第10話 肩肘張らずに

 僕は珈琲がとても好きです。

 夏でも冬でも美味しい。珈琲にはうるさいわけではないのですが、飲めない珈琲はある。

 

 酸味のあるモカが苦手だったりします。


 温かい珈琲は大概は飲めるんですよね?

 でも、いったん冷めてしまうとさっきまで飲めていた珈琲も飲めなくなる。


 じゃ〜どんなのが好みかって? それはね?



 人生のように苦い珈琲が大好きなのである。




「俺、隣の車両に居るから頑張れ!」

 翔がカレを僕の隣に座らせると荷物を肩にかけて、爽やかに手をひらひらとさせて隣の車両に移動して行った。うん、頑張る!


 カレは何も言わない。黙ったままで僕の目を見つめていた。僕はその目を逸らさずに、ぽつりぽつりと話し出した。


「……イナが思ってるような人間じゃない」

「…………」

「僕は……」

「…………」

 その一人称に、カレはぴくりとした。


「僕は……身体と心が一致してないんだよね」

「…………うん」

「だけどね、イナちゃんを好きって気持ちは嘘じゃなかったんだよ」

 カレは僕の目を見たまま固まったように僕の目には映った。それはそうだよね。普通はそうなると思う。


 こんな時の時間の流れは酷だ。

 あっという間過ぎていく。

 長く、ゆっくりな時であれば良かったのに。

 カレは何も言わずにそっと席を立ち、何度か僕の顔を見ながら電車を降りていく。そして、無情にも扉は閉まる。


 動き出す電車がカレを残して、次の駅に進む。それを見計らったように翔が僕の隣の席に腰を下ろした。


「亮ちゃん、よく頑張ったね」

 そんな短い翔の言葉に僕は静かに泣いた。次から次へこぼれ落ちる涙が手の甲を濡らした。


 そうして長くて、あっという間の恋が終わりを告げる。恋愛小説のようになんでもかんでも素敵に話は進まない。人生はそんなに甘くはないのだ。そんなものなのだよ。


 数ヶ月の僕の恋はビターで甘い、珈琲のような後味を残して終わった。



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