第11話 傷みは鈍さに消されるから
また台風が来ているようですね。すごい風で自転車が上手く前に進まない。いや〜、家までが、いつもよりも遠いこと遠いこと。
さて、このお話も残すところあと数話です。
ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございます。もう少しだけお付き合い頂けますか? それだと、僕はとても嬉しい。
歯科に異様な空気が流れていく。
僕の視線はカレをとらえて思わず持っていたペンを落としてしまった。その音にカレはこちらを見て驚いた顔をしていた。
「あ……」
「はははは……」
「久しぶり……だね」
ほら、来たぞ!
ぎこちなさが。
何年経とうが変わらない。
スーツのネクタイを緩めながら、僕を見てカレは言葉にならないようだった。そして、ゆっくりと額から首元に汗が流れていく。
もちろん、僕も驚いた顔をしていただろう。
全てを書き終えた問診票を受付に出して、僕は再びカレを見た。
スーツのジャケットを脱ぎ、片腕にそのジャケットをかける。そうしてカレは小さくため息を吐いた。
「……歯痛いの?」
「あ、うん……でも虫歯じゃなくて親知らず? 生えかけてる」
「ああ〜痛そう」
「ものすごく痛い」
「分かるよ、それまったく同じ」
「嘘みたいな偶然」
「ね! 嘘みたいだね」
カレは待合室のソファーに深く腰掛けると右頬を押さえる仕草をした。柔らかく薄茶色の髪、変わらない低音の声。少し大人びた表情に学生時代とは違うスーツ姿。眩暈をしてしまいそうな記憶が蘇りそうになる。
すると、カレはソファーを片手で軽く叩く。
「そこにずっと立ってるの?」
そうして、あの頃と同じ笑顔で笑うんだ。
「あ……」
僕はしどろもどろな返事をして、ソファーに手をついて笑っているカレを見た。
「その感じ変わらないね? 相変わらずだね」
「そりゃ人はそんなに簡単に変わらないよ」
僕はその言葉を吐いて隣に座った。ソファーが包み込むように僕を支える。何故か僕は目の奥が熱くなり、鼻の奥がツンとするのに焦り、思わず頬を押さえるフリをした。
「歯、痛い?」
「ちょっとね」
「…………あのさ」
「ん?」
「…………このあと時間ある?」
「無いって言ったら?」
僕のセリフに、鳩が豆鉄砲を食らった顔でカレが固まった。と、同時に僕はニヤッと笑ってしまった。
「ウソ! あるよ、時間」
「やられた……悪い顔してるよ?」
「へへへへ」
あの時に戻ったような気がした。あの時と違うけど、また同じだと感じた。
「櫛木さーん! どうぞ〜」
診察室の扉が開き、僕の名が呼ばれた。小さく手を振って診察室に入ると、違う意味でドキドキが止まらなかった。歯茎が浮くような変な気持ちになっていた。
少しの治療と診断で、痛み止めと化膿止めを処方してもらった。診察室から出るとカレは雑誌を読みながら待っていたのか、すっと視線をこちらに移すとふんわりとした笑顔をこちらに向けた。相も変わらず聖人のような微笑みに僕は眩暈がした。
「〇〇さーん! 診察室へどうぞ〜」
カレは雑誌を僕に手渡して「行ってきます」と横切っていった。
相も変わらずだね。
気を使うところも変わっていない。
僕は会計を済ませ、カレを待つことにした。
何故か妙に落ち着いていた。高校生だったあの頃とは変わっているのだと否応なしに感じた。落ち着き? 冷静? 大人の余裕?
いや、ないない。
僕はあの頃と、さして、違いなどなかった。
ドキドキしていた。
何を言われるのだろう?
怒られたら、どうしよう?
何ひとつ、変わりはない。
僕は僕だった。
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