Phase.16 "Family Reunion"

 それから、すぐにバムゥの母は正気を取り戻してくれたようだった。UFOキャッチャーみたいなアレを呼び出して、危うくゴミに埋もれそうだった絶人とバムゥのことを、コントロールルームまで運んでくれただけでなく、


「本当に、私と息子のことを、ありがとうございました」

 

 と流ちょうな言葉でお礼をしてくれた。お母さんの声は、鈴を転がすような落ち着いたメゾソプラノだった。


「オ母サン……ヨカッタ、元気ニナッテ!」


 彼女と、彼女に寄り添うバムゥの姿は、絶人の目から見ても人間の親子と変わらない、温かなものに見えた。

 それを見て、思う。やはり自分は間違っていなかった、と。彼らを切り捨てた上で得た、現実世界の平和なんて、何の意味もないはずだ。自分の心の温かさが、それを証明していた。


「ところでお母さん、お母さんを襲ったあのピエロ……ブルレスカ、っていうんですけど、あいつについて何か知ってることってありませんか? あいつが何者なのかとか、どこへ消えたのかとか……」


 絶人が尋ねると、母は少しだけ困ったように、きゅるきゅるとドラム缶の側面だけを回した。


「いえ……奴やあなたようなの人間がここへ来たのは今日が初めてですし……あのようなマルウェアも初めて見ました。アクセスログは調べることはできますが、おそらく消去されているでしょう」


「……だそうだけど。どう、キララ?」


『まあ、そんなことだろうとは思っていましたわ。後ほど私も独自に調査しますが……このシステムに残された痕跡からブルレスカの足跡をたどるのは難しいかもしれませんわね』


 キララはいつもとまったく違わない調子で、冷静に言い放つ。まったく、さっきまではこのお母さんごと撃て、なんて言ってたくせに。


「あ、でもそういえば」


 バムゥの母は思い出したように言った。


「あの男……私がこの子の母親だとわかった瞬間、とても気分を害したようでした」


『……っ!』


 通信の先のキララが息をのむ音が聞こえる。


「母親だとわかった瞬間?」


 絶人が要領を得ず、聞き返すと、


「ア、確カニ! アイツ、僕ガオ母サンノコト『オ母サン』ッテ呼ンダラ、スッゴク怒ッテタ。ソレデアイツ、アノブヨブヨヲ呼ビ出シタンダヨ」


 絶人の記憶では、ブルレスカは飄々としたピエロ然とした性格で、あまり激昂するような性格には見えなかったのだが。その言葉の何が逆鱗に触れてしまったのだろうか?


「キララ、どういうこと? あいつ、このお母さんになんか恨みでもあったのか?」


『……いえ、そういうわけではないかと思いますが……やはり……』


 キララの返事はやはり歯切れが悪い。


「ひょっとすれば、奴は家族というものに強い憎しみの念があったのかもしれません」


 そう推察をするのは、バムゥの母だ。


「プログラムである私が、奴の恨みを買う道理はありませんから……単なる不仲か、虐待か、わかりませんが、奴自身の家族と何かあった軋轢があったおそれがあるかと思います」


「ふうん、ブルレスカの正体は、家族とうまくいってなかった人間、か」


 絶人は顎に手を当てて、まるで探偵になったような気分でつぶやく。少しだけ考えてみて、すぐに辞めることにした。これだけでは何かわかるものでもないし、そもそもあのピエロに家族なんているのかということの方が気になってしまった。


「しかし……だとすれば嘆かわしいことですね」


「えっ?」


「親子……いいえ、それに限らず家族というものは、子どもの成長にとって非常に重要な要素ですから。私もバムゥの親として、この子が一人前の制御プログラムになれるよう、気を付けて接していますが……例え自分が被害者だとしても、親が原因で子どもの成長に悪影響が出て、あのピエロのような人間が生まれてしまったのだとしたら、とても悲しいことと思います」


「で、でも! プログラムはそうなのかもしれないけど……人間は、別にお金さえあれば、子どもだって生きていけるよ! 別に親なんかいなくたってさ、ご飯だって外でもいくらでも食べられるし、それに……」


 絶人が慌てて反論しようとすると、バムゥの母は、優しく笑った。


「あなたも、まだ子どもだったのですね。立派な戦いぶりですから、気づきませんでした。……でしたら、まだわからなくても大丈夫です。いずれわかる時が来ます」


 バムゥの母は、「でもこれだけは忘れないで」と付け足した。


「私たちプログラムがそれ単独では意味をなさないように、あなたたち人間も一人では決して生きてはいけないものなんですよ。それは家族でも、お友だちでも、そして私たちプログラムでも一緒です。誰かの助けなしでは絶対に生きていけないのです。私たちがあなたに助けられたように、そしてあなたをサポートしてくれている方が、的確な情報を与えてくれたように」


