恋の288!
笹熊美月
第1話 プロローグ
プロローグ
○1 シャックの家・玄関
洋風な家の広い玄関。幾つかの靴が並んで置かれてある。
ピンポーンと、インターホンの音が何回か鳴り、暫く経ってから
ドアノブがガチャリ、と回る。
開いた扉の隙間から、申し訳なさそうに顔を出して中を窺う女性(ナナ)。
ナ ナ「……お邪魔しまーす」
○2 シャックの部屋
ベッドで爆睡中のシャック。
階段を上がる音が聞こえ、ナナが部屋に入る。
寝ているシャックを起こすナナ。
ナ ナ「起きて、シャック……」
シャック「うるしぇなぁ……」
シャックの顎はしゃくれている。
ナ ナ「……早くしないと、学校に遅れちゃうよ?」
シャック「学校なんて面倒くしぇんだよ!」
布団を掴み抵抗するシャック。
ナ ナ「子供みたいなこと言わないで、いいから早く起きるの!」
力尽くで布団を引き剥がすナナ。
シャックの股間から膨らみがあるのに気づく。
ナ ナ「あっ……」
シャック「もう帰れよ!」
○3 キッチン
エプロンを着て料理しているナナ。
シャックが二階から降りてくる。
ナ ナ「もうちょっとで朝ご飯の支度ができるから……」
シャック「寝起きで食欲ねぇからいいよ!」
ナ ナ「だ、駄目だよ。朝ご飯はしっかり食べないと、
頭が上手く回らないんだよ?」
シャック「俺バカだからいいよ!」
ナ ナ「せっかく作ったのに……」
泣きそうになるナナ。
シャック「ウソウソウソ! 三度の飯より飯が好きっ!」
急いで椅子に座るシャック。
シャック「ってか、フライパンは?」
ナ ナ「あわわわわっ……」
コンロの火を消し、中身をシャックに見せる。
ナ ナ「目玉焼き、焦げちゃった……」
シャック「腹に入れば一緒だろ!」
フライパンを奪い取り、焦げた目玉焼きを貪り食うシャック。
ナ ナ「……ありがとぅ」
シャック「ん? 何か言ったか?」
ナ ナ「ううん、何でもない……」
○4 288号線
天候は快晴。
家の前の歩道で荷物のチェックをし合う二人。
ナ ナ「……忘れ物無い?」
シャック「うん」
ナ ナ「……ハンカチ、ティッシュは持った?」
シャック「ある」
ナ ナ「……携帯と財布は?」
シャック「持ってるよ」
ナ ナ「……ちゃんと顔洗って、歯磨いた?」
シャック「お前は俺の母ちゃんか!」
ナ ナ「ご、ごめん……」
俯いて歩き出すナナ。二、三歩で止まり、振り返る。
ナ ナ「……ガスの元栓、閉めたっけ?」
シャック「知らねぇよ!」
ナ ナ「……心配だから確認してくる」
ナナの両肩を掴んで引き止めるシャック。
シャック「大丈夫だって! 早く行かないと遅刻すんぞ!」
ナ ナ「うー」
シャック「おうっ! は、腹が……」
腹部を抑え、前屈みになるシャック。
ナ ナ「……どうしたの?」
シャック「ちょ、ト、トイレ行ってくる……」
ナ ナ「あんなもの食べるから……」
シャック「誰のせいだと……、はうっ!」
尻を抑え、ちょこちょこ歩きをするシャック。
○5 二年八組教室
担任の松田先生が朝のホームルームを始めようとする。喋り方がトロい。
松 田「はいー、それじゃ出欠とるぞぉ~」
ドアが勢いよく開かれる。
ナ ナ「間に合って良かったぁ……」
チャイムの音が鳴る。
シャック「危ねぇ~! ギリギリセーフ!」
ナナの後から教室に入ってくるシャック。
松 田「はぁん~、おいこらシャックぅ。お前は遅刻だぞ~」
シャック「なんで俺だけ⁉」
松 田「お前は七海より後から来ただろうがぁ、はぁん?」
ナ ナ「……ごめんね、シャック」
シャック「覚えてろよナナ……」
教室の後ろで一人、ジョジョ立ちをしながらムーンウォークをするシャック。
クラスメイトは無表情で、誰も見ていない。
松 田「はぁ? やり直せぇ~」
シャック「ちくしょーっ! やる意味が分かんねぇ!」
松 田「口答えするなぁ、はぁん?」
最終的にエメラルドスプラッシュのポーズで動かないシャック。
○6 同・教室
黒板で授業をしている松田先生。
シャック、窓際の席で後輩女子の体育を見ながらニヤニヤする。
シャック「年下いいわぁ……」
