思えません。彼に囚われたヒュドラの力を解放すれば、私も自然とこの呪縛から解き放たれ、この生活ともおさらばになることでしょう』
まるでもってファンタジーなクエストを受けてる気分だが、ゲーム大好きゲーム脳の蓮華にはちょうどいいノルマが見えてきた。
「いいわね、やっぱラスボスはそんくらい強くなくちゃ」
「あーでたでた悪い癖が」
恭弥は知らんぷりで話を続ける。
「ヒュドラを信仰していたわけではないんですね」
『呪いよ。ただのね』
「ねぇ、この城の地図とかないわけ?私二回目だけど迷わないって言いきれないんだけど」
『地図はありませんね。ですが、今は夢の一際。好きなだけ探索していってください』
恭弥が紙とペンを取り出す。
「まぁ、もともとそれが目的で来たんです。案内人がいるだけましじゃないですか?」
それもそうか。
しかたなさそうに、蓮華も頬をかき三人で城の中を歩き回ることにする。
本当に前回とは比べ物にならないほど壮麗な城内に少し驚きながらも、マップの制作を続けていく。
前回わからなかった城の高い部分への正規の道も見つけることができた。
面白おかしな追憶談とともに、城の内部を教えてくれる彼女は楽しそうにしている。
これで地形による戦術的優位性はまずないだろう。
まぁマルタと戦った際も、逃げるような様子はまるでなかったため、不意打ちや撤退からの待ち伏せなど考えてなどいもしなかったが。
それならば逆にこちらが利用するまで。
彼女の案内も終わりに差し掛かり、再び入口へと戻ってくる。
『私の思い出が、私を殺した人に好きに使われているのはずっと悔しかった。でもこれで終わりにできる』
「まるで私たちが勝つって、そう思ってるみたいだけど…」
『勝つわ。勝つわよ。だから今度こそ、彼女を守って頂戴?』
その言葉を最後に、彼女は二人の前から姿を消した。
見覚えのある暗い城内が目に映る。
図らずして個人の思いに後押しされた打倒正光。
時刻は7月30日3時、二人は呆然と城の中に立ち尽くしていた。
「まっさか、城に住んでる人がいたなんて思ってもみなかったわ」
「ほんとですね、ですがおかげで時間短縮になりました。ただ、これがどういう原理で出現するのかというのは聞き損ねましたね」
「夢でしょ?」
「なるほど?」
この城の周波数をあの場所に合わせて、逆側のチャンネルに落とし込んで移動させるってわけか。
そこまでしてこの城を使いたいのか。
調べてみて思ったのだが、この城である意味がよくわからない。
確かに特殊なパルスはあるのだが、過去に見た”世界終焉”に必要そうな要素は感じられない。
まさかただの趣味とかではないだろうな。
エレベーターを上がり切り、特に何事もなく脱出する。
ここらで正光やらマルタやらとばったり鉢合わせなんてことになったらずいぶんと面白そうなことになるな、とも思ったが、まだ騒ぎを起こすわけにはいかない。
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