「むぅ……それは、確かにそうかもしれないですけど」


 それでも、と口には出さないが絶人はあまり納得できずに腕を組んだ。確かに今回の件で言えばそうかもしれないが、それは特殊な事情がある場合だけだろう。ふだんの生活では、やはり家族なんて必要ないんじゃないか、というのが絶人の気もちだった。


「いずれにせよ、私たちはあなたに助けられなければ今ここにはいません。本当に、なんとお礼を言ったらよいかわかりません」


「アリガトウ、ゼット!」


 またしても二人がそういうので、絶人も考えることをやめた。

 そのとき、黙りこくっていたはずのキララが慌てた様子で言い出した。


『と、いけませんわゼット! そろそろ時間です。一度あなたをサインアウトさせますわ』


「時間? 適合率100パーセントの僕には制限時間とかないんじゃなかったのか?」


 そう問いかけたときには、絶人は自分の身体が白い光に包まれ始めていることに気づいた。ずいぶん今日はせっかちだなあ。


「ゼット、マタ遊ビニ来テネ?」


「……ああ! 約束だからな!」


 ――そう答えたところで、絶人の視界は暗転した。


◇ ◇ ◇


「あらぜっくん、何が約束なのかしら」


「はは、大方違う女と浮気してる夢でも見てるんだろ。目の前で彼女が見てるってのに、のんきなやつだ」


「……えっ? あれ!?」


 目を覚ました絶人がいたのは、先ほどまでキララが特大パフェを食んでいたあのカフェのはずだった。事実、こげ茶色を基調としたシックなその内観は、絶人の記憶と相違はない。

 目の前で、両腕で日本の頬杖を突きながら「うふふ」と微笑み、こちらを眺めているキララも、絶人の記憶のとおりである。


 だが、その横になぜか両親が座っているのを見て、絶人は一気に目が覚める思いがした。


「と、父さん!? 母さん!? 何でここに……!?」


「何でってお前、今日は家族で外で食事しようって、約束しただろうが。やっぱ忘れてたか」


 キララの隣に座る雪和があきれた顔で言うと、絶人の横から香澄も顔を出して、


「どうせ忘れてるだろうって思って、キララちゃんに、待ち合わせ場所のこのカフェに連れてきてもらうように頼んだのよ。なんだったら、少しデートしてきなさいってね」


「お気遣いいただいて恐縮ですわ。おかげさまで、とってもおいしいパフェ……じゃなかった、とっても楽しいデートができましたの」


 キララは無邪気に笑う。その間に、雪和が「ああ、そういえば」と思い出したように、


「来る途中、間宮くんにあったぞ。何でも清掃ロボットが誤作動して襲われかけたとか言って、大変な目に遭ったらしいが……あの子は昔からそうだが、そんな大変だったなんて全然わからないくらい元気だったな」


「そうよね、雪和さん。私、最初は間宮くんなりの冗談なのかと思っちゃった」


 二人もつられたように笑う。このカフェも普通に営業しているようだし、間宮も無事だったようだし、どうもあの清掃ロボットの誤作動は大事には至らなかったようだ。


「さて。じゃあ絶人も起きたことだし、行くか」


 そういって、伝票を乱暴にとると、雪和と香澄は席を立ち、足早にカフェの外へと出ていこうとしていた。絶人もそれに追従しようとするが、テーブルの向かい側からキララがこちらを見ていることに気づいた。


「お疲れさまでした。マルウェアバスター……2回目ですが、もうずいぶん戦いも板についてきたようですわね」


 その笑顔に、先ほどの無邪気さはない。淫靡な雰囲気まで漂ってきそうなその表情が、絶人は少し苦手だった。


「しかも、清掃ロボットの性質を巧みに利用して、被害を最小限に抑えるだなんて……さすがとしか言いようがありませんわ」


「別にそんなの普通だよ。あんだけバムゥがお母さんお母さん言ってるのに、お母さんごと撃つなんて、できるわけないじゃん」


 絶人が顔をそむけてそういうと、キララは上品に手を口元に当てて笑った。


「なに。なんで笑うの?」


「うふふ、いえ……失礼しました。家族なんていらない、と先ほど仰っていた方の言葉だとは思えなかったものですから」


 絶人は思った。彼女の、自分を見透かすようなこの表情が、やっぱり嫌いだ。


「別にいいだろ。ほら、僕たちも行こう」


 絶人が立ち上がってカフェを出ようとすると、キララも妙に嬉しそうに立ちあがた。


「はいはい。では参りましょう、『家族のだんらん』に」


 キララが変に強調して言うので、絶人は少しだけ体がむずかゆくなってしまっていた。

 家族なんていらない。確かにそう思っていたし、今でも間違ってないと思っている。でも、絶人は今日の両親との食事を、以前ほど憎くは考えていなかった。

 あのバムゥのお母さんが言っていたことが本当かどうか確かめるために、少しくらい付き合ってあげてもいいや、と思っていた。

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