ナ ナ「……」
隣にいたナナが消しゴムを毟り、シャックの後頭部に投げつける。
シャック「(小さい声で)何しゅんだよ?」
ナ ナ「……先生の話に集中するの」
シャック「もう寝るからいいよ」
机に突っ伏すシャック。
ナ ナ「だ、駄目だよう……」
シャックの顎に消しゴムを投げ当てるナナ。
シャック「痛っ! やめろよ!」
松 田「おいそこシャックぅ~。うるせぇぞこら」
チョークを投げ、顎に当てる。
シャック「顎ばっか攻めんなよ!」
松 田「はぁんシャックぅ。教科書の続き読めぇ~」
シャック「マジかよ。うぉいナナ、何ページから?」
ナ ナ「……(目を合わせない)」
松 田「はぁ~早くしろぉ」
おろおろするシャックに、ナナが付箋の貼ってある教科書を無言で渡す。
シャック「サンキュ。アイウォントゥ、ハブアグットタイム、ジャスツ…」
松 田「おいおいおいおい、ちょっと待てシャックぅ~。今は現文だぞぉい」
シャック「え? あっ、ヤベ!」
クラスメイトからの笑い声。
松 田「はぁ? そんな意地悪されたら先生、他クラスの英語教師になっちゃうぞ」
静まり返る教室。
松 田「…………机の上に立ってろぉ~」
結局、机の上でキラークイーンのポーズをするシャック。
○7 同・教室(昼休み)
シャック「あー腹減ったナナ。飯くれ、飯!」
ナ ナ「……召し上がれ」
弁当の風呂敷の先をちょこんと摘みながら渡す。
机をくっ付けて二人で食べ始める。
集団で冷やかす男子。
男友1「ひゅーひゅー、熱いねぇ!」
シャック「バカ! そんなんじゃねぇよ! ナナとはただの幼馴染だって! な?」
シャック、ナナの顔を見て合意を得ようとする。
俯くナナ。
ナ ナ「……もういい(涙目)」
シャック「えっ、どうしゅたんだナナ!?」
離れて見守っていた伊織(いっちー)に非難されるシャック。
いっちー「あーあ、泣かしちゃったー」
シャック「うるしぇよ!」
白い目で睨む女子グループ。
いっちー「ナナ、そんな奴ほっといてさ、こっち来て一緒に食べよ」
ナ ナ「……そうする」
弁当を抱えて席を立つ。
シャック「(キムタク風に)おいちょ、待てよ!」
ナ ナ「シャックのバカ!」
シャック「はぁ? どうしぇ俺はバカだよ!」
○8 シャックのトライアンドエラー
教室。
移動教室の準備をしているナナに声をかけようとするシャック。
シャック「よう、ナナ。次の授業なんだっけ?」
ナ ナ「……」
無視して教室を出て行くナナ。
シャック「なんだよ……」
* *
廊下。
一人で歩いているナナ。
曲がり角でシャックが飛び出す。
シャック「よう、ナナ。理科室ってどこだっけ?」
すれ違いざまに、わざと肩をぶつけるナナ。
ナ ナ「あ、すみません」
シャック「なんで敬語⁉」
* *
渡り廊下。
ナナを待ち伏せようとするシャック。
シャック「よう、ナナ……」
人違い。
不思議な顔をする知らない女子。
シャック「お、おおーい!」
シャック、笑顔で手を挙げたまま気まずそうに走ってやり過ごす。
* *
階段。
上がってくるナナに会わせて登場するシャック。
シャック「よう、ナナ。奇遇だなぁ~」
ナ ナ「……」
黙々と階段を上るナナ。
シャックを通り過ぎ、見下ろした状態で舌打ちをする。
ナ ナ「……チッ」
シャック「えええぇ―――っ!!」
* *
理科準備室。
ナナが室内に入ると、既にいるシャック。
シャック「よう、ナナ」
ナ ナ「先生。私視力が低いので、前の席に移動してもいいですか?」
シャック「……どうすりゃあ、いいのよ」
○9 廊下
顎に手を当てて、廊下をウロウロするシャック。
シャック「うーん……」
そして何かを決意したかのような顔つきで教室のドアを開く。
シャック「ナナ! 話がある!」
体操服に着替えている女子。
女子一同「キャァァ―――――――――っ!!」
机を投げ込まれ、退散するシャック。
○10 体育館裏
体操をしているクラスの女子。
それを外から覗いているシャック。
いっちー「そんなにナナのことが気になるの?」
シャック、いきなり声をかけてきた女子にビビる。
