第3話 コンテスト

 

 公立朝芽黎明高校。この学校はセンセーショナルかつ、グローバルワールドな校風である為、いろんな人種がいても不思議では無い。自慢になるが、それだけ偏差値が高い学校だということだ。


 そんな学校の一階南校舎に、僕等の部室はある。壁を埋め尽くすように置いてある棚。中にしまってある重厚な本には埃が溜まっており、滅多な事がなければ開けないだろう。元は空き部屋だったのを勝手に改装したのだと窺える部屋の中央には、ソファー二つとテーブルがあり、その右側に霙先輩は座っていた。


「これが今日の朝、副会長から直接渡された連絡事項だ」


 一枚のプリントを上に掲げ、脱力するようにヒラヒラとテーブルに落とした。向かい側のソファーに座っている僕が紙を拾い、それを読む。


1、 九月下旬に行われる生徒会総会までに、次回作を提出しなければならない。

2、 会長が納得するジャンル、SFでなければいけない。

3、 撮影のために風紀を乱すことは許されない。

4、 生徒会の許可無き場所での撮影を行ってはいけない。

5、 これら全てが守られなければ、映画研究部は廃部とする。


 ざっと読んだ内容を箇条書きにすると、こんな感じである。


「これって、随分と不条理な取り決めじゃないですか?」

「その通りだバカ。表現の自由も規制され、また映画を作れってことだ」

「それにSFって、どうやって撮影すればいいんですか?」


 CGをふんだんに使えば可能だろう。だがそんな技術も無ければ、お金も無いし、時間も無いのを考慮すれば、およそ二週間では不可能だと判断する。


 もしくはCGを使わなくとも演出できる脚本を作ればいいだけの話だが、しかしそれは生徒会長の想像している派手な映画では無い。行き詰った。


「知るかバカ。こんなの生徒会長の陰謀だ。わざと私らに無理難題を押し付けて、潰そうって魂胆だろう」


 やる気の無い顔で背伸びをすると、そのままソファーに寝っ転がった。スカートがギリギリなラインまで捲り上がり、かなり際どい。


 健康的な美脚を見ていると気が変になりそうで、持っていたプリントで遮った。そういう無防備なエロさは罪悪感で軽く凹むから、本当に止めて欲しい。


「じゃあ、どうするんですか?」

「今考えているバカ。お前も考えろ」


 機嫌が悪いと二言目にはバカが飛んでくる。怖いので、僕も吹奏楽部の演奏をBGMにして脳内を回転させた。うーん。 


 ……と唸ることしかできなかった。こんな時、蓮美がいれば何かいい案を思いついてくれるのだが、今は新聞部の活動で忙しいらしい。


 ふと蓮美に頼っていることに気づき、弱気な自分に喝を入れる。本当は僕達でなんとかするしか無いのだ。


「あっ!」


 すると霙先輩が起き上がり、頭に電球が光っているのが見えたような気がした。何か閃いたらしく、汚い部室の中を漁り、大量に余った勧誘用のビラと黒ペンを取り出す。そして黙々と作業に勤しんでいく。僕は何もせずにボーっと眺めていた。


