第8話

サイレンのない救急車が到着する。


院内はまだ開院前だというのに、騒然とした様子だ。


「状況は?」


駆け付けた蓮華の言葉に現場を取り仕切っていた女医が答える。


「患者はすでに死後8時間は経過しています。処置はすべて終えましたが、15分ほど前死亡を確認しました」


何度か頷くと、蓮華はまた記憶にかかった霞に頭を抱えた。


「大丈夫ですか?」


ナースが駆け寄って体を支えてくれたおかげで倒れずにはすんだ。


ゆっくりと目の前に浮かび上がる光景。


ノイズに紛れてはっきりと見える。


ストレッチャーに乗った遺体、カルテには済田という苗字と死亡確認の印が見える。死因は衰弱死になっている


「ええ…大丈夫よ。患者は衰弱死なの?」


すると女医は驚いた様子を見せ、蓮華の回答を肯定した。


「どうしてわかったんですか?でも、不自然なんです」


また頷きながら左手の人差し指の第一関節と第二関節の間を下唇にあて、頷きながら患者の運び込まれた部屋へと入っていく。


そこには一人の男性がストレッチャーに横たわっている。


「済田さん?ずいぶん若いのね…」


今度の蓮華の言葉に女医は首をかしげる。


「済田…?いえ、字筆さんです。字筆夜男。」


思わず蓮華の声が大きくなる。


「なんですって!?」


デジャヴを信じ切っているわけではないが、外れることもあるのか。


もしくは…。


「診断書を見せて頂戴」


手渡された診断書に一通り目を通す。


字筆夜男、32歳、男性、会社員。


死因は老衰となっている。


「老衰ってなってるけど…」


女医も言いたいことがあったようで、その返事はすぐに返ってきた。


「私も悩んだんですよ、ですがそれ以外に当てはまらないんですよ。臓器不全や心臓麻痺ではなく、ただ死んでいる状態で…」


女医も蓮華も頭を抱える。


遺体を見る限り確かに外傷は見当たらず、レントゲンにもおかしなものは映っていない。


「こんなに綺麗に死なれちゃ、それ以外書けないわよね…」


ただどうしても気になるのはデジャヴと異なる現実だ。


これもただの差異なのだろうか。


それともこの後済田という人物が運ばれてくるのだろうか?


そんなことを考えていると、検死の結果を確認しに警察官と篠崎響呼が病院を訪れた。


警察官の相手を女医に任せると、響呼へ挨拶を交わす。


「響呼?なんでここに?」


「……どうやら搬送されたのは私の部下のようでな、確認を取ってほしいと…」


篠崎響呼は街の販売や製造に大きく関わっている企業グループのトップに立つ女性だ。


同時に狂宮恭弥とともに裏社会での教団を経営しており、街で暗躍する魔術師の一人でもある。


「字筆さん?あなたが直接出るほど?」


その名前を出すと響呼は目を伏せため息をついた。


「やはり彼か…」


その様子を見て、場所を移した方がいいだろうと感じた蓮華は響呼を連れて奥の仕事場へと移動する。


コーヒーメーカーからコーヒーを注ぎ、それを座らせた篠崎に渡す。


「で、ぶっちゃけ字筆さんってどうなの?」


「実は彼は私の直属の部下ではないのだ」


響呼はコーヒーをすすりながらそう答えた。


「だとしたら、あなたがわざわざ見に来る必要なんてなかったんじゃない?」


蓮華も自分のカップにコーヒーを注ぐと、響呼の前に対面する形で席についた。


「いや、それが問題なんだ。彼はAIOの役員でな、彼のサポートは我々教団が行っていたんだ」


「…それは困ったわね」


「幸い恭弥がAIOに強い姿勢で出れるからなんとかもみ消せそうだが、AIOの一席が空くのは大きい」


そこまで話すとちょうど先ほどの女医が、警察からの聴取を終えたのかファイルをもって部屋を訪れる。


「朝凪先生、よろしいですか?」


本人確認のために響呼を連れていく。少しすると戻ってきた。響呼は蓮華に書類を見せるようにいうと、再び先ほどと同様に席に着いた。


「一応守秘義務があるんですけど」


「どうせいつも巻き込まれるようなものなんだ、お前がそれを主張するのはもう遅いだろ」


なにか問題が起こると対応に当たるのがクロエ、恭弥、響呼、蓮華というのが大体いつものメンバーだ。


日向町にはもっとたくさんの魔術師やエージェントがいるはずなのだが、どうにも腰が重かったり組織的許可が必要だったりするせいか、積極的に面倒ごとに首を突っ込んでいくこの四人より先に、行動する者は少ない。