シャック「なっ、んなわけねぇだろ!」
いっちー「バレバレなんだって。素直になりなよ」
シャック「……俺バカだからさぁ、なんでナナが怒ってんのか分かんねぇんだよ」
いっちー「それで気になって様子を見に来たの?」
シャック「ああ……」
いっちー「本当にバカだねー」
シャック「うるせぇな」
いっちー「そんなのアンタが悪いからに決まってるじゃん」
シャック「なんでだよ」
いっちー「それはアンタが見つけなきゃ駄目なんだよ」
シャック「いいから教えろよ」
いっちーに歩み寄るシャック。
いっちー「センセー! 覗き魔発見でーすっ!!」
突如現れるトライアスロン系の男性教諭。
シャック「マジかよ!」
脱兎の如く逃走するシャック。
男子がサッカーをしている校庭の中央で捕まり、コブラツイストを受ける。
○11 二年八組教室
帰りのホームルームで連絡事項をする松田先生。
松 田「はぁ~、気をつけて下校しろよぉ」
次々と椅子を上げ、机を運ぶ生徒達。
シャック、ナナを呼び止める。
シャック「なぁ、一緒に帰ろうぜ」
ナ ナ「……」
振り向きもしないナナ。鞄を持って教室を出て行こうとする。
シャック「掃除終わるまで待ってるからな!」
○12 288号線
放課後。夕陽が映える。
早歩きのナナを後ろから追うシャック。
シャック「歩くの速くない?」
ナ ナ「……」
シャック、ナナの前に躍り出て頭を下げる。
シャック「ごめん! 俺が悪かった!」
立ち止まるナナ。
シャック「俺なりにいろいろ考えたんだけど、謝るしか方法が浮かばなかった!」
ナ ナ「……もういいよ」
シャック「本当かっ⁉」
ナ ナ「私もつい、ムキになりすぎちゃった……」
シャック「許してくれんのっ⁉」
ナ ナ「あの、その、えっとね、つ、付き合ってくれたら、いいよ……?」
シャック「晩飯の買い物か?よし、それじゃあジャスコ行こうぜ、ジャスコ!」
シャック、ナナの手を取り、片方の手でジャスコの看板を指差す。
引っ張られるナナ。
ナ ナ「えっ! し、シャック? ああもう……」
夕焼けをバックに手を繋いで歩き出す二人。
END
× ×
暗く、蒸し暑い室内。
吊り下げ方のスクリーンに、無音でスタッフロールが流れる。真っ黒い背景の中で、白い名前が縦スクロールを開始した。
監督、脚本、演出、シャック役、汐氷霙。
ナナ役、七海音流。
撮影、音楽、いっちー役、伊織蓮美。
松田役、松田先生。
その他、エトセトラ。
主な出演者が四人しかいないので、数十秒で終わる。プロジェクターの光が消え、影の濃いスクリーンが寂しげに晒される。
黒いカーテンを開けても、外は夕暮れで十分な明かりを得られなかった。
誰かがスイッチを押したのか、天井の蛍光灯が一際眩しい。
部屋の中央では、パイプ椅子に座っている少女がいた。ポップコーン片手に、呆けている。紙コップに注いだコーラも、完全に炭酸が抜けている頃だろう。
その後ろには、先ほどまで青春していたシャックとナナが控えていた。二人とも甘い雰囲気は無く、緊迫とした面持ちで少女の出方を待っている。
椅子から立ち上がり、こちらに振り向いた少女が堂々と一言。
「これはないっ!」
「なんでだよクソがああああぁぁ――っ!」
シャック役の汐氷霙(しおすが みぞれ)先輩が、狂ったように激怒した。自前の長い黒髪をうなじ辺りで縛ったゴムを思い切り引き千切る。
「よくこんなベッタベタでグッタグタな上に、素人丸出しの動画を恥ずかしげもなくアップできるわねっ! こんな駄作を忙しい放課後に観されられたら、誰だって冷ややかな中傷の一つでもしたくなるわよ!」
少女の名前は姿理宇(すがた りう)。この学園の生徒会長だ。ミニマムな体型と、つぶらな瞳が可愛いと人気である。だが今はそのチャームポイントである双眸が、これ以上ないくらい吊り上っていた。
「しかし中傷されようが、これを一学期の活動記録として提出させてもらうぞ!」
「ふざけないで! これを映画研究部の活動内容として認めるわけにはいかないわ!」
「映画研究部だからこそ、映画を撮影したのだ! 文句あっか⁉」
