第2話 これまで

第一章


 祝うように桜が芽吹き、盛大に散ってゆく季節の頃。


「ねぇ、音流は部活決めた?」


 高校の入学式や新入生歓迎会などといった一通りの行事が終わり、部活動の仮入部期間となった放課後。幼馴染の蓮美に、そう訊かれた。


「まだ決めてないよ」


 この学校は強制で部活に入部しなければいけなく、中学時代にバスケで挫折した僕は思い悩んでいた。


「だったらさ、一緒に新聞部に入らない?」


 首を傾けながら、僕の目を見て誘ってくる。

 藍色っぽい黒髪のポニーテールが揺れ、宙を舞う薄桃色によく映えていた。


「ごめん。僕は人見知りだし、連係プレイとか苦手だから……」

「あ、いいよ無理しなくても」


 ちなみに、今日が仮入部期間の最終日である。午後六時までに担任に提出しなければ、自動的に幽霊部員だけで構成されている写真部に入部させられる。風紀の荒れた不真面目な生徒の溜まり場でもあり、退学者がちらほらと出ているという噂だ。蓮美はそれを心配しているのだが、僕はそれでもいいかなって考えている。


「それじゃ、あたし見学してくるから、また明日ね」

「うん、バイバイ」


 下駄箱の前で蓮美と別れ、昇降口を出る。


 今日は午前中授業だったので、まだ太陽の日差しが強く、学ランが暑いくらいだった。制服を早く脱いでしまいたいが、教職員やら在校生の視線が気になって脱げない。新入生は肩身が狭いのだ。


 急いで中庭を通り、駐輪場へ行くための校門へ差し掛かった時、一人の少女がビラを配っていた。


 今の時期なら大して変なことではない。むしろ普通だ。しかし普通の部活なら、こんなギリギリまで勧誘しなくても、自然と人は集まるはずである。殆どの人は既に何部に入るか決まっていて、僕みたいな浮浪者の方が返って珍しいからだ。だから彼女の努力は無意味なんだろうけど、不思議と目が放せなかった。


 健康的な日焼けなのか、多分生まれつきであろう、浅黒い肌。それよりも濃密な闇を思わせる、毛先の尖った長い黒髪。それとギザギザに切り揃えられた前髪と相まって、全体的に刺々しいイメージのある美少女だ。