響呼はその中で一歩引いた参謀、全体指示を担っている。


そのため、何か事件のきっかけをつかむと、その情報を彼女に持っていくのだ。


「まぁね、せっかくファイルが出来上がったみたいだし、私も目を通しておくわ」


そうして20ページほどの報告書を読み終えると、篠崎が言った。


「これは…おそらく大掛かりな儀式魔術だろうな」


蓮華はうなづく。まぁ、どう考えても病気ではない。外傷もないため怪我でもない。毒も検出されていない。ただ、


「そうじゃないかと思ったんだけどね、遺体から魔力の残滓は検知されなかったわ」


正直完全にお手上げだった。それでも響呼は魔術によるものだというのだ。


響呼曰く、この手の魔術はとても古いもので、現在で使用できる人間は限られるのだそうだ。


特徴として媒体が近くにあるはずらしい。


ただ、検知に引っかからなかった通り運ばれてきた際に持ち込まれたものの中にはない。


「私はこの後、警察とともに現場へ行かねばならない。お前もくるか?」


「ええ、行かせてもらうわ…。それと…」


少し戸惑ったが、じっとしていてもどうにもならない。杞憂や思い過ごしならそれはそれでいいことであるはずなのだ。


「ないなら無いでいいのだけれど済田という名前に心当たりはない?」


篠崎は少し考えるそぶりをした後に、


「すまない、思い浮かばないな」


といった。


蓮華は気にしなくていいといって外へ出る準備のために白衣を脱いで上着をとった。







時間は戻って7月18日。


とあるオフィスビルの一室。ちょうど昼時で真夏の日差しが窓から差し込んでいる。


クーラーが効いているおかげで暑さは感じない。デスクに向かう男性は集中したままパソコンに文章を打ち込んでいる。


彼は字筆夜男、AIOの役員として各地を探索するエージェントである。


現在夜男は先日発見された地下遺跡についての調査を行っていた。


その遺跡はトライアド傘下の製薬会社『無題製薬』の地下数百mに眠っていたものだった。


AIOに認可されるのはこれがその第一報告書となる。


その名誉ある責任重大な仕事に、彼は手を抜くことなく没頭していたのだ。


切りのいいところまで書き上げると、ふと時計を見た。


すでに時間は13時を回っている。彼はこの後14時30分からAIO海外派遣調査部門のマルタ・アンジェとの情報交換の予定が入っている。


古き友人との再会に喜びを感じる一方で、彼はマルタのその異常ともいえる信仰心に恐怖していた。


彼女は名状し難くも恐るべき宇宙の原罪そのもの、あの忌むべき黒い風呂敷に火薬を広げたような悪意を信仰している。


その名を口にするのさえも恐れ多い。


AIO内でも何度か問題になっているが、その優秀さから誰も言わない。いったところで無駄だろうが。


さて、と字筆は立ち上がる。あっという間に荷物をまとめると、時計にもう一度目をやり、約束の時間まで十分な余裕をもって目的地へたどり着くことができることを確認すると、荷物を持ってビルを降りる。


