5. モミジ

その幽霊は、名前を「モミジ」と名乗った。生前の名前だそうだ。

なぜこの家に居るのかは分からないらしい。気がついたらこのバルコニーに居た。いつから居るのか、どうして居るのかは分からない。

「昔この家に住んでたんじゃないの?」と訊いてみるけれど、「うーん、そんな気もするし、覚えがない気もするし・・・」と考え込む始末。

最後は「まぁイイじゃない」と笑って有耶無耶になってしまった。


彼女、モミジはこのバルコニーから出られないそうだ。

「出られない」とはどういう事かと訊くと、「上手くは言えないんだけど、『どうしても出る気にならない』っていう感じかなぁ?」と返ってきた。

「どうして?出ようと思えば出られるの?」

カエデは、部屋への掃き出し窓を開けながら尋ねてみる。

「そういうコトじゃなくてさ。うーん、例えば、キミはお母さんを殺しちゃおうなんて思うかい?」

「そんなこと思うわけないよ!」と、カエデは大きくかぶりを振りながら。

「でしょ?つまり、そういうコトなんだよ。バルコニーから出たいと思わないっていうのは。」

「・・・ふぅん・・・?」

今ひとつピンと来ない。

取り敢えず、モミジはこのバルコニーから出られないという事らしいけれども・・・。


「そう言えばさ、キミ名前は何て言うの?」

考え込むカエデに、モミジは藪から棒に問いかけてきた。

「えっ?・・・あ、カエデ。」

するとモミジはポンッと手を合わせながら嬉しそうに「カエデちゃん!私と同じ名前だね!」と言った。

「・・・???」

このお姉ちゃんの言うことは次から次へと難しい。

カエデが怪訝そうな顔をしていると、モミジは苦笑しながら「ゴメンゴメン(笑)。カエデって、モミジと同じ葉っぱなんだよ。秋になると向こうの山がみんな紅や黄色に変わって綺麗なんだけど、モミジ・・・カエデの葉っぱは紅くて、特に綺麗なの。」と説明してくれた。

「そうなの?」

「うん。ここからの眺めは特に綺麗。気に入ってるんだ~ここ。秋は特に好き。」

バルコニーを確かめるように歩きながら、モミジは独白するように言った。

「へぇ・・・」

カエデは、気さくで楽しそうに話すモミジのことを好きになれそうな気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る