 じっと眺めていた僕に気づいたのか、彼女は僕を睨んだ。退屈で、諦めて、恨んでいるような瞳だったけど、何かが力強いと感じた。


 それが僕、七海音流と、汐氷霙のファーストコンタクトである。


「おい、そこの貴様。映研部に入れ」


 声高く呼ばれ、手招きされる。


「ぼ、僕……?」


 僕は焦っていたのか、ほぼ反射的に答えてしまった。怖い先輩に恐喝される心境である。高校で目をつけられたくはない。


「英検部ですか? 三級なら持ってますが……?」


 初めて聞いた名だった。部活動紹介にも無かったし、何か怪しい……。


「うん? ああ、そうそう。どうせなら共に一級を取得しようではないか!」


 彼女がしかめっ面になったと思ったら、急に何度も頷き、一瞬だけ目を逸らして元気になった。自分に何かを言い聞かせているような仕草である。


「活動は基本、個人の自由ですよね?」

「ああ。好きな時に来て、好きな時にサボってよし!」


 その条件は僕にとって、かなり魅力的だった。その日の気分で部活の日時を決められるのである。しかも自主勉強するだけで楽だ。


「なら入部します」

「じゃあここにサインを!」


 その用紙には部活動名が書かれて無かったのだが、当時の僕は何も疑問を抱かずに書名してしまった。


「この用紙は私から提出しておこう!」

「いいんですか?」

「ああ、気にするな! たった今から私とお前は先輩後輩になったのだ! 大船に乗ったつもりで帰れ!」


 家に帰るだけなのに、大船に乗るのも変な話だな。


「はぁ、そうですか。じゃ、お願いします」


 高いテンションに気後れしながらも、返事はする。


「おう、また明日な!」


 そう言われて、僕は背中を強く叩かれた。かなり痛くて咽たが、そのまま彼女は桜の花弁を踏みつけるように中庭を豪快に歩いていった。


× ×


 ここで、先輩について紹介しておこう。先輩という単語ではなく、先輩という人物についてだ。そんなの言わなくても分かるとは思うが、念の為である。


 汐氷霙。女子高生。真っ黒い髪に浅黒い肌。睨んだだけで人を射殺せそうな眼力。それでいて傍若無人。男らしく寛容な上に、とても短絡的。変人で、ドS。だがいくらキャラクター設定を並べ立てようとも、彼女の本質は見えてこない。何を考えているのか、予測不能なのだ。


 土日の連休を挟んでの月曜日。部活動結成のために、僕は視聴覚室に訪れていた。教室掃除で遅れたにもかかわらず、広い部屋には一人しかいない。


「待ちくたびれたぞ。私が二年で部長の、汐氷霙だ。よろしく」


 行儀悪く三人用のテーブルに座っていたのは、校門で勧誘をしていた女性だった。

 黒ニーソックスと、折り目のついた短いスカートとの間の絶対領域がエロい。こっちがまだ思春期から脱しきれていない青少年としては、目のやり場にかなり困る。


「あっ、七海音流です。よろしくお願いします。で、他の人達は……?」

「部員は私と貴様の二人だけで、顧問は松田先生だ」

「え……? それって部として成り立つんですか?」


 確か運動系なら十人。文化系なら五人が必須条件だったはずだ。というか、汐氷霙先輩の勧誘に引っ掛かったのは、僕一人だけってこと?


「顧問がいるのだから何とかなるだろう」

「その顧問の先生って、確か担当科目は現国ですよね? 英検部には相応しくないと思うんですけど……?」

「それはそうだ。ここは映画研究部なのだからな」


 映画研究部だって? パンフレットの隅っこに一言、部員募集中とだけ書かれていたような気はする。


「英検部じゃないじゃないですか⁉」

「略して映研部だ!」


 その時、全てを悟った。


「だ、騙してたんですね!」

「貴様が勝手に勘違いしただけだ。私は何も言っていない」


 全くもってその通り。僕が早とちり、もとい何も考えて無かったせいで起きた不祥事だ。自業自得ではある。普通なら間違えない。


「そ、そんなぁ……」

「諦めるんだな。今さら部活を変えるような真似はさせんぞ」

「分かりましたよ」

「随分と物分りがいいな。何を企んでいる?」


 やけにあっさりと承諾したものだから、汐氷先輩に訝しがられている。


「別に何も企んでいませんよ。諦めただけです」

「潔いのか、バカなのか判断しづらいな。まぁいいか、映画研究部と言っても、何もやることは無いから安心しろ」

「そうなんですか?」

「もう貴様を騙す必要は無い。七海音流君?」


 腕を組んで、意味も無く偉そうに告げるのだった。


 かくして、僕は映画研究部に入部したわけだが、霙先輩の言う通り何も活動らしいことを行っていなかった。ただ部室でグダっていただけである。


 平日だろうが休日だろうが、何もしない。


 放課後になり部室へ行くと、決まって霙先輩は読書をしていた。分厚いハードカバーから、可愛い美少女が表紙のライトノベルまで。物語に限ってなら、幅広いジャンルを網羅しているらしい。まるで文学少女のようだが、ここは映画研究部だ。文芸部ならまだしも、やはりそれは活動の一環ではない。


 だからこそなのかもしれない。いつの間にか居心地が良くなってしまっていて、昼休みにはここで弁当を食べるほどだ。しかも霙先輩と一緒に。友達がいなく、クラスでも若干浮いている僕にとっては救いでもある。蓮美も僕のことを気にかけているのだが、僕のせいで彼女に迷惑をかけたくない。