会長の方が一つ年上なのに、霙先輩は敬うことなく口論する。
「文句ありありよっ! 映画研究部は映画評論をして、レポートを書いて提出すればいいだけなのに、なんでこんな回りくどいことをするの!」
「斬新な発想だろう!」
「実行に移さないでっ! この狂った映像を、本気で全校生徒に発表する気? 暴動が起こるわよ!」
「生徒会の出番だな!」
「むっきゃぁぁぁ―――――――っ!!」
あ、壊れた。
辺り構わずポップコーンを投げつけてくる。霙先輩はそれを口でキャッチして食っていた。なんて逞しい人なんだ……。
「落ち着いて下さい会長。彼女の言い分にも一理あります」
背の高い眼鏡の男子生徒が、すかさず会長を宥める。
「何、裏切るの副会長⁉ 生徒会選挙の前に解雇してやるわ!」
「お願いですから、職権乱用だけは止めて下さい。俺はただ、そこまで厳しく取り締まる必要はないと思うだけです」
「それじゃ駄目なのよ」
「何故ですか?」
「文化祭は次の代が主役だし、今度の生徒総会が会長として最後になる仕事なの。妥協は許されないわ」
確かに責任重大である。幼い容姿に合わず、しっかり役目を終えようとする生徒会長。僕は少なからず驚き、そして感心した。
それを理解した上で、副会長は説得してくれる。
「しかし生徒の要望を拒絶し、圧迫させるようでは本末転倒ですよ?」
「うっ! わ、分かったわよ。しょうがないわね……」
「流石は生徒会長様!」
正しくは、第一に生徒の要望を叶えようとする副会長の真摯な態度に心打たれたのだろうが、あたかも会長を賛美する霙先輩。媚び諂うべき相手をよく理解してらっしゃる。
「ただし条件があるわ!」
「えー……」
あからさまに分かりやすく、非常にガッカリしている。
「映画を撮り直すこと!」
「「ええええぇぇぇぇ―――――――っ!!」」
今度は僕もハモって先輩と絶叫した。
「そして私が主役よ!」
「すみません失礼しました。内容は後日連絡します」
調子に乗りすぎた会長が、副会長に首根っこ掴まれて連行される。会長はまだ何か喚いていたが、徐々に声も小さくなっていった。
それと入れ違いに、一人の少女が視聴覚室に入ってきた。青みがかった長い黒髪ストレートを、正統派ポニーテールで纏めた活発そうな女の子。
「ねぇ、結果はどうだったの?」
いっちー役の伊織蓮美(いおり はすみ)が、開口一番にそう訊いてくる。
「駄目だったよ……」
ご期待に副えなかったので、僕はいかにも残念そうに告げた。
「えーっ! あんなに苦労したのに……」
シャギーを入れた前髪を、ヘアピンで七三分けにした可愛い少女が肩を落とす。すると縛ってもなお背中にまで伸びるふわふわの黒髪が、彼女の素顔を隠してしまった。
「まだ廃部になると決まったわけではない」
艶のある、纏まった漆黒の黒髪を振り撒きながら、霙先輩が言った。
「本当ですか?」
「嘘を吐いてどうする」
「それもそうですね。だったら何がいけなかったんですか?」
脚本、演出、監督を一任した霙先輩の名誉のため、僕が代わりに答える。
「内容がアレだったから、撮り直しだってさ……」
「面倒くさ……。映画を撮るのに一体、あたしがどれだけ尽くしたと思ってるのよ!」
そうなのだ。彼女は映画研究部ではなく新聞部であり、撮影するにあたってインタビュー用の機材を、幼馴染のよしみで貸してもらったのである。しかも出演と、動画の編集までしてくれた、数少ない有力な協力者であった。
「とりあえず今日は解散だ。明日になれば生徒会からの指示が出るだろう。また頼むぞ、いっちー、ナナ」
わざと映画の中の役名で呼び、僕達の頭を撫でて男らしく去って行った。
二人取り残されて気づく。部屋の片付けサボりやがった。
僕は頭のリボンを取り、地毛と同色のウィッグを外す。茶髪に、癖の強い天然パーマが露になった。僕こと七海音流(ななうみ おとる)は、どうしてこんなことになったのだろうかと、遠い記憶の中を遡る。
始まりは四月のことだった……。
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