第12話

A区の中でも群を抜いて高い高層ビル、これがトライアドの本社ビルだ。


摩天楼と呼べるほどのビルはここらでは珍しく、トライアド発展の証とも言えるものであった。


そもそも、トライアドとはどんな会社なのかを説明しよう。


トライアドはもともと、アジア系の日用品メーカーで、日本以外にも様々なところに支部を置いていた。


NOVAが起きてからもあまりパッとしない企業だったが、近年、社長が伊藤正光という若い男に変わってから、会社は一変して黒字を続けている。


また、この正光という男は欲深く傲慢で、ただ儲けるだけに飽き足らず、様々な非合法な商売をその実力と功績でやりくりしているという噂が流れている。


現在では日用品だけでなく兵器まで、様々なものの製造に関わっている。


と、言い直せば言い直しただけ怪しさが増していく企業だ。


蓮華がどうやって潜入するかを唸ってる間に、恭弥は受付の女性に幻術をかけて、自分たちの身分を都合していた。


「はい、重役としてカードの発行してもらいました。これである程度の場所は問題なく通れるでしょう」


そう言ってストラップと一緒にカードを渡す。


なんともチート臭い。


こんなことができるなら、潜入とか絶対失敗しないじゃん。


なんてことはなく、噂はさんざんだが、トライアドが世間にはかなり評判がよく様々な人材を受け入れる企業だからこそ、こうした工作が通用する。


辺りを見回して見ると、社員らしき人は皆これを首から下げている。


どう見ても白髪は目立つ気がするが、恭弥はあまり気にしていないようだった。


大勢に紛れてエレベーターに乗り込むと、迷いなく資料室と書かれたボタンを押した。


不思議なことに怪しまれていないが、きっと恭弥が認識があいまいになるよう幻術でもかけているのだろう。


意外とあっさりと、情報の集中する資料庫までこれた。


「今日の集まりにはおそらく正光とマルタも出席しているでしょうから、このビル内でばったりなんてことはまずありえません」


エレベーターを降りるのが自分たちだけだということを確認すると、そのままの姿勢で極力小さい声で囁いた。


不思議に思うと、視界の端に赤い光の点滅が見えた。


監視カメラだ。


なるほど、人は騙せても機械は流石に無理か。


下手な動きは見せず、ただ黙ってうなづいて足を進める。


監視カメラの死角まで歩いた後で、恭弥が呟いた。


「後でセキュリティルームに行って証拠を隠蔽しないと」


どこぞのヒットマンか、お前は。


まぁ、彼は魔術師として暗殺だけでなくもっと幅広く、A区の防衛や崩壊した文明の保護などに尽力しているためヒットマンとも言えなくはないが。


そういえば彼は、前のループの時何をしていたのだろうか。


「ねぇ、恭弥くんは入れ替わる前の記憶とかある?」


「中身が違うのでないですね。狂宮恭弥が知っているべきやんわりとしたことなら大体は知ってますが。世界が終わる時何をしていたかって聞きたいんでしょう?」


お見通しというわけだ。


だが、残念だ。


もし最後の瞬間に恭弥が何をしていたかがわかれば、逆算していくつかやりようが思いついたものだが。


「でも僕が動けていたなら、必ずその城というのに向かったでしょう」


「じゃあ何?あなたくらいの魔術師を抑えてた人がいるってわけ?」


それはわかりませんが、と自信なさげに言った。


「自分で言うのもなんですが、もしも真っ向から戦ったなら、相打ち以上の戦績をあげるでしょう。では、いったい誰なら僕を倒すことができるでしょうか?」


「ええー…師匠って時点で私からの想像に補正がつくと思うんですけど」


「私が潜在的に気を許して、そこにいるのが当たり前、だけど高い実力と機転の良さがあって、殺害を行える人物といえば?」


「もしかしてクロエ?」


なんだか嫌な言い方な気もしたが、彼女しか思い当たらない。


「ループの起点となった彼女にとって、僕は邪魔だったと思いますよ、だってイグの力持ってたんでしょ?」


そう言われれば確かにそうだ。


イグにはヨグ=ソトースの時空干渉を断ち切る力がある。


となれば、クロエが恭弥を殺さなければならないのは必然で、恭弥と付き合いが長く、警戒心すら覚えない関係である彼女にはそれができる。


