第3話 ゴミ捨て場の戦い

Phase.12 "Name Resolution"

 もう二回目だから、今度は、前の時みたいに気絶したりはしなかった。代わりに絶人はしっかりと二本の足でその立方体の上に立つ。そして、改めて自分がいる空間を眺めた。上も下も、果てしなく続く真白な空間に、絶人が大の字に寝転がれるほどの面の立方体が、無数に浮かんでいる。


「……あれ? 前はもっと暗かったのに、今日は明るいな」


『ホーム画面の壁紙を替えたからでしょう』


「うわあ!」


 不意に耳元で声がして、絶人は飛び上がった。キララの声だ。


「キララ? 急に話しかけてこないでくれよ、驚いたな……」


『そう仰られても。……ですが、あなたを驚かせてしまうのは問題ですわね。通信時にはアラームを鳴らすように見直しますわ』


「ていうか、どうやって話しかけてるの? それ」


『私のモバイル端末に、“マルウェアバスター”のモニタリングアプリケーションがありますので。そちらから通信しています。きちんと言っていませんでしたが、あなたの一挙手一投足までほとんどラグなしで観察できていますわ。……やはりそのスーツが似合いますわね! 赤の差し色が、明るめの髪色とぴったりですわ」


「……それで。僕はどこへ行ったらいいの?」


 そのうちよだれのすする音が聞こえそうな気がして、絶人は強引に話題を変えた。


『と、そうでしたわね。今回は通信ポートへ向かってください』


「通信ポート?」絶人は耳慣れない指示に、顔をしかめる。


『後ろを向いてください。白い塔が立っているのが見えますでしょう』


 うながされて振り返ると、確かにそこには、真っ白な塔が一本そびえ立っていた。根元は絶人の立っているところより少し低いくらいのところにあったが、その先端はもはや目ではとらえられないくらい高くまで伸びている。それは、数メートルごとに節くれ立っていて、まるで大きな竹筒のように見えた。

 絶人はテンポよく、立方体を伝って降りていく。すると、そこが立方体ではなく、半透明の板のような床がサッカーグラウンドくらいに広がっている場所だということに気づいた。

 絶人は塔の真下まで来て、まるで人が入れるように空けたような穴から、その中を覗く。


「うっへえ。なんだこれ?」


 その長さとは対照的に、筒の直径は1メートル程度だった。上も、吹き抜けなのかと思いきや、大人の背くらいのところで透明の板が蓋をしている。


『これは通信ポートです。簡単に言えば、そこから、指定したIPアドレスのサーバーに移動するのです。正確にはDNSサーバーを経由して名前解決するのですが』


「???」


 頼むから日本語をしゃべってくれ。


「まあ、ゼットさんが細かいことを覚える必要はありませんわ。設定はこちらでしますから、その中へ乗り込んでください』


 説明を絶人がまったく理解していないことがわかったのか、キララは子どもを諭すような優しい声で言う。ちょっとだけ不服だったが、こんなところで彼女に怒っている時間もない。

 絶人は「へいへい」とだけ言って、言われるがままに塔の中へと入った。そして、しばらくすると、キララの声とはまた別の、機械的な声が、塔の上の方から降りかかってきた。


《IPアドレスショウゴウ。ナマエカイケツ、サクセス。指定アドレスヘ、MBZプロトコルツウシンヲカイシシマス》


 音声が告げ終わると、背後の出入り口が、まるでそこには初めから穴などなかったかのようになめらかに閉じた。そして、足下の床が、円周を舐めるように光り出す。

 一瞬にして絶人の体は、筒の中を滑るように上昇していった。


「うわあああー!?」


 ボスッ。

 鈍い音を立てて、絶人の体は「逆さま」に、どこかに落ちたようだった。なんで、上っていたはずなのに「落ちる」んだ?


「いってて……うわ、なんだこれ、汚なっ!?」


 やっとのことで起きあがると、体中にねちゃねちゃとしたものがこびりついたことに気が付く。しかも、ひどい臭いだ。


『無事転送できたようですわね』


「転送……ってことは、ここが清掃ロボットの中?」


 絶人は青みがかった黒色に覆われた風景を、目を細めて見回した。

 幾何学的に、壁と天井が垂直に交わった道路が、細長く続く場所だ。壁は深い黒だが、ネオンのような青白い筋が走っているので、薄暗くはあるが視界に問題はない。

 道路の真ん中には、ベルトコンベアーのような機構があり、そこに無数のごみたちが流れて行っていた。電子レンジに、冷蔵庫、掃除機にタンス……なぜか大型の粗大ごみばかりだ。でも、どれもこの道の壁のように、色は真黒で、青白い筋が無数に走っている。


