第6話

嫌な感じがしてベッドから飛び起きる。


まだ周囲は暗く、朝日も差していない。


時計を見るとまだ3時だ。7月26日3時24分。寝覚めはいい方だが、どうにも今日は体がだるい。


まるで水から上がった後みたいな疲労感が体全体に覆いかぶさっていた。


しかしながらなぜ急に目が覚めたのかわからない。何か先ほどまでとてつもない悪夢を見ていたような気がするし、もしかしたら誰かが来たのかもしれない。


だが、恐怖を感じていたような気持ちは何もしないし、周囲には誰一人としていなかった。


ただいつもの見慣れた自分の部屋だけが、私を見つめていた。


カーテンから差し込む月の光は、気持ち悪いほどに明るく青かった。


起きるにはまだ早いが、この言いようのない気持ち悪さ、けだるさが眠気を阻害する。


しかたがないので一階にある台所までゆっくりと降りて行った。


気休めにでもなにか喉を潤そうと冷蔵庫の扉を開けてみる。


・・・ああそうだ、ちょうどこの間買ってきたオレンジジュース果肉マシマシ味濃いめがあるんだった。限定商品なんだよね。


最近じゃあ、養殖の果物さえ手に入りにくくなったもんなぁ。モンスターの方がおいしくて栄養価も高いんじゃ、そりゃあ売れなくもなるしなぁ。


でも私はこれが好きなんだ。


正直、モンスターを殺しまくってる人からしたら、あんまりあれを食べようとなんて思えないんじゃなかろうか。


私だけ?


気が付くと、酸味と甘みが程よくマッチした濃厚なオレンジジュースを飲み切り、ぎゅっと詰まったミカンのつぶを咀嚼していた。


また飲めるのは一週間後か、はたまた一年後か。


その時私の頭の中に強い既視感がフィードバックする。デジャヴというやつだろう。私はなんだかこの状況を知っている気がした。


強く強く感じられるものの、その前後のことまでは思い出せない。ただ夜中に飛び起きて、妙なけだるさの中このオレンジジュースをのむというこの状況を私は一度、いやもしかしたら何度か体験していたかもしれない。


それは以前のこれを買った時のことだったかもしれない。


まったくもって思い出すことができないが、次第に気分はよくなっていくのが分かった。


まだけだるさはのこっているが、今ならこのけだるさが、私を心地よい眠りに誘ってくれそうだった。


私は頭に残る疑問を強引に眠気で押しつぶし、自分の部屋に戻ってベッドに倒れ込むようにしてもうひと眠りすることにした。





ここは篠崎が経営する日向町はずれの孤児院の一室だ。


大きなディスプレイ、綺麗に整列された本棚、写真立てや調度品などが配置されている。


ここは狂宮恭弥のプライベートルームだ。


書類が乱雑に積み上げられたデスクの前で、恭弥が椅子に寄りかかっている。


何をするでもない様子だったが、突然思い立ったように一枚の紙きれを引き出しから取り出し、それに目を落とす。


紙切れはどうやら手紙のようだが、字がとても乱雑で読みにくい、それに相当焦っているのか筆の疾走感が伝わってくるような走り書きだ。


宛名は狂宮恭弥となっており、差出人も同じくして狂宮恭弥となっている。


ただ、宛名の狂宮恭弥は漢字で書かれているのに対し、差出人の方はほぼサイン、筆記体で書かれている。


正直なところ恭弥は困惑していた。この手紙に書かれている内容に。


別に好きでこの場所にいるわけではないが、今までと変わったという認識は持てない。すでに自分の中には、この世界で生きてきたという習慣が身についている。


だがこの手紙はそれを否定するものだ。


神性由来の不変というものを期待したが、元から百貌の神。すっかり自分を忘れてしまっている。


だがどちらにせよ、狂宮恭弥として生きていくのはこれからも変わらない。今自分がいるのがもとは他人の立ち位置だったなんて、人間社会にはよくあることだ。


そう、配役が変わっただけ。前の狂宮恭弥は舞台から降ろされて今の狂宮恭弥が舞台へ上った。


誰の仕業かは想像に難くないが、彼女の今は所在も行方も分かったものではない。


それならば、と恭弥は立ち上がり、


「私は私に与えられた配役を演じるまでです。これからも、ね」


そうつぶやいた。


不意に、机の上に乗っていた携帯電話に着信が入る。


表示名は花宮クロエとなっている。


ゆっくりと息を吐いて、深呼吸する。


そして勢いよく電話に出た。


「もしもし?どうしたんですか?」


「あ、恭弥君?明日暇だよね?海に行こう?」

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