 数分後。


「できたぁっ!」


 ガッツポーズをとり、得意気な顔で僕に見せてくる。


『宇宙人、未来人、超能力者(中略)―は映画研究部に来い! 以上!』


 僕は絶句した。


「どうだ、なかなか上手く描けているだろう?」


 鼻歌を口ずさみながらの上機嫌である。


「………なんですか、コレ?」

「ポスターだ」


 文字だけではなく、何かの有名なアニメキャラクターのイラストまである。確かに上手だ。意外である。


「そうじゃなくて、どういうことですか?」

「だからSF的な人物を発掘すれば、いろいろと手間が省けるだろ」

「…………先輩は疲れているんですよ」


 多分、自分を追い込みすぎてヒビが入っちゃったんだろう。あれは僕の先輩なんだ。早くなんとかしてやりたい。見るに忍びないよ。


「お前、さっきから失礼なこと考えているだろう……?」


 顔面を鷲掴みにされ、僕の体が宙に浮く。万力の拷問だ。


「イヤソンナコトナイデスヨ?」


 返答が片言になってしまったが、アイアンクローからは解放された。


「ふん、まぁいい。さっさとコピーして学園中にばら撒いてこい」

「本気ですか?」

「当たり前だ」


 目が真剣である。いつも突拍子の無い回路の持ち主だが、今回は思考回路がショートして、いつになくぶっ飛んでいる。刺し違えてでも、暴走を阻止しなければ。


「こんなの、正気の沙汰じゃないですよ」

「言い過ぎじゃないか?」

「だって、そんな都合良く異能力者なんかいるわけないですよ! 頭おかしいって、周囲から笑われますよ!」

「何故そう言い切れる? いるかもしれないだろ」

「現実逃避しないで下さい!」

「黙れェェええええっ!」

「ぐべっ……」


 常識人を保っていた僕の方が、固いグーで殴られた。


「宇宙人がいればスペースファンタジーになる! 未来人がいればタイムトラベラーになる! 超能力者がいれば異能バトルへと展開することができる! いいか、信じる心があってこそ、可能性は無限大に広がるのだ!」


 霙先輩の男らしいロジックに、僕は感銘を受ける。そうだ、信じていれば願いは叶う。いや、信じてさえいなければ、夢を追うことさえできないんだ。


「くうっ……。僕、僕、間違っていました……」

「泣くなァァアアアア!」


 泣きそうになる僕を、霙先輩が抱擁してくれた。その優しさに、さらに目頭が熱くなる。はっきりと目が覚めた。


「ありがとうございます! 僕、行ってきます!」

「映研部の未来は、音流に託された!」


 部室のドアを開け、長い廊下を一直線に駆け抜ける。霙先輩の激励が、僕の背中を押してくれたのだ。迷いはもう、無い。


× ×


 あの時の僕はどうかしていた……。僕は取り返しのつかないことをしでかしてしまったのだ。それに気づいたのは、学校の敷地内に大量のビラを貼りまくり、次の日になってからだった。


 全てが遅すぎて逆に、放課後になってから開き直る。だって、あんなポスターを見て集まるなんて、人事ではないが頭狂っている。心配することなんか無かったんだ。


「エントリーナンバー、1番っ! 榊枝優(さかきえだ ゆう)ですっ! よろしくお願いしマッスル!」


 しかし僕の目の前には、筋骨隆々の美男子がジョジョ立ちで部室内にいた。背が高くて髪も女子のように長い、とても暑苦しい男だ。見ていてイライラしてくる。


 エントリーナンバー1番と元気よく叫んでいるが、集まったのは彼一人だけである。色んな意味で不安だ。


「君はバスケ部のエース、優君ではないか。まさか君が能力者だとは驚いたよ」


 どうやら霙先輩の知り合いらしい。どうしてだろう、さらに憎しみが沸々と込み上げてくるのは?


「もう俺はバスケ部じゃない。一人の男として挑戦しに来た」


 喋るたびに手を動かし、さまざまなポーズをとっている。忙しい人だ。アピールなのかナルシストなのか見分けられない。間を取って馬鹿でいいか。


「ならさっそく披露してもらおうか、君の力を」

「いいだろう。よく見ておけ」


 すると、おもむろに服を脱ぎ始めた。霙先輩があわあわと顔を赤くして、目を伏せる。なんか可愛い。


「何故、服を脱ぐ必要があるんですか?」


 僕が代わって彼に質問をする。


「俺の筋肉を見せなければ、理解できないからだ」


 そういいながら、さらに服を脱ぐ。外気に曝け出された逆三角形の胸筋と腹筋はまるで、古代ギリシャの彫像のよう。


 そして最終的にブーメランパンツ一丁となった猛々しい体躯は、贅肉の無い引き締まった完璧な肉体美であった。


 なるほど自慢するだけあって均整のとれた理想のプロポーションであるが、読者サービスに全く貢献できていない無駄な描写だ。ムカついてくる。


 霙先輩は顔の赤さもピークに達している。滅多に見られない可愛さだ!


「これからスプーン曲げをする」


 意外とまともな出し物である。エスパーなのだろうか?