 絶人がいるのは、ごみが流れるベルトコンベアーを河川だとすればその岸、道路でいう歩道のような場所で、ここにもごみたちが所狭しと並んでいた。

 そして、生ゴミが2、3日放置してあったかのような腐臭が絶人の鼻の中に充満する。サイバー空間なんだからこんなところまで再現しなくてもいいのに。


『こちらは清掃ロボットの制御システムの中ですわ。実は、あのあと、このショッピングセンター中の清掃ロボットが誤作動しています』


「なんだって!?」


『ええ。もうみんな大パニックです』


「……なんか全然パニックに聞こえないんだけど。キララ、君は大丈夫なの?」


 絶人が何の気なしに尋ねると、キララはとても嬉しそうに、明るい声を聞かせた。


『あら、私のことを心配してくださるなんて! ついにゼットも私のことをともに戦う相棒と認めてくださったのですね!』


「いや、別にそういうわけじゃないけど……」


『ご心配無用ですわ。今は他のお客さんと一緒に、例のカフェの中に避難しています。清掃ロボットたちは、あくまで廊下だけが担当範囲で、お店の中までは入ってこないようプログラムされていたようですね』


 なるほど、確かにところ構わずロボットが入り込んでは都合の悪いこともあるだろう。


『ですが、いつその設定もインバースによって塗り替えられてしまうかわかりませんわ。あの清掃ロボットたちは個別に制御されているわけではなく、外部サーバーでまとめて制御されているようでしたので、ゼットには直接そちらに向かっていただきました』


「前みたいに、現実世界に飛び出したりはしないんだね」


 絶人は前回の時を思い出す。あの時は、苦しんでいるナナミを見て、自分を奮い立たせていた。別に今回、苦しむ間宮を見たからと言って奮い立つものは何もないが。


『前回はBlueGooseと呼ばれる無線接続で直接、温度調節機構に接続しましたが。今回はネットワークに接続された制御システムに問題があるとわかりましたので』


「ふーん。いろいろ勝手が違うんだな……うん?」


 キララの難しい話に興味をなくして、絶人が歩き出そうとしたとき、頭上に、何かがゆっくりと近づいてきた。テテテ、と変な音を立てながら空を滑るそれは、黒い球状の体に、内側に折れ曲がった銀色のアームを二組、計四本、向かい合わせに装着している。まるで、ゲームセンターにあるUFOキャッチャーみたいだ。


「……ん?」


 絶人がそんなことを考えていると、いつの間にかそのUFOキャッチャーは彼の真上に来ていた。そしてゆっくりと高度を下げ、絶人の体をアームで鷲掴みにしてきた。


「うわあ!? な、なにすんだよ!?」


 絶人が体をよじっても、その強固な腕は一向に離そうとしない。よほどがっちりとホールドされてしまっているようだった。急激にスピードを増して、ベルトコンベアーの上に移動したUFOキャッチャーは、そこでいきなり絶人の体を離した。


「いてっ!」


 今度は勝手に体を解放されて、絶人は、ゴミたちの隙間に体をうずめる羽目になる。ああ、やっぱり臭い。


『ゼット!? 大丈夫ですか?』


「う、うん……体を捕まれただけみたい、問題ないよ」


 絶人は体を起こして、キララに応答する。実際、短い距離を移動させられただけで、特に攻撃などをされたりしたわけでもなかった。

 だが、そんなのんきな絶人をよそに、キララの声色は焦りで満たされていた。


『違いますわ! 早くそこから抜け出してください!』


「へっ?」


 絶人はとっさに、このベルトコンベアーの流れが向かう先を見た。視界に飛び込んできたそれを見て「どうりで暑いと思った」と、不思議と納得してしまった。なぜなら、彼の流れる場所からほんと数十メートル先で、真赤な溶鉱炉がその大口を開けて、粗大ごみたちが流れ落ちるのを今か今かと待ち構えていたのだ。


「うわああああああ!!!!」


 思わず叫びながら、立ち上がろうとして、絶人は手足をばたつかせた。しかし、流れる速度が意外と早く、それに足を取られてなかなか思うように動けない。やっとのことで元の岸までたどり着く、というとき、絶人はもう溶鉱炉のかなり近くまで流されてしまっていた。

 そのとき不意に、彼の耳に奇妙な音が飛び込んできた。

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