外に出た瞬間、からっとした夏の太陽が表皮を照り付ける。暑い。


ビル内の空調もあり非常に暑く感じる。


これはかなわない。たまらずタクシーを拾い目的地へと向かう。


指定されたのは喫茶店だっただろうか。


小型デバイスを取り出し、運転手に店の名前を告げる。


つくまでの間、運転手は店の常連だったらしく、店のことをいろいろ教えてくれた。


マルタが話していたことを思い出し、やはりいい店であるとわかり、その話を聞いているとついていた。


なかなかに愉快なマスターの話が聞けてとても充実した移動時間となった。


夜男は料金を支払い店の中に入っていく。店内を見渡すと、マルタはすでに来ており入ってすぐのカウンター席に座っていた。


久しぶりに顔を合わせた彼女は以前と変わらない笑顔で夜男を迎えた。


閉店までの間、仕事の話以外にも他愛のない話をした。


なんでも最近名刺を作ったらしい。


すべてデータでやりとりが行われる今に紙で名刺を作るなんてのは、酔狂なことだ。


なかなかにいいデザインの名刺だ。せっかく彼女にもらったものだ。しまっておこう。







響呼、蓮華の二人は警察官に連れられ字筆夜男の家に来ていた。


「まだ、処理が終わっていないのであまりものを動かしたりはしないでくださいね」


「わかってるわよ」


蓮華がそう答えると、警官はどうにもばつが悪いようで外で待っていますといって出ていった。


「さぁて、ワトソン君!なぞ解きと行こうじゃないか!」


「私ワトソンかよ」


はしゃぐ蓮華は上着の内ポケットからナイロンの白手袋を取り出し、両手につけると室内の探索を始める。


探すのは響呼の証言する魔術の痕跡だ。ただ、探すのは困難を極めるだろうとのことだった。


普通、魔力の送受信が行われればその痕跡がわずかながら残るものだが、今回はそれすら残っていない。


曰く、こういった術式は現代になるにつれて、規制や制限をつけて改変されるか廃れていくのが定石だが、処分されずに文献に残ったり、それが使える人間から直接教えてもらったり、自分で生み出したりする者がいて判別が難しい、だそうだ。


幸いにも今回の事件の死因となった魔術については心当たりがあるらしく、それが正解ならば被術者の近くに、それを中継する紋章か物体が置かれているらしい。


「どんなものに目星をつければいい?」


さすがに全部を探すのは時間もかかるし人でも欲しい。それに、動かせるところはそう多くない。あまり物音を立てて警官にあれこれと言われるのも面倒だ。


「そうだな、私の推測ではどんな人間が受け取っても違和感のないものだろうと思う。例えば駅前で配るティッシュとかな」


「無料で死を配るサービスとか怖すぎよ」


「私ならそうする。そもそもこの手の術式は不特定多数の多くの人間から長期的に魔力を搾取して蓄積させるためのものだ。邪教徒や一部の外法な魔術師しか使わないものだ。私だって使ったことはない。だが、使うなら、それがいいだろう」


2時間ほど探索をつづけたが、部屋からは何も見つからず、ただ時間だけが過ぎていった。


外にいた警官が、中へと戻ってくる。


「見張りを切り上げて戻れと言われたので、鍵を閉めたいんですが…」


非常に申し訳なさそうな声が、部屋に響く。


なんとも虚しい反響。


2時間やってまるでなにも見つかっていない。


広げたものを手早く片付け、どうしたものかと考えていると、見張りの警官が一つぽつりと言った。


「先ほどタクシーから被害者のものと思われる財布の届け出があったそうですよ」


2人は警官のほうを振り向く。


警官はわざとらしく目をそらすと、こう付け加えた。


「駐在の方に届いたらしいんで、戻るついでに取りにいかないと」


2人が彼に完璧に向き合うと、少し笑ってついでに送っていきましょうかといった。


要は協力してくれるらしかった。


どうやら彼もまた、面倒ごとに首を突っ込みたがるタイプだったらしく、この異様な事件に興味があったらしい。


彼の車に乗って駐在所へと急ぐ、駐在所へとつくと、彼はすぐさま車を降り、字筆夜男のものと思わしき財布を持ってきてくれた。


財布の中を覗いてみても、変わったものなんて見当たらなかった。


はした金のとカードや身分証が入っているだけの普通の財布だった。


「いったいどうしたものなのか」


正直お手上げ。


蓮華と響呼は顔を見合わせた。

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