 最初の頃こそ生真面目に勉強をしていた僕だったが、今では霙先輩に薦められた本を読むのが日課となっている。これがなかなかに面白いのだ。


 一学期の終業式が終わり、夏休みに入っても暇があれば部活に顔を出すようにしていた。霙先輩は家が近いからなのか普通にいた。夏休みでも相変わらず、青春とは程遠い時間の無駄使いである。


 誤解されないためにも言っておくと、一緒に弁当を食べるくらいの仲にはなったので、それなりに会話はする。それはそれで楽しく、ちょっとした思い出なのだが、ここで語る必要は無いだろう。なんでもない、些細でどうでもいいような内容だからだ。


 誰にも縛られず、気ままに過ごせるこの空間が、僕は大好きになっていた。


 だけどそんな怠惰なスクールライフは長く続かない。それは定められた宿命だった。短い夏休みが終わって二学期が始まった初日に、生徒会から映画研究部の無期限活動停止が言い渡されたのだ。


 僕は、いつかはこうなるんじゃないかって、心のどこかで予測していた。だからショックも浅くて済んだのだが、霙先輩はそうはいかなかったらしい。


 撥ねた黒髪を一つに束ねて、気合十分に言う。


 今から映画を撮るぞ、と。


× ×


 意気込んでいた先輩ではあったが、僕は初歩的なことから躓いているのに気づいていた。


 映画研究部の部室には、撮影するための機材が無かった。元より高価な物なので、部費で落ちるとも思っていない。


 映画研究部を設立するのに申請した書類の内容によると、映研部の主な活動目的は映画鑑賞であって、映画撮影ではない。映画の評論をレポートに纏めて生徒会に提出するだけで、正式な活動が認められているのだ。写真部なんか、撮ったスナップ写真を展示するだけでいいらしい。


 だからわざわざ自主制作の映画を撮影するなんて、面倒なことをする必要は無いのだが霙先輩曰く、


「映研部が映画を作ったっていいだろう、それにその方が面白そうだ」


 とのことである。

 行き当たりばったりの提案だったが、素直に従うしか僕に道は無かった。


 ここでもう一人の協力者について説明する必要がある。伊織蓮美についてだ。


 彼女とは腐れ縁であり、幼馴染でもある。だがそんなに思い出の良いものではない。少なくとも恋愛的な要素でいう萌えに限ってしまえば、皆無と言ってもいいほどに。


 何故かというと僕は子供の頃、彼女に苛められた経験があるからだ。精神的なトラウマではなく、肉体的な意味合いによる暴力によって。当時の彼女はいわゆるガキ大将という立場で、同世代の喧嘩では負け知らずだった。そして僕は毎日のように殴る蹴るなどの暴行を受けていたのだが、小学校高学年になったあたりでパッと苛めが無くなった。


 それにもちゃんとした理由があり、彼女が更生するきっかけもあったにはあったのだが、今の段階で語るべきエピソードでもないので省略する。


 大事なのは、僕と蓮美の仲がとても良くなったということだ。昔の好を利用することで、撮影するための機材を借りたのである。こんな言い方だと、まるで僕が彼女の良心を裏切ったみたいに解釈できてしまうが、人聞きの悪いことは言わないで欲しい。だって幼馴染が新聞部でなければ、この計画は実現しえないのだから。


 何故、彼女が新聞部に入ったかというと、出版社で働いている両親の仕事を手伝いたいからだそうだ。そこら辺の事情も察して、僕は新聞部への誘いを断ったのである。


 借り受ける際、蓮美はしつこく何に使うのか問い質してきたのだが、僕は情けないことと、心配をかけたくないという気持ちの両方で何も言いたくなかった。なんとか適当に流してこれでさよならバイバイかと思いきや、また蓮美の力を頼るはめになってしまう。僕と霙先輩では、カメラの使い方が分からなかった。


 僕は機械が苦手なのだ。


 霙先輩の意向で、蓮美は目出度くカメラマンになった。映画の脚本を書いているのは霙先輩であり、ただ単に役者不足なのと、二人ではカメラを回しながら役を演じ切るのは物理的に無理だという観点からして、役者にも抜擢された。


