ハコのこと

 さて、話を少しだけ戻さなければ何が何だかさっぱりでしょうから。

 ここはひとつ、ハコという少年を見ることにしましょう。


 ハコはヤブラカン王国に生を受けた男の子です。

 しかしながら彼は母と父を知りません。

 物心ついた時から1人で、いわゆる孤児というものでした。

 同じような孤児とともに育ち、たくさんいるひとりぼっちの1人でした。

 もちろん王国も孤児を放っているわけではないのです。

 なんとかしようとはしているのです。

 国民も現国王が心を痛めていることを知っていますし、くだんの孤児たちだってわかっていますので。

 国自体が大きな孤児院のような状態になってしまっているのです。


 そんな中でハコは(おそらくですが)5歳になったとき、1人の老婆と出会います。

 老婆はかつて大賢者とも呼ばれたエルフであり、国の所有する森に1人で住む変わり者でもありました。

 老婆が諸事情で王城から帰る道すがら、広場で靴磨きをして日銭を稼ぐハコに目を付けました。


「おい、そこの」


「はい!」


 なんとも元気な返事。

 そして屈託のない笑顔を向けられた老婆はうろたえました。

 なぜ笑顔なのか、と。

 もちろんハコはただお客さんに声をかけられただけと思っていましたが。


「あ、あー……私の靴を磨いてくれんか」


「わかりました!」


 老婆の靴は騎士さまが普段使いに履くような頑丈なブーツです。

 ハコはご婦人用の足置きでなく、騎士さま用のものを使いました。

 広場ですから簡素なベンチもあります。

 ハコは気遣いのできる子ですから、老婆を座らせる際にボロではありますが比較的新しく綺麗な布をベンチに敷き、どうぞと勧めます。

 やさしく手を取り座らせる姿はさながら貴公子のよう。

 孤児たちの中で広まった遊びのうちの貴族ごっこですが、こうして役に立つ場合もありますね。

 2人はそのまま靴磨きが終わるまで無言です。

 世間話でもするべきでしょうが、子どもに何を言おうものか老婆が迷ううちに終わってしまいました。

 こういう場合において孤児だろうがなんだろうが、靴を磨く側が話題を振るようなことはありません。下手なことを言って相手の不興を招く必要はないでしょう。

 なのでハコも相手が話そうという気持ちを汲み取って待ちの姿勢でありました。

 素早く片付けを行うハコを見た老婆は考え込みます。


 ハコはお金が欲しいとは言いません。

 ねだって相手を怒らせてしまい殴られたなんて場面を見たことがあるから。

 でも言い出せなくて踏み倒されてしまったなんて話もよく聞くものです。

 だから靴磨きの少年少女は態度でしめすのです。

 ハコも同じ。

 相手の顔を、その目をじっと見つめました。


「おまえさん、名前は」


「ハコです!」


「そうかい…なあハコや、私の弟子にならないかい?」


「はい!……はい?」


 勢いで返事をしてしまったハコです。

 これはマズイのでは?と思いました。

 娼館に連れていかれたり、この国では禁止していますが奴隷にされたりするのでは?

 弟子とはなんの弟子でしょうか。

 いろいろな事が頭の中を駆けまわります。


「ああ、そうさね。弟子、弟子さ。思い付きで言ってみるもんだね」


「あのえっと…なんの弟子ですか?」


「魔法使いさ」


 迷いが全部吹き飛びました。

 魔法使い。それは魔法の使える人のことを指します。

 普通の人が使えるものではありません。

 簡単にできるものではありません

 きちんと勉強をして修行をして頑張った人たちだけが使える神秘を具現化する技術です。

 普通の人が生活する分には使えなくても困りませんが、使えると何かと便利なものとして認識されている地域もあるくらいには世界に認知されています。

 さらに言えば獣や魔獣や魔物と戦う冒険者たち、貴族や王族、国を守る騎士さまたち、魔法そのものを研究する研究者たちのなかでは使えて当然だ、という風潮があります。

 ハコの迷いがどうして吹き飛んだかと言えば、魔法が使えるようになれば冒険者になってお金をもっと稼ぐことが出来るから。

 話は簡単なものではないはずですが、そこはまだまだ子ども。

 単純に物ごとが組み合わさってしまいます。


「まほうつかい……良いの?」


「私が弟子にするって言ったんだ。王だって文句は言わせないよ」


 すごい自信です。

 実際老婆はすごい人なので間違ってはいないのですが、今のハコは知りませんから王さまが文句を言っても退かないほどの強い人だと思いました。


 そうしてハコは大賢者の弟子になったのです。

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