サンタ・クローキダの奇跡・2

 絶叫とともに俺が目を覚ましたのは、見慣れた狭い寝室だった。窓の外は雪化粧で真っ白に染まっていた。

 起き上がって真っ先に確認したのは、自分の格好と頭に取り付けられた角だ。どちらも俺の身体を支配していないし、そもそも俺は寝巻に使ってるお古のワイシャツとスラックス姿だ。

『おう羽村ぁ……夜中にギャーギャーうるせぇぞぉ。オイラはデリーケイトなんだから静かに寝かせてくれよぉ』

 寝惚けた声で、ぽんすけが俺に抗議してきた。意識が冷静になってきてようやく事の顛末を理解した俺は、思わず顔を覆った。

「いや、わかるじゃん夢だって。なんで俺、あんな夢と真面目に付き合っちゃったんだ」

 最悪の寝起きに目眩がしたが、今日は清子くんがお菓子をお裾分けに来る日なので、いつまでもぼーっとしてはいられない。

 寝巻き代わりのお古から、新しいスーツに着替えてから、俺は年内最後となるゴミの処理にかかることにした。



 料理の鍛錬を始めてから、ゴミ処理は忘れてはいけない日課へと昇華した。前は菓子パンの空いたゴミが溢れたら捨ててただけだし。

 ゴミ袋を片手に廊下へ出て、俺はふと踊り場で立ち止まる。いつもの展開なら、背後にある三階の階段から声をかけられて、驚いて転げ落ちるか、物