第8話 I Think
ここ数日は涼しくて、湿度も高くない。とても過ごしやすい。
はい、みなさんどうもです。櫛木です。
夏って好きですか?
僕は夏生まれで、暑くても青空の下で自転車で出掛けるのが大好きだよ。汗かいて、タンブラーの水分を一気に流し込む。口元をぬぐって、また自転車を走らせる。
川沿いを走るときらきらと水が光って、それも僕の心を潤していく。
まあ〜 カッコつけて言ってるね〜
うん? 何が言いたいって?
夏が好きってこと。
ただ、それだけだよ。
僕らはすぐに電車に乗った。
入口付近に立たずに珍しく横がけ椅子に座る。ソファーのように電車の椅子が心地よく感じる。心の余裕? それとも疲れていたから?
「いつから俺のこと見てたの?」
「ん?」
「いや、やっぱり今のナシ!」
「ああ……気がついたら気になってて満員電車の中でも、その綺麗な髪が揺れていてね〜って気持ち悪い発言だよね? ごめん」
「コレ?」
そういうとカレは自分の髪を指先でつまんで、その髪を上目でちらりと見て照れたように笑う。
「生まれつき、この色だよ」
「綺麗な色だよね」
「はじめて言われた」
「そうなの? こんなに綺麗なのに」
僕はなぜかとても嬉しくなっていた。こうして話せることに、こうして隣に居れることに。
僕は贅沢になりそうだ。
そう思ったんだ。
何も言わなくても、何も伝えなくても。
それだけで満足していた。
突き刺さった何かが抜け落ちていくのが分かるから、安心していたんだ。
自分が思うよりもカレの低い声に。
自分が思うよりもカレが好きだったことに。
だけどね……
まだ大事なことを伝えていない。
僕の本当を。
きっと今のカレは知らないから。
それを思うと胸の底がちくりとする。
悪い事を隠して、無邪気に笑う自分に嫌悪感を持った。
やっぱりこの恋物語の前途多難は変わらない。
もうすぐカレが降りる駅。
僕は何を言えばいい?
今は何が正解?
「もう着く……」
「うん……」
「また一緒に学校に行こう、それから一緒に帰ろう」
「うん……」
その言葉が本当なら嬉しいはずなのに。
僕は隅に追いやられてるネズミの気分だった。逃げ場のない苦しさに、引きつった笑顔になっていただろう。カレは何も言わずにそっと僕の頭に手を置くと、ゆっくりと優しく髪を撫でる。
「月曜日にまた」
そう言葉を残してカレは降りていく。
こんなに寂しいのはいつぶりだろう。
心が痛いと叫び声を上げそうだった。
僕はカレに嘘をついているみたいだった。
胸が軋む。
歯車はそうしてぎこちなく廻る。
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