第7話

「さあ、今日は海に行くわよ!」


クロエがいつになくはしゃいでいる。


真夏の太陽が五人を照り付ける。


「私まで連れてきていただかなくてもよかったのに」


加恋は蓮華の後ろに隠れるようにして恥ずかしそうにそういった。


タンクトップビキニの上に首からパレオを下げたその隙間からは痛々しい過去の疵痕が見え隠れしている。


「……なに言ってんの、あんたをほっぽって行くわけないでしょ?」


蓮華は少し困ったが、頭をなでてこう言った。


確かに体の傷のことはある、人に見せたくない気持ちも理解できる。でもそれで彼女が臆する必要はない。


彼女には過去を忘れて生きてほしい。私の力不足が及んだことでもあるからあまり表に出しては言わないけれど、その意図にははっきり気づいたようで抱き着いてきた。


私はじゃれるようにわしゃわしゃとなでまわしてやった。


「由理君、いかがです?遠泳なんてのは」


「いいですね!行きます!行きます!」


由理は恭弥と仲良くやっているようだ。


そこにクロエも入っていく。


「男二人だけで楽しそうだねぇ~、お姉さんも混ぜておくれよぉ~」


ざばざばと水しぶきをあげながら、海水をかき分けて進んでいく。


加恋もなんだかんだで、パラソルの下で楽しそうにそれを見送っている。


私も日影になっているその横に腰を下ろす。すると加恋が、


「恭弥先生って泳げたんですね。なんだか以前まで泳ぐのは苦手だって言っていたような気がしたんですが………」


といった。


私はその瞬間、またしても全身があの奇妙な感覚に襲われた。うまく言葉が出てこない。


恭弥くんは泳ぐのが苦手。


「僕、泳ぐのはどうしてもだめなんですよ。水に沈んでしまって…」


そうだ、以前そんな話をした。今度のは本当に以前あった話だ。


蓮華は安心して加恋に返事を返す。


でもそれが本当なら現状と矛盾する。泳ぐのが苦手な人間があろうことか遠泳に誘って我先にと海に入っていったのだ。


蓮華の頭にいくつかの映像がフラッシュバックする。


「加恋さんは僕が見てますから、蓮華さんは泳いできていいですよ」


加恋を連れてここに来るのは初めてのはずだ。


そうだ、この後に加恋と二人で砂のお城を作って……。


「クロエさんどうですか?海ですよ!車いす押しますから、波打ち際まで行ってみましょ!」


車いすに……のって………そうだ、クロエ…!!


「車いすは………」


突然の声に隣にいた加恋が小さな悲鳴をあげた。


「あ、ああ……ごめんごめん、ちょっとぼぉっとしちゃって…」


「もう、なにか心配事ですか?」


「まぁ、そんなところ、ダメよね楽しまなくちゃ!」


「うふふ、そうですよ先生、はいジュースです」


ラムネの冷たさが痛いくらいに指の先を刺激する。よく冷えた、とてもおいしそうなラムネだ。


私はお礼をいって、一息にラムネを飲み干した。炭酸と冷気が喉を通って体全体へいきわたるように響く。


今はただ、この不可思議な違和感を忘れてしまいたかった。





しかしデジャブは何度も訪れた。


まるで私に何かを伝えるように記憶の断片がつなぎ合わされていく。


ジッパーの凹凸が少しずつ閉じられていくように現実とデジャヴの内容が整理されていく。


クロエは間違いなく車いすに乗っていた。足の状態は私も確認したし、すでに傷は癒えておりあの状態から歩けるようになるのは不可能だった。


そして私は少なくとも4回か5回、多ければ6回ほど、このメンツで海に来ている。


過去の話ではなく、今現在に。


ここからは推測でしかないが、おそらく時間逆行(タイムリープ)している。


つまり、ループする前の時間の流れで体験、経験したことを、追体験したときに、時空間に流れ出たわずかな記憶、精神エネルギーが肉体にフィードバックしているのではないかと思う。


原因がわからない以上ただの推測にしかならないが、あろうことか魔術があり、神だって存在する。


そんな世界なのだ。起きてもおかしくはない。


だが、それでは問題があって、なぜ私は今ループしているのかというのを、解決しようにも解決できない。


もしも、人類の滅亡がかかっているような事象が起因でループしていたら、それこそ無限に回帰する羽目になるだろう。


逆行先はなんとなく検討が付く。


一番最初のデジャブは7月26日だ。恐らくその少し前かその瞬間にリープしている。


ただ、元がわからない。一体どこから7月26日に逆行してきているんだ。


あてになりそうなのはクロエが自分の足で歩いていることと、恭弥君が泳げるようになっていたことくらいか。


直接聞くのはよした方がいいだろう。


二人ともかなり上位の魔術師としての実力がある。


もしも、なにかしら不都合があって時間逆行を行っているのだとしたら、気付いた私を始末するかもしれない。


さて、探偵ごっこの始まりだ。


私は嬉々として部屋を出た。期限不明強制リセット付きというハンデは大きいが、そっちの方が楽しい。調査ゲームスタートだ!






「準備は順調に進んでいるのか?」


トライアドビルのオフィスの一室。正光とマルタ、クロエが顔を合わせている。


クロエは正光の方を振り向きもせず、無言の肯定をみせた。


どうにも険悪さをぬぐえない雰囲気にマルタはため息をつき、ティーカップに口を付けた。


不意にクロエが口を開く。


「もしかしたら、今回は失敗するかも」


「それは困るな。せっかく手を貸してやっているのに、これだけ大きいことをして失敗するのは困る」


正光は慌てる様子なくお茶を飲んでいる。


「どうして失敗するのかしら?」


マルタが尋ねると、


「あなたが失敗するからよ」


そう淡泊な返答が返ってきた。


「…そう、かしら」


怒りがマルタの体を震わせる。


彼女はAIOの中でも屈指の実力者だ。そのアーティファクト回収率は実在しなかったものを除けば100%へ届く。


そんな彼女が今、大した魔術の実力もないような格下の相手に、始めてすらいない計画の失敗を自分のせいにされたのだ。


当然、プライド高い彼女はすぐさま行動に移った。


「まぁ見ていなさい、提示された魔力分程度なら2日もいらないわ」


そういって足早にオフィスを出ていく。


クロエは自身の瞳が映った紅茶の水面に目を落とした。


(その仕事の速さが、一部の人間の目を引くのがわからないのかしら)


熱い紅茶を一口にのみ切ると、無言でオフィスを出る。


そして街が一望できるビルのガラス窓に寄りかかり、小さな声でつぶやいた。


「蓮華、恭弥君…」


(今回こそは正光を破って………)

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