 僕個人としては、知り合いが映研部に巻き込まれるのを避けたかったがゆえに、カメラを固定して撮影すればいいのではないかと監督に進言した。最初は一人二役くらいなら覚悟していたほどである。だけど霙先輩曰く、


「私はJKを代表する身であるからして、ハメ撮りなどという卑劣な行為に屈してはならないのだっ!」


 とのこと。意味が分からなかった。それにJKは隠語ですよ。ついでに、無理矢理映研部に連れ込まれたくせに、蓮美が妙に嬉しそうだったのを付け加えておく。


 晴れて、映画研究部の撮影は開始された。しかし監督、脚本、演出をする霙先輩の主導の下で行われたため、やはり一筋縄ではなかった。


 まずは配役。霙先輩がシャック役で、僕がその幼馴染であるナナ役になった。長い髪をゴムで縛った先輩の格好がとても似合っていた。わざとしゃくれさせた顎のせいで、全てが台無しだったけど……。


 役作りのため霙先輩が男装、そして僕が必然的に女装するはめになる。僕は抵抗したが、蓮美のせいで演じる役が減ったこと、僕が霙先輩より背が低いことを理由に、上手く丸め込まれてしまったのだ。そんなもん、ラブコンみたいにすればいいじゃないかと思ったが、ドSであり、変人である霙先輩にそんな手は通用しない。泣く泣く蓮美にメイクをされ、セーラー服を着用したのだった。


 スカートを穿いた時、何か大切な物を失った気がした……。その上、天パとウィッグを合わせるのが難しいとか言われた……。抉られた傷口は大きい。


 次は道具である。大道具は学校にある演劇部の物を使うとして、問題は小道具であった。どうでもいい拘りを持つ霙先輩は、シャックの生理現象をよりリアルに再現するため、単身赴任でアダルトショップに乗り込み、バイブを入手してきた。スイッチを入れるとグネグネうねるように回転し、七色に光るという悪趣味な物だった。


 僕はドン引きした。


 それでも霙先輩は服の中でバイブを股の間に挟み、見事に演じ切ったのである。バイブを買ってくる必要は、当然ながら全く無い。


 序盤のシーンをさっさと撮り終えたのはいいのだが、早々に後始末に困った。持ち帰って欲しいと頼んでも霙先輩曰く、


「親にバレたらどうする!」


 との一点張りだった。一時のテンションに身を任せたのを、後悔しているらしい。男子高校生かあんたは?


 ちなみに、あの撮影に使ったあの家は正真正銘霙先輩の自宅である。部屋はお兄さんのものだ。面識は無いが、自分の妹があんな変態だったら軽く凹む。いや興奮する? どっちにしろ、見つかったら緊急家族会議が開かれるであろう。


 そんなわけで、バイブは今でも部室に飾ってある。時折蓮美がそれを光悦の表情を浮かべて見つめていたのを、僕は見なかったことにしたい。そして一刻も早く記憶から抹消したい。けれど万が一他の生徒に見られたら、バイブを保有していた映研部員が社会的な死を味わうことになるので、見かけたら一応ポニーテールを引っ張って止めることにした。


 次はナナが朝食を作っている場面。何でもないような日常の一コマでも、監督の指示によって、それは爆心地へと変貌する。


 霙先輩は、ドジっ娘はドジっ娘らしく目玉焼きを爆発させろと言ってきたのだ。妙な拘りを持つ人である。シャック役を演じる際も、わざとしゃくれさせている徹底ぶりであった。詳しく説明すると、顎を突き出しながら喋っているのだ。見た目は美人なのに、可哀想なくらい残念な人だ。イメージと現実とのギャップに泣けてくる。

話を戻そう。


 僕はどちらかというと、料理が得意な方だ。家庭科での調理実習で頼りにされる腕前だし、目玉焼きを焼くなんて文字通り朝飯前であり、焦がす方が難しい。しかもそれを爆発させろと仰る。僕は悩みに悩んだ挙句、蓮美に相談した。


