Phase.9 "Tear Cattle"
その日はとにかく一日大変だった。休み時間となれば、キララと横並びになって、いっしょに質問攻めにあう。
「どこで寺嶋さんと友だちになったの!?」
とか、
「いつから友だちなの!?」
とかいう奥手な女子ははまだいい方で、
「一緒に住んでるってことはよ、お前ら……どこまで行ってんだ?」
だなんて真顔で尋ねてくる男子もいた。間宮というやつなんだが。
そういう質問に、
「僕もいつから友だちになったのか聞きたいよ」
なんて返せるはずもなく、
「い、いや……えーっと」
と言葉をごまかしながらキララの方を見ると、
「ふふ。ご想像にお任せしますわ」
などと意味深な笑顔を見せるものだから、クラスの盛り上がりは増す一方だった。
間宮のやつは間宮のやつで、絶人の方にはあまり興味はないのか、
「ねえねえキララちゃん! 好きな食べ物はなーにー!?」
などと無邪気に聞いている。
「なんだと思います……?」
キララが得意のミステリアス・スマイルで髪をなびかせると、間宮は、
「うはー、謎の美少女ー!」
と勝手に盛り上がっている。相変わらずのバカだ、こいつ。
結局、その日のホームルームが終わるまで、絶人はまったく生きた心地がしなかった。でも、一番の問題はホームルームが終わった、そのあとだった。
「つ、疲れた……」
さようなら、のあいさつを言うと同時に、絶人は机の上にへたりこむ。
「お疲れさま。ゼットくん」
声をかけたのは、右隣のナナミだった。
そういえば、今日のこの騒動のことをナナミはどう思っていたのだろう、と絶人は恐る恐る右の方に顔を向ける。果たして、幸か不幸か、そこにはいつもの表情の彼女がいた。
「なんか大変だったね。ゼットくんが寺嶋さんとお友だちだったなんてびっくりしちゃった」
彼女はほかのクラスの友人ほどは絶人やキララへの野次馬的興味を持っていないようだった。そのことにやや安心しつつも、絶人は、
「いやお友だちっていうか……一緒に住んでるってのも本当に事故みたいなもんで」
「あはは。大丈夫だよ、事情があるんでしょ? 中学生で同棲とかあるわけないもんね」
さわやかにナナミは笑う。本当、物分かりが良くて良い子だ。
「ところでさ、ゼットくん。今日……このあと、空いてたりしない?」
「えっ?」
「あ、ううん。別に大した用事じゃなくて。単に、ゼットくんと話したいな、なんて……」
ナナミが急に顔を赤らめ、恥ずかしそうにしだすので、絶人もなんだか体が熱くなってくるのを感じていた。ともあれ、彼女からのそんな申し出なら、望むところだ。
もちろん、全然大丈夫、と言おうとしたとき、
「キ~ラ~ラ~ちゃーん!」
間宮のバカでかい声が耳に飛び込んで暴れまわった。
「俺たち来週の遠足のお菓子買いに行くんだけど! キララちゃんも一緒に行かね!?」
思わず左を見ると、間宮と男子数人が集まって、キララのことを取り囲もうとしていた。
「放課後はすぐテレ・トリにサインインな!」
などと言っていたヤツはあのザマなようだ。
「ちょっと、キララちゃんは私たちとお菓子買いに行くの! オトコは引っ込んでてよ!」
今度は女子軍団が現れて、反対側からキララのことを取り囲もうとする。大人気だなあ。
他方、キララは自らを取り囲む群衆たちを、ゆっくりと、瞳で一舐めすると、
「ごめんなさい、今日は私、用事があるんですの」
男子軍団・女子軍団のいずれをもゆらりと避けて、キララが掴んだのは、絶人の左腕だった。
「いいっ!?」
それまでどこか、対岸の火事を見るように他人事だと思っていた絶人は、突然のことにわけがわからなくなる。
要領を得ていない彼をよそに、
「私、今日はこの荻久保絶人さんとお話する用事がありますので。ごきげんよう」
言い放つと、キララは掴んだ腕を引っ張って、そのまま教室を出て行こうとした。
「お、おい!?」
絶人は慌てて抵抗しようとしたが、腕の持ち主本人よりも一瞬早く、キララに立ちはだかる者がいた。ナナミである。
「待ちなさい! ゼットくんは今日、私と一緒に帰るんだから! 勝手なこと言わないで!」
ふだん落ち着いているはずのナナミもかなり慌てたのか、空いている絶人の右手を取って引っ張り始めた。痛い、痛いって。
「あら。木下さん、でしたっけ? 残念だけどそうはいきませんわ」
キララも負けじと絶人の左腕を引っ張り直す。だから痛いんですけど。
「あなたがどんな用事があるのかは存じ上げませんけど。私たちの用事はただの中学生が抱えているものよりよっぽど重大なんです。また今度にしてはいかが?」
その言葉を聞いて、絶人はすぐに合点が行った。マルウェアバスターに関する何かしらのこと――おそらく、インバースの出現を、彼女は何かしらの方法で察知したのではないか。
だが、その言葉にナナミもますますヒートアップしていく。
「なっ……あなただってただの中学生じゃない!」
「そうかしら。少なくともあなたよりは高尚な存在だと思いますけど」
「なんですってー!」
キララの挑発に、ナナミは面白いまでに乗ってしまう。こんなに感情をむき出しにしている彼女を、絶人は初めて見る。
「はーなーしーなーさーい!」
「離すのは、あなたですわ!」
「いだいいいいだいってー!!」
二人による、絶人の腕を使った綱引きはしばらく続く。
しかし、そろそろ無益だと感じたのか、先に手を離したのはキララの方だった。
「うおっとっとっと!」
突然手を離したものだから、絶人は体勢を崩してナナミにぶつかる。危うく倒れそうになったので、とっさに空いた左手でナナミの肩に寄りかかると、彼女の顔がすぐそばまで来ていた。
「きゃっ」
顔を赤らめて小さく悲鳴を上げる彼女を見て、「ご、ごめん」と絶人はすぐさま距離を獲ろうとした。
「待ってよ!」
だが、再びナナミは絶人の手を取る。
「寺嶋さん、ようやく諦めてくれたのね。さ、ゼットくん、帰りましょ」
「お待ちなさいな。私は何も諦めたとは言っていませんわ。私はただ、ゼットさんに決めていただこうと思っただけです」
「え、僕!?」
「はい。ゼットさんが放課後どう過ごすかで問題になっているのですから。ゼットさんが決めていただくのが筋でしょう。……いいですわね、木下さん」
「……うん、いいよ」
ナナミも不安げに頷く。その間に、キララは絶人の方に近づいて、耳元でこう囁いた。
「私がゼットさんとしたいのは、私たちのこれからについての、重要な話です……わかりますわよね、あなたは『マルウェアバスター』なのですから」
「――っ!」
その単語は、絶人の次の行動を決めるのに十分だった。ナナミの方を向いていた絶人は、そのまま一歩下がり、キララのそばに着く。
「ゼットくん……!?」
「ごめん、ナナミちゃん……次は、次は必ず一緒に帰るから!」
「決まりですわね。ゼットさん、行きましょう」
「あ、ああ」
絶人は後ろ髪を引かれながらも、キララに引っ張られるがままに教室を後にしようとして、
「……ゼットくん」
零れ落ちた、自分を呼ぶ声なんて、まるで聴いていないかのようなふりをするしかなかった。
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