「ハァアッ!」


 銀のスプーンを手に持ち、気合一閃。その刹那、スプーンは握り潰されていた。


「は?」


 何が行われたのか理解できず、僕は呆気にとられていた。スプーンの先端が折れ曲がるとかのレベルではない。時空が歪んだかの如く、原型を留めていないほどにグニャグニャになっていた。


「お次はこれだ」


 鉄屑を床に捨て、自前のバッグから取り出したのは、コロコロコミックである。小学生の頃、漫画好きな男の子だったら誰もが愛読していたであろう、懐かしき雑誌だ。ボンボン派と対立したのも、成長してジャンプに切り替わってからはいい思い出である。


「うらぁぁああああっ!」


 思い出も質量も分厚いそれを、彼は腕力だけで真っ二つに引き裂いた。


「えっ?」


 展開が速すぎて追いついていけない。破れたページがパラパラと空中を漂う。


「この棒をよく見ていろ」


 右手に構えた物は、長い金属製の黒いステッキだ。一瞬で花束になるマジックとかだろうか? そうであってくれ。


「ぬらァァアアアアっ!」


 一縷の望みも潰えた。あろうことかこの男、鉄の棒をポッキーのようにへし折ったのである。誰か早くこのゴリラを檻に収監しろ!


「最後にこの割り箸を…………」

「ストーーーーーーップ!」


 もはやどこから持ち出したのかも謎である割り箸を、ブーメランパンツの食い込む尻に近づけた所で強制終了させた。霙先輩の顔が茹蛸のように真っ赤である。


「何がしたいんですか、あなたは⁉」

「俺はただ、この筋肉の素晴らしさを表現しようと……」


 全裸に近い格好でポーズをとられても、変態度が増すだけで気持ち悪い。いや面白いけどね! 僕の機嫌がよかったら爆笑しているところだ。


「ちゃんとポスター見たのかよ! ビックリ人間コンテストじゃねぇぞ!」


 僕は勢いで霙先輩特製の直筆ポスターを、変態男の顔面に叩きつける。男は手に取ったポスターを思案気な表情で睨むと、頭を下げてきた。


「すまない。どうやらお互いに趣旨の相違があったようだ」


 謝りながらもカッコつけられているので、謝られた気が全然しない。なんの拘りなのだろうか? ここまで貫いてくると、呪術的な執念深さが感じられる。踊らないと死ぬみたいな病気。キタキタ親父だっけ?


「何を勘違いしたのかは知りませんが、速やかにお引取りください」


 大体、本物の宇宙人やら未来人やら超能力者やらの異世界人などいるわけがない。こんなの小学生にでもなれば自然と悟ってしまう常識である。実際にあんなポスターで寄って集って来る者なんて、変人か変態か情緒不安定な狂人なのだ。


 僕は悪夢から一刻も早く抜け出したいがために、ドアを開いて彼を出口へと導いてやった。それがさらなる悪夢への入り口だとも露知らずに。


「きゃっ⁉」


 ドアを引くと、なんとも乙女らしい悲鳴と同時に蓮美が倒れこんできた。


「……何してんの?」


 人材募集の面接をすることは予め蓮美に相談しといた。そしたら面白がって、新聞部を早退する! とか言って、遅れながらも参加表明してきたのだ。


 おそらくドア越しに聞き耳を立てていたせいで急に支えを失い、倒れ込む形になったのだろう。そんなことしてないで、さっさと部屋に入ってくればいいのに。


「邪魔してごめんなさい! どうぞ続けてください!」


 私なんかが恐れ多いといって体で、まだ腰を抜かしている。玄関開けたらマサイ族状態だったから無理もない。人生のトラウマになってないか心配だったので、僕は幼馴染に優しく言葉を囁いた。


「もう終わったよ」

「あたしのことは気にしないでいいから!」

「蓮美がいないと成り立たないよ。霙先輩もあんなだし」


 見ると霙先輩は口から煙を吐き出しながら、ソファーでグッタリと寝そべっている。目も虚ろだ。そして横には悠然と佇む半裸の男。はっきり言って僕には荷が重い状況である。道連れは多いほうが良い。


「ええっ! あの霙先輩が、あんな哀れもない姿にっ⁉ 駄目、あたし初めてだし、自信無いし、3Pとか心の準備がまだ……」


 何か引っ掛かるワードに反応し、すぐさま彼女の首筋に手刀を打ち込んでやった。蓮美は白目を剥き、糸がプツンと切れたかのように気絶する。これが迅速に処理でき、なおかつ効果的な手段だったのだ。安らかに眠れよ……。


