第4話 ヘドバン

 

 三人目のヒロインについての個人情報、もといプロフィールを提示しよう。


 漁火辻(いさりび つじ)。年齢十六歳。血液型B。身長154センチ。体重40キロ。スリーサイズは上から77・48・73。趣味は読書に音楽鑑賞。特技は歌唱。中学時代は合唱部で活躍し、高校からは美術部幽霊部員。


 外見的特徴は、足元にまで達しそうな長すぎる黒髪。前髪も長く、殆ど顔が見えない。その上、体中に包帯や湿布を貼り、白い眼帯と松葉杖まで持ち歩いているという、本格的なケガドルファッション。色んな意味で痛々しい中二病キャラ。


 入学したての自己紹介の時に、自分は鬱キャラだと公言したらしく、そのためクラスからは浮いているようだが、決して仲が険悪ではない模様。


 実家が神社なので、見た目も相まって霊能力者なのではないか? と密かに噂されているらしい。週末には巫女服を着用し、境内を掃除するなどの手伝いをしている。実は優しい性格。一人称は『自分』、口癖による語尾は『~っす』。


 何故、僕がこんなに彼女について詳しいのかというと、全ては蓮美の調査レポートに書かれていたからである。ここまでくるとストーカーだよ。マジで引くわー。


 というか、心霊現象ありきの霊能力者でしょ? 情報社会が中心であるこの世の中、科学で証明できないものは全て否定されるんだ。メディアに振り回され、誤った認識をしてしまう視聴者にも問題はある。だとしても、こんな漫画のキャラみたいな電波少女を誰が信じるのか、甚だ疑問である。


 まぁ、蓮美の努力を無碍にもできないので、昼休みになったら映研部メンバーを招集し、殴り込みに行くとの命令だった。行くということは、霙先輩も一緒だ。力強くもあり、不安材料でもある彼女は、一体どう働いてくれるのだろうか?


 ついでに、昨日新しく入部した榊枝先輩もいる。こちらもいろんな意味で心配だ。蓮美は漁火さんに顔が割られている節があるらしく、今回は休みだ。


 果たしてこのメンバーで、まともな勧誘活動ができるのだろうか? 嫌な予感しかしない。二人の変態先輩が力を組んだとき、果たしてどのような化学反応が起こるのだろう……?


「ターゲットは今、教室で一人読書をしているようだ」


 ドアの隙間から覗いて確認した霙先輩は、目標である漁火さんがいるのを確認する。蓮美の報告と一致していたからすぐに分かった。


 長い黒髪に体の至る所に巻かれた包帯。あれだけ目立つ存在を知らなかったので半信半疑だったが、まさか本当に実在していたとは……リアルも捨てたもんじゃないな。


「なるほど。これは絶好のチャンスだな」


 その知らせを聞いた榊枝先輩が、今しかない! と意味の通じない手話で僕に物語っているような気がした。同じ長い髪でも、こちらは暑苦しいだけ。


「せーので行くぞ? せーの……」


 霙先輩の号令が掛かっているというのに、二人とも動こうとしない。というか、僕を凝視していた。


「いや、早く行ってくださいよ」

「お前が行け!」

「えぇぇ――っ⁉」


 二人の先輩に、無理矢理教室の中に押し込まれた。


 教室にいた同学年の生徒達は、いきなり入ってきた見知らぬ生徒に驚いた反応だった。みなの視線が痛い。だが影の薄い僕に誰も興味が無かったらしく、すぐに目線を逸らす。まぁ、逆にやりやすくはなったからいいんだけど……。え、全然傷ついてなんかないよ? 慣れてるし……。ぐすん……。


 ガヤガヤと騒がしいクラスの中、目標の漁火辻は沈黙を保ち、一人読書に耽っていた。近くで見ると体の線が細いし、肌も病的なほど白い、薄幸の美少女を思わせる。少し躊躇われるが、勇気を出して話しかけてみる。


「あの~、漁火さん……ですよね?」

「……そうっすけど、なんすか?」


 一拍空いた後に、返事がきた。


 髪の隙間から時折、宝石のような瞳が輝く。僕個人の好みとしては、不細工ではないんじゃないか? 何故疑問形かというと、異様に長すぎる髪と左目の眼帯が容姿を隠してしまっているからだ。勿体無い。黒いロングヘアーが強固な壁となって、外部の敵を拒絶しているかのようだ。


 外見については蓮美のストーカー日記で予め知っていたので、インパクトは薄い方だった。物珍しくはあったが、それよりも僕はこれからある事を実行に移さなければならない。霙先輩に言われた通りにやれば大丈夫なはず。


「僕、一年八組の七海音流っていいます。漁火さんに相談したいことがあるんですけど、少しよろしいですか?」

「はぁ……自分でよければ」


 ふふふ……。馬鹿め、まんまと罠にかかったな。どうせ霊能力とかで魔の者を祓い、治すとかそんなのだろう。その善意を逆手にとり、化けの皮を剥いでやる。

まずは牽制のジャブだ。


「ちょっと僕、肩が凝っていて……。漁火さんに治せませんかね?」


 自分の右肩を揉みながら、典型的な『霊にとり憑かれています』アピールをする。すると漁火さんは納得がいったように、自前のスクールバッグをゴソゴソと漁りだした。名前の由来とかでは断じて無い。


「……これをどうぞ」


 ふふふ、笑いが堪えられない。まだだ、まだ顔に出すな。一体どんな不良品アイテムを渡す気なんだ?


 冷えピタだった。

 的確な処置である。


「自分の分をお裾分けします」


 むっちゃ、ええ人やん!


 まずい、思わず似非関西弁になってしまった。僕はてっきり漁火さんが呪術めいたことを言って自爆するのを狙っていたというのに、これでは僕の方が頭おかしい人みたいになってしまうではないか! 僕の高校生活オワタ。


「もう見てられん!」


 頭を抱えていた僕に救いの手を差し伸べてくれたのは、他ならぬ霙先輩だった。後ろには榊枝先輩もいる。とても心強い。


「キャーーッ! 榊枝先輩よっ!」


 なんて黄色い歓声が教室内に湧き起こるほどのモテっぷりである榊枝先輩は、軽く手を振ってあげていた。にっこり笑うと歯が光る、営業イケメンスマイル。本性を知ったら、女生徒はさぞかし幻滅するのだろうな……。


「おい、イタコのアンナ!」

「自分はシャーマンキングの嫁ではありません」


 わざとであろう霙先輩の指名に対しても、漁火さんは悪魔で冷静だった。


「どうだっていい。見て分からんのか、こいつは悪霊にとり憑かれているのだ!」


 やめてくれ! わざわざ演技を解説しないでくれ! 恥ずかしい! 穴があったら肥溜めでもいいから入りたい! やっぱ肥溜めは嫌だ!


「湿布の方がよろしかったでしょうか?」

「いや、筋肉を冷やすというのは、この場合得策じゃない」


 そこじゃねぇだろ脳筋野郎。ニュアンスは伝わるのだけれど、榊枝先輩が言うと何か別の意図があるように思えてくるのが不思議だ。そうでもないか……。筋肉の話になると、途端に五月蝿くなる人である。


「では、自分は何をすればいいんすか?」

「除霊してくれ」

「無理っす」


 これまた漁火さんは即答。表情を変える暇も無かった。


「何故だ! 助けられる命があるというのに!」

「何故と言われましても、自分にはそんな力無いっすから……」


 自滅の危機を察したのであろう、霙先輩渾身のヒステリアスモードでさえも、冷静に対処する漁火さん。むしろ引いている気がする。


 確かに切羽詰った状態の年上から迫られたら、普通だったら逃げている。僕だったら知り合いでも逃げる。それでも付き合ってくれている漁火さんは、実はもの凄くいい人なのではないか?


「分からず屋めっ! お前がそんなことをしている間にも、魔の手は徐々に迫って来ているのだぞ!」

「でも、元気そうじゃないっすか?」


 その通り。僕の体は健康だし、ましてや悪霊なんかにとり憑かれてなんかもいない。元気そうに見えるのも当然である。むしろ包帯だらけの漁火さんの方が重症だ……。


 一時の沈黙の後、崖の上に追い詰められた霙先輩のとった行動で、この平和な昼休みを楽しんでいた生徒達は阿鼻叫喚となり、教室内は地獄絵図と化した。


「……う、うわぁぁ! のりうつられた!」


 下手な芝居を打って顔を伏せる霙先輩。わ、分かりやすっ!

 こちらに注目していた生徒たちも、なんだなんだと群がってくる。


 最初はついに気が狂ったのかと思ったが、隙間から見えた瞳で、それが作戦だということに気づく。演技なのだ。


「ぐぅあっ! お、俺も……悪霊がアアぁぁぁぁ!」


 榊枝先輩のナイスなアドリブ。僕もこれに便乗するしかない。


「そ、そんな! 僕のせいで先輩達が! 誰か早く助けてください!」


 僕が必死に救いを請うたにもかかわらず、漁火さんは動こうとしなかった。そしてついに、言ってはならない無情の一言を浴びせる。


「いやそれ、漫画の読みすぎっすよね?」


 ピキン――と、理性の壊れる音がした。


 よりによって霊能力者と噂されている人物に、存在を全否定された戸惑い。

 先輩からすれば、生意気な後輩から馬鹿にされたのと同義である怒り。


 もう後には引けない気まずさと、プライドが負けを認めることを許さない。

そして最後、お前にだけは言われたくないっ!


「包丁ハサミ! 包丁ハサミ!」


 霙先輩が便所サンダルを履いたまま机に飛び乗り、危ない単語を叫んだと同時に、教室のスピーカーから爆音のロックンロールが流れる。


「ちょ、どうしたんすか先輩方⁉」


 漁火さんが耳を両手で押さえながら訴えようとするが、霙先輩は形振り構わずに、腰を使って頭を上下に激しく揺らす。ヘッドバンキング、略してヘドバンだ。


 ヘドバンとは曲のリズムに合わせ、頭部を上下に激しく動かすライブパフォーマンスのことである。さぁ、みんなも挑戦してみよう!


「包丁ハサミぃ! よりも俺のが刃物ぉ!」


 榊枝先輩と僕も、曲に合わせて激しくヘドバンする。


 誰かに言われてやるのではない。スピーカーから轟く音楽が鉄コンクリートの壁を反響し合い、三百六十度から脳を刺激されたために発生する本能だ。自身の中にいる何かが訴えるのである。魂の叫びを!


「ハサミ! 包丁ハサミ! 包丁ハサミ、カッター、ナイフ、ドス、キリ、イェ!」


 サビの部分が一区切りしたとしても、破壊的なメロディが、残暑の厳しい熱気の篭った空間を蹂躙する。汗が噴出す。でも心地よい気分だ。


 音楽が腐った肉を吐き出させてくれる。嫌なことを全て忘れさせてくれる。鬱な自分を励ましてくれる。明日へ踏み出す勇気を貰える。何もかもが最高の麻薬の材料だ。そう思ったのは僕だけじゃない。音楽がそうさせるんだ。


 そしてそれは、伝染する。


『包丁ハサミっ!! 包丁ハサミっ!!』


 さっきまで遠巻きに見ていただけの生徒達が、途端に頭を振り回して一緒に叫んでいる。一人二人と、僕等のテンポに合わせてくれる。


 霙先輩が下級生を脅して命令したわけではない。ましてや打ち合わせしていたわけでもない。それは彼らに対する侮辱である。そう、僕達の熱いパトスが、彼等の中に眠る内なる凶器を呼び起こしてしまったのだ。


 そしてそれは、拡大する。


「え、どっ、どうしたんすか、みなさんまでっ⁉」


 男女関係無く舌を出し、白目を剥いて理性が吹き飛んだ彼らにはもう、漁火さんの声は届かない。ヘドバンする聴覚は、ロックを捉えるのに全神経を使っているからだ。漁火さんはただ渦の中心で呆然と立ち尽くすことしかできない。


 まさにこれは、感染爆発。


 独創的なギターソロ。ファンキーなベースライン。正確で力強いドラム。そして心に響くボーカルの美声。それら全てに感じ、教室にいた全ての人間が同じリズムで頭を上下に動かす光景は、まさに圧巻の一言に尽きる。盛り上がりは最高潮に達した。


『包丁ハサミぃ! よりも俺のが刃物ぉ!』


 今にもサウンドがはち切れそうだ。スピーディに残りの全力を尽くす。このままフィニッシュまで行こう! 己の毒素を打ち明けろ!


『ハサミ! 包丁ハサミ! 包丁ハサミ、カッター、ナイフ、ドス、キリ、太っ!』


 ヘドバンをしていた集団が、曲の終了と同時にピタリと華麗に止まる。


 短い沈黙の後、拍手喝采の歓声が上がった。汗を拭うこともせず、一人一人とハイタッチする者、握手を交わす者、見境無くハグする者と、自分を表現できるそれぞれの方法で、お互いの健闘を褒め称える。


 誰もが顔も名前も知らない人達と、一つになれた瞬間だった。上手く言葉で通じ合うことができなくても、音楽を通じて共感することができる証明になる。一緒にヘドバンをしたら、もうヘドバン仲間だ。仲間外れなんかいない。中には感動して嬉し泣きをする人までいた。とても楽しかった。


「サンキューっ!」


 霙先輩が感謝の言葉と共に締め括る。みな興奮が冷めずに、ヒューヒューと囃し立てる。歌が終わっても、僕らのロックンロールは鳴り止まない。


 最後にみんなが爽快な気分になれて、笑顔で幸せならいいのだ。


「うるせぇぞコラアアァァっ!」


 生徒指導部の船越教諭が現れ、熱気に包まれた空気が一瞬にして凍りつき、みなの汗が盛大に冷えた。


× ×


「首が痛い……」


 生徒指導部反省室にて、映画研究部の四人は騒ぎの元凶とされ、放課後に反省文を強いられたのだった。長テーブルを二つ並べ、四人が向かい合うように座っている。


「早く書かないと、下校時刻までに終われませんよ」


 首をポキポキと鳴らす霙先輩に注意した。今回、僕達映画研究部は生徒会の三つ目の要項、『撮影のために校内の風紀を乱すことは許されない』を破ってしまったのだ。反省文の内容次第では、生徒会にこの失態を利用され、映画研究部がさらにピンチになる。真面目にやらなければいけない。


「どうせ今日はもう無理だって。明日頑張りましょ?」


 ここには当然のように蓮美もいた。何故なら彼女こそが放送室を占拠し、勝手に大音量で曲を流した張本人だからである。事前に霙先輩と連絡を取り合っていたらしい。そのため、その場のノリですとか、適当な言い訳もできず、計画的犯行と見なされたのだった。この二人は抜け目がない。内申書の心配をしている僕が馬鹿らしくなる。


「そんな弱気ではいけないな。常に前向きな姿勢でいるべきだ」


 僕の対面に座っている榊枝先輩は、白い半袖ワイシャツの前が全開だった。インナーも着ていない、隆起する筋肉の地肌と乳首が丸見えである。よりによって、僕の真正面に位置するから目の毒だ。殺意が湧いてくる。


 おそらく、昼休みの勢いでシャツをボタンごと引き裂いたのだろう。これではワイシャツではなく、猥シャツだ。容易に想像できてしまう自分が嫌だ。


「いやー、今日は疲れたなぁ……。早くお家に帰って寝たい……」


 ぐったりと、燃え尽きたように机へと突っ伏した。霙先輩らしくもなく、いつもの覇気が感じられない。


「ちょっと、眠らないで下さいよ」


 かくいう僕も、ヘドバンのしすぎで首が痛い。疲れて授業中に睡眠したくても、首の痛みが邪魔で眠れなかった。生徒の大半が熟睡するという、松田先生のラリホーマが効かない授業なんて、入学してから初めてのことだった。それくらい今はキツイ。


「肩が凝ったのなら揉みましょうか?」


 蓮美が手の平を擦り合わせて、霙先輩に何故か蟹股で近づく。昔のアニメに出てきそうな、やられ役に徹する下っ端のようだ。


「ん、気が利くな伊織」


 霙先輩はその行動を疑うこともせずに、肩を預けようとする。


 蓮美の脳内を除いて、それだけなら女子高生同士の和気藹々とした癒しタイムなのだが、それに異を唱える者がいた。


「待つんだ汐氷。肩を揉むというのなら、俺の握力を利用しない手はない!」


 榊枝先輩だった……。アピールなのか、その場で真新しい消しゴムを手のひらで磨り潰す。人間技じゃないのは分かるけど、少し焦げたような異臭が漂って迷惑だ。


「痛そうだから遠慮しとく」

「なっ、なにぃぃっ!」


 両手両膝を床について、分かりやすい落ち込みのポーズをする榊枝先輩。霙先輩に触れようとしたのだ。憐れむ気持ちはあっても、同情する気はさらさら無い。当然の報いである。ざまぁみろ。


「すまないが頼むぞ伊織」

「あいあいさー」


 元気の良い返事で肩を揉みはじめた。


「っん、くっ、うっ、んんっ、っくう、あふ……」


 なんか、声が艶かしいぞ……。つか、字だけにしたら凄くエロくないか?霙先輩自身は無意識だから困る。こっちが恥ずかしくて直視できない。


「凝っていますねぇ~」


 なおも肩を揉み続ける蓮美だったが、小さく舌を出したのを僕は見逃さなかった。


「わひゃあっ! ははは! や、やめ、きゃはは!」


 調子に乗った蓮美は胸を揉みしだいた。霙先輩の大きくもなく、小さくもない丁度いいサイズの胸をだ。霙先輩は感度が良いのか、大声で笑っている。


 もしや、蓮美はこれを狙って? 小さく舌を出していただけだった顔が、今はペコちゃんのように純心無垢な顔になっていた。


「も、もう無理、やめて、む、無理だって、ギャァァ! やっ、やめ、やめろっつてんだろゴラァァアアっ!」


 ついに我慢できなくなった霙先輩が、自力で擽りの呪縛から解き放たれ、蓮美に向かって拳を振り上げる。


「げふっ!」


 拳骨を脳天に叩き込まれた蓮美は悲痛な声を上げて撃沈した。どさくさに紛れて胸まで揉むなんて……。羨ましい、じゃなくて不潔です!


「胸を揉むというのなら、なおさら俺の握力をぐっ!」


 有無を言わさず顔面を殴りつける霙先輩。ゼェ、ゼェ、と肩で息をしていた。


 殴られた方は空気を読み、鼻を抑えながら黙りこくる。筋肉を否定され、鬱になっていた榊枝先輩が立ち直ってから三秒でリングアウトした。


「もうっ! 何するんですか!」


 榊枝先輩と入れ替わるように復活する蓮美。霙先輩の拳骨をくらってなお、立ち上がれる精神力とタフネス。短時間でリスボーンできるその生命力は驚異的だ。いつもよりテンションが高くなったと思う。


「蓮美。お前なんか、元気良すぎないか?」

「いやそれが放送室で自慰行為に浸っていたらさ、途中で先生が来て強制終了されたからね。誰でもムラムラしちゃうって」


 ゴン! と、僕の代わりに強めの一発をおみまいする霙先輩。これは先輩なりのツッコミである。僕は女の子の言う、品の無い下ネタが嫌いなのだ。品のある下ネタなんかあるわけないけど……。


 ちなみに言わなくても分かると思うが、霙先輩は好きである。品のある下ネタが。


「いったぁ~! 何するんですか!」

「お前の頭が故障しているようなので、修理しておいた」

「失礼ですね。あたしは正常で異常なんです!」


 コイツ頭イってるぜぇ~と、ジャスチャーで僕に伝える霙先輩。それあなたが生徒会長に言った台詞と一緒ですよ……。でもちょっと可愛かった。


「失礼します」


 その時、反省室のドアを勢いよく開け、室内に乱入してくる人物がいた。


 校則違反の長すぎる黒髪がふさぁーっと揺れ、自然と目を惹かれるものがある。前髪の隙間から見える瞳は、目を合わせると吸い込まれそうなほど強い意志が宿っていた。


「一年七組漁火辻。映画研究部に入部します」


 呆ける一同。


 どうして彼女が昼休みのアレで入部する気になったのかは分からない。脳内の処理速度が追い付かない。しかしただ一つだけ、予感させるものはあった。


 こいつは忙しくなってきやがったぜ……。

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