 蓮美は霙先輩に、爆発は危険だから後でCGとかで編集しておく、などど嘘の口実をペラペラと喋りだし、僕に墨汁を手渡した。上手くやれよ、と。


 本番で僕は目玉焼きを焼いた瞬間に、墨汁をぶっかけたのである。霙先輩は男らしい食いっぷりで齧り付き、数時間後に救急車で運ばれた。三日は帰ってこなかった。シャックが腹を下すとこなんか、迫真の演技だったな。


 三日後に霙先輩が復活し、こっからが本格的な学校での撮影に入る。何故学年の違う僕達が同じ教室にいたのかというと、霙先輩のクラスメイトが快く承諾してくれたためである。寛容というか、適応能力の高い方々だと思った。教室シーンは顧問の松田先生に頼み、いつも通りの授業風景を演出してもらった。本当に、いつもあんな感じらしい。あんなというのは、遅刻者や怠惰な生徒に罰と称してされる、ジョジョ立ちのことである。クラス崩壊の紙一重だ。


 昼休みにお弁当を食べるシーンには蓮美の出番があるため、クラスメイトのみなさんが撮影を手伝ってくれた。とてもいい人達である。友達のいない僕には羨ましくもあった。何か裏がある感が否めないが……。いや、これは僕の捻くれた考えだ。忘れよう。女装中の写真を記念に撮られただけなのだ。きっとそうだ。


 シャックのトライアンドエラーは何事も無く進む予定だったのだが、シャックが人違いするシーンを思い出して欲しい。あれは事故だ。脚本に無かった。つまり霙先輩は素でナナ役に扮した僕と、知らない女子生徒を間違えたのである。霙先輩曰く、


「あれはとっさに思いついたアドリブだ!」


 とのことらしい。しかし間違えられた女の子は金髪であり、言い訳するには無理がある。僕は間違えられた女子生徒が映研部の映画に出るのは可哀想だと言ったのだが、蓮美が面白がったこともあり、それは映画に加えることとなった。女子生徒にとっては、とんだ災難である。


 シャックが女子の着替えている教室に突入したシーンは、犯人が男装女子だと後で説明したため、大事には至らなかった。


 しかしそれでも、机を投げ飛ばされた時には、流石の霙先輩も死ぬかと思ったらしい。撮影者は蓮美。僕は勿論、教室の外から見ていただけだ。女子の生着替えを堂々と盗撮したR指定ギリギリの映像である。下着とかまでは映ってないが、放送できるのかなコレ?


 最も問題であり、困難を極めたのはシャックが体育館を覗くシーンだ。霙先輩は自分の授業をサボり、僕のクラスの体育を利用した。これにはいっちー役の蓮美も登場する。そしてカメラを持って撮影しているのは僕だ。つまり僕は、覗きを共犯している立場にあり、霙先輩と一緒に体育教師の長澤に追いかけられた。


 霙先輩はスタミナの無い僕を庇い、長澤のコブラツイストを受け、僕はその隙に逃げることができた。「これは撮影です!」と必死に抗議していた先輩が、男装していて正体がバレないのをいいことに、長澤のコブラツイストから華麗に抜け出し、マットの無い地面で裏投げをかましたのには爽快だった。その勇姿は今でも脳裏に焼きついており、僕が女だったら惚れていると断言する。


 その後のラストシーンは、滞りなく進むことができた。最後の見せ場なのに、あっけないものである。拍子抜けしたと言ってもいいだろう。なぜかというと、霙先輩がいつになく真剣だったからだ。僕も呑まれる形で、しんみりしてしまった。ああ、やっと終わっちゃうのか、っていう寂しさのせいかもしれない。どうせまた撮り直しするハメになるのだったが……。


 何にせよ、これが初めての映画撮影の顛末である。全ての工程を一週間ちょいでやり遂げた激動の期間は、僕にとって忘れられない黒歴史になるだろう。死にたい。


 序章は終わり。さぁ、非日常の始まりだ。

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