エピローグ

エピローグ

 あのあと、突然現れた絶人たちを見て、ビクトリア社の人たちはとてもびっくりしたようだ。警察を呼ばれて、あやうく絶人とキララが逮捕されそうになったのだが、遅れてきた父の雪和と、なんとブルレスカ自身が証言してくれたおかげで、絶人たちは無罪放免となることができた。その後も、ブルレスカは一貫して罪を認めているらしい。これは父から聞いた話だが、ブルレスカは自分の持っている力を今度は世のために生かしたいと考えているらしい。絶人は、「ひょっとしたら自分の影響があるのかも」なんて思っているのだが――


「ゼット! ボール、そっちにいったぞ!」


「――えっ?」


 ボインと間抜けな音を立てて、絶人の頭をビーチボールが跳ねる。


「うわ、たったった!」


 絶人はそのままもんどりうって、仰向けに塩水の中にダイブした。


「ゼットさん、大丈夫ですの!?」


 慌てて、横にいたキララが絶人を起こそうと近づく。モノクロのフリルの付いた水着が濡れそぼって眩しい。

 まるでガラス細工のようにほっそりとしたキララの肢体に一瞬見とれそうになりながら、絶人は「あ、ああ」とあいまいに返事をして、塩辛い水から上半身を抜け出した。


「やりい! これで俺とナナミちゃんチームの勝ちだな!」


 と得意げに間宮が笑うと、


「やったー! 来週の掃除当番、二人に任せたからね」


 と、ピンク色のパレオの付いた水着のナナミが嬉しそうに追従した。


「くっそー、やったなー!」


 絶人は言葉とは裏腹の表情で、力任せにビーチボールを間宮に投げつける。水しぶきが上がって、きゃあ、とキララが小さな悲鳴を上げるので、それも何だか嬉しくなって、絶人は思わず笑った。


「ぜっくん、みんなー! お昼ご飯の準備ができたわよー!」


 砂浜の方で、パラソルの下のシートにお弁当を広げて、母の香澄がこちらを呼ぶ。父の雪和も、


「おう、先に一杯やってるからなー」


 と早速ビールの缶を開けていた。


 夏休みに入ったばかりの七月二十一日。荻久保家は、家族旅行として車でほど近い海水浴場に遊びに来ていた。もちろんキララも、友だちであるナナミも間宮も一緒である。


「絶人が大きくなってから、しばらく旅行してなかったからな!」


 という父に対して、珍しく絶人が反対しなかったために実現したこの旅行を、母も、キララも、言い出しっぺの父ですら驚いていた。

 なんだよ。僕だって、ゲームより家族を大事にしたいと思う時だってあるさ。


「でも、いい天気でよかったですわ。まるで私たちの門出を祝福してるみたい」


 パシャパシャと音を立てて砂浜の方に戻りながら、キララは嬉しそうに天を仰ぐ。


「……別に僕たちは何にも門出してないからな!」


 絶人は言い張ったが、それはどう見てもただの強がりにしか見えなかっただろう。そもそも、あのSALTサーバーでのキララの父親の最後の言葉を、キララに伝えてしまったのが悪かった。


「まあ、お父さまがそんなことを……」


 と瞳を潤ませるから、すっかり泣き崩れるばかりと思っていたら、


「これはもう、私たちの間は両家公認ということですわね!」


 と喜んでしまった。絶人の両親も


「まあ、寺嶋先生がそんなことを!?」


「こうなったらしかたねえ、責任もって俺たちで二人を幸せにさせてやるしかねえな」


 などと相変わらずの調子で喜んでいる。

 そんなわけだから、絶人とキララの共同生活はまだしばらく続いてしまうようだ。


「ゼットさん、この卵焼きは私が作りましたのよ。ぜひ召し上がってください」


 レジャーシートの上に腰かけると、左から、黄色の塊をはさんだ箸が飛んできた。その向こうに、キララの華奢な肩が見える。


「いや、お前な……」


 と、にやにやしている両親を横目に見つつけん制しようとすると、今度は右から、


「ちょっと寺嶋さん! ゼットくんは私の作ったサンドイッチ食べるの!」


 と白いパンが突っ込んでくる。その向こうにキララのそれより幾分膨らんだ二つを見て一瞬目がくらんだが、絶人は慌てて目を逸らした。いったいこの二択にどんな正解があるっていうんだ?

 他方、この状況にてっきり怒り出すとばかり怒っていた間宮は、


「いやー、おばさんのおにぎりほんとうまいっす! 梅干しあります?」


「あらあら、間宮君は上手ねえ。本当は梅干しは絶人のお気に入りなんだけど、こっそり教えちゃお」


 とかいって、絶人の母と談笑している。本当、あいつのお気楽さは見習いたい。


「あら? なんだよ、開かねーぞこれ」


 ふいに戸惑った声が聞こえて、絶人は母の背中の後ろを見た。もじゃもじゃ頭に浅黒い背中の父が、水色のクーラーボックスと何やら格闘している。確か、スマホで温度調整ができるIoTクーラーボックスとか言って、最近で買ってきた最新モデルだったはずだ。


「父さん、任せて」


 これ幸いとばかりに、絶人は逃げるようにして自分の鞄からスマートフォンを取り出す。すると後ろから、


「出番ですかしら?」


 と、キララもノートPCを取り出して笑っていた。


「うん。どうもクーラーボックスがサイバー攻撃を受けてるみたいなんだ。一回、直接アクセスして見てくるよ。……ナビゲート、頼めるよね?」


  ――たった一つのアプリから始まったこの戦いは、大切なことをたくさん教えてくれた。

 科学技術を使う側としての責任。時代遅れなんかじゃない、家族や友だちの大切さ。

 このIoT時代に生きる人間として、自分はずっと家族や友だちを守り続けていくんだと考えても、彼女のサポートがあれば、絶人はまったく何も恐れることはないだろう。

 絶人が目線をスマートフォンに落とすと、そのアプリはいつもと変わらず不遜な態度でホーム画面に鎮座していた。


<了>

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マルウェアバスターZ 鈴木さんご @sango_szk28

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