「もともと素質はあったので、負けるのはいいんですけど、僕はそれより、なんで歩けるようになったかが知りたいんですよね」


それは確かにそうだ。


狂宮恭弥の中で彼女は”歩ける”という認識だった。


と、いうのも、彼が生活していたもともとの立場では、彼女は歩けていたからだ。


だが、歩けなかった人間を歩けるようにするというのは、魔術でも医学でもほぼ不可能に近い。


彼女の場合は、矯正が不可能なほど時間が経過していたため、蓮華によって修復不可という診断が下された。


高い魔力を持つ魔術師の中には、損壊した自分の肉体を再形成するような猛者もいるが、それは最初から体に備わる器官であればこそだ。


足は特に難しい。


体を支えるための筋肉の調整など、様々な不具合を発生させるような問題をはらんでいる。


もしも、外部で培養したとするなら、あんなにも綺麗に動くようになるまでかなりの時間がかかったはずだ。


まさかそれをループで克服したとでもいうのだろうか?


1人妄想にふけっていると、恭弥が無題製薬に関連するファイルを差し出した。


おもむろに手渡されたファイルが開かれる。


「ここ、“H y”に関する記述が載ってます」


なんども見たうたい文句『“H y”は夢を見せるための麻薬』


それがどうにも嘘ではないことがそこには書かれていた。


ドリームランドのとある場所で外なる神であるHydraを信仰していた民族が儀式の際に使用していた麻薬物質。


単体では、よほどのことがなければ実害のないものだが、改良を重ねたことにより、魂を射出しなくても、Hydraを呼び寄せることができる特別な効果を発現させることに成功した。


また、特定外の服用では精神体から魔力を吸い取ることが確認されている。


この魔力は無題製薬地下に見つかった神殿内に蓄積されていることが確認された。


「……無題製薬、っていうかやっぱりトライアドが全部の元凶だったんじゃない」


恭弥がページをめくる。


廃止になったプロジェクトのファイルが並んでいる。


その中で、恭弥が指をさしたのは『大日本帝国禁忌魔術実験室終了プロジェクト引用、グール及びその完成形態を造る計画』についてだった。


“グール”は食屍鬼とは違い自然的な独立種族ではない。


第二次世界大戦中に製造された人造人間の一種で、人間の体またはタンパク質を摂取することによって人間の数倍の身体能力を発揮できるという、人理のタヴーそのもの。


あまりの強力さに廃棄になったという噂で、文書もあまり残っていないため、詳しいことはわかっていない。


しかし、こんなところでグールの資料にありつけるとは思いもしなかった。


だが、これがどうしたというのだろうか。


「由理くんの件で既に知っているかと思いますが、グールには人知を超えた再生能力があります。それこそ、魔力なんかに頼らなくても肉体の大部分に至るまでの損傷さえも回復してしまうような、ね」


「つまり、クロエはグールの力で歩けるようになったって言いたいわけ?」


そこまで言い切ると、『完全形態』の部分に手を当てた。


「もしかするとこっちかもしれませんよ?」


…当初グールは名称も未設定で究極の生命体としてそのメカニズムを人体に組み込んで作り上げる予定であった。


しかし、人間の体には完全にキャパシティオーバーな規格に耐えられる人材はおらず、実験は多くの犠牲者を生んだ。


そのハイスペックさを、ギリギリ人間に搭載でき、かつ実戦投入可能なレベルに落とし込んだのが現在のグールである。


姿形は人間のまま、人間を超越しその血肉を操ることで様々な状況を打破できる力を持つ化け物。


その未完成体、それこそがグールなのである。


グールとしての実戦投入後も、究極生命体への憧れからか実験は続けられた。


そして理論は完成したものの実験の際、肉体の再構築の最中にオーバーフローし、肉体が保てなくなるなど様々な危険性からこのプロジェクトは凍結を言い渡されることになった。


「……肉体の再構築!?」


これなら限りなく現状のクロエに沿っていると言える。


だが、そんなことが本当に可能なのだろうか?


魔術研究が盛んに行われていた大日本帝国時代にも成功しなかった究極生命体の人造が、よもや型にはまった勉学として魔術を習うようになった現代で作れるなんて思いもよらなかった。


「恐らくクロエさんは、肉体の再構築の最中にループ現象を引き起こすことによって、空間のもとに戻ろうとする働きによって、このプロセスを乗り越えたんじゃないでしょうか?」


起点の不変性の作用を利用して、肉体の崩壊が始まった直後にループさせることで、始まり(究極生命体への変化)が過程(肉体の再構築)を省いて直接(究極生命体完成)へと因果を集約させた、ということなのだろう。


省いたと言うよりは、時間の弾性によって起点となったものの死を押しつぶした、と言ったほうがいいかもしれない。


まったくぶっ飛んだ仮説だが、それ以外説明がつかない。


もっとも、根本的に本当にクロエがこの実験に参加したかどうか確認が取れないのでどう転んでも憶測に過ぎないのだが。


さらに資料をめくろうとした時、恭弥がタイムリミットだと言った。


集会の終了予定時間。


だがこれでよくわかった。


トライアド現代表伊藤正光は間違いなくこの件に関わっている。


アザトースを盲信するマルタ・アンジェをビルに招き、アザトース支配下の一柱であるHydra関連の胡散臭い薬を使って大量の魔力を集めている。


これがマルタ・アンジェによるアザトース襲来による世界終焉のための準備で無くして一体なんだと言うのだろう。


2人はさっさと資料室を出て、監視カメラやアクセスデータの集中するセキュリティルームへと向かう。


恭弥が見つからないように映像データを工作する様は本当に勉強になる。


意味がわからないのはしゃがんだりせずに相手の後ろを歩いてついていくステルスだ。


今までは見ているだけだった蓮華も、『因果累積』のおかげか、今の恭弥にできることも結構こなせるレベルまで来ていた。


彼女の実力はもはや一介の魔術師を大きく逸脱していた。


このまま因果が膨張を続ければエントロピーが増大し、彼女の存在そのものがアカシックレコードにとって絶対の存在になる可能性だって秘めている。


この気まぐれな赤い瞳の白髪ボサボサ頭は、無貌の混沌としてそれが見てみたいような欲にかられるが、秘匿された宇宙の真理の機嫌を損ねそうでもあったので、ほったらかすことにしたのだった。


ビルを出るとすっかり空は夜がとぐろを巻いている。


なんとかして明日のうちにマルタ・アンジェの野望を阻止し、その協力者である伊藤正光を排除し、クロエと和解しなければならない。


記憶がたしかなら31日も僅かに時間がある。


恭弥の仮説が正しければ、今は亡きイグの力を排除しに恭弥を殺すために姿をあらわすはずだ。


ならば、問題なのはマルタ・アンジェと伊藤正光。


彼らを排除しさえすれば、あとは自動で話が解決する。


「どうするの?」


「今思いつく最善の方法としては、魔術師の殺害が起こる直前に彼らの罪の証拠を晒しあげて魔術師たちの総意で彼らを追い出してもらうことですね」


それなら後々誰も疑問を持たない上に、2人とも排除できるが、それはよくない。


2人がクロエとの関係をほのめかしたりすれば、クロエの立場だって危うい。


明確に時空間操作に対する法律は存在しないが、暗黙のうちに避けられて来た行為だ。


いい扱いをされないのはこの形成された社会を見ればなんとなくでもわかってしまう。


いくら世界の終焉を回避するためとはいえ、秘匿のままに行なっている以上、自身も外法に手を染めている可能性は大いにある。


ならば先にクロエを説得するのが先か?


目配せをすると恭弥は、


「2人を消してから証拠をでっち上げる」


と言ってニヤリと笑った。


蓮華もそれに賛成する。


「本当は城がどこから現れるのかがわかっていればよかったんですけど…。無題製薬の地下にある神殿に魔力が集まっているのは気になります」


確かに、原初の混沌の信者であるマルタ・アンジェに協力している伊藤正光の傘下で魔力を集めているとすれば、その召喚に関係することに違いない。


ただ、恭弥がどうにもきになっているのは神殿の発見自体の報告が上がっていないことだ。


正光はAIOのメンバーではないが、魔術師としての登録はされている。


彼もアーティファクト発見の報告義務などについては知っているはずだ。


この神殿の規模によっては十分に殺害の理由になる。


問題は過去に何度も弾劾されかけても、その高い実力と成果で周囲を黙らせて来たマルタ・アンジェだ。

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