「おい君、女性に対して乱暴は許さんぞ」


 街中を歩いていたら、間違いなく女性に猥褻罪で訴えられそうな格好の奴が、僕の肩に触ってきた。


「紳士的態度がとりたいのなら、服を着ろ!」

「おっと、これは失礼。淑女には些か刺激が強すぎたかな?」


 分かっているのなら、最初から脱ぐなよ! まぁ、マウンテンゴリラでも日本語が通じたようで、やっと制服を着てくれる。だが、まだ安心はできそうにない。何故ならさっきの会話でもこいつは、むやみやたらとポージングしきたからだ。手話でも習っとくか。


「ふえっ!」


 蓮美が起き上がる。なんてリスボーンの早い奴だ。


「ようやくお目覚めかい?」

「あ、あなたはバスケ部主将の、優先輩じゃないですか!?」


 涎も拭かずに、何やら興奮している。そんなにこの変態は有名人なのだろうか?


「そう呼ぶのはやめてくれ。もう俺はバスケ部じゃない。たった今辞めてきたんだ」


 なんで? バスケ部エースでキャプッテンなんて、スポーツを志す少年が一度は憧れそうな輝かしい称号ではないか。それを捨ててまで映画研究部に来る動機が理解できない。鬱憤を晴らすためだけに隠された性癖を晒しに来たのなら、とんだ疫病神である。


「す、スクープです! 早く新聞部に、いやその前に取材を……」


 蓮美は蓮美で混乱している。新聞部の役目を果たそうと奮闘しているのは分かるが、空回り気味だ。優とかいう先輩も苦笑いである。


「すまないが勘弁してくれないか? できればこの事も内緒にして欲しい」

「わ、分かりました! 理由は聞きません!」


 取材対象のプライバシーを守るのも、私のポリシー。蓮美はいつも僕に夢を語る時、そう言うのだ。変な妄想癖を見た後でなければ、素直に立派だと思う。


「ありがとう」


 そう爽やかに微笑んだところで、やっと霙先輩が復活した。鼻にティッシュを詰め込んでいる。これでも一応、部の最高責任者なのだ。


「それでは諸君! これからも一層、人材発掘に励むように、以上!」


 言いたかないけど、バイバイ。とでも語りそうにしている背中を、僕は引き止めた。不自然な流れで逃がされては堪らない。


「ちょっと待ってください! この人を採用するんですかっ⁉」


 エスパーでもなく、ただの変態筋肉馬鹿である。これが就職活動の面接だったら間違いなく落選だろう。受かる要素が無い。断言する。


「文句あっか?」


 自分の細長い指を僕の鼻の穴に入れ、持ち上げられる。いわゆる鼻フックというやつだ。霙先輩の鼻に詰められているティッシュを見ていると、もはや八つ当たりとしか思えなくなる。


「いでででで! 暴力反対っ!」


 女子高生に鼻フックされている男子高校生という、かなり情けない図となっていることだろう。僕、何か悪いことしたのかな……?


「この馬鹿力だけでも十分に凄いだろうが。本物である必要もない」


 理不尽な鼻フックに解放される。凄く痛かった。鼻赤くなってないよね? ってか、目の方が赤くなってないか心配だ。


「よろしくな君! 名前は?」


 榊枝先輩はジェスチャーも何も無く、ただ右手を差し出す。小心者であるがゆえに、ついその手を握ってしまった。


「七海音流です」

「そうか音流。これからよろしく!」


 強く握り返され、ブンブンと振り回された後に離した。僕はこういう初対面なのに馴れ馴れしく呼び捨てにする人種が苦手なのだ。


 映画研究部に入れたことが嬉しいのか、まだニカッと白い歯で笑顔を保っている。どうでもいいから後回しにするとして、最初はできるだけ会話したくないので、とりあえず会釈だけは返しといた。


「部長がそれでいいならそうしますけど、この後何をすればいいんですか?」


 この人には逆らえない。しかし、霙先輩のポスターで釣れたのは変態一人だけだ。もう候補はいない。この際偽物でもいいという話だが、生憎と僕には友達がいない。よって、能力者発掘作業の力になることはできないのだ。


「ふっふーん♪ そこは情報通の蓮美さんに任せなさい!」


 そこへ蓮美が意気揚々としゃしゃり出てきた。


「何が?」

「校内にいる怪しい人を、あたしがリスペクトしといたのです! ジャジャーん!」

「お前それ失礼な」


 リストアップだろうが、と呟きながら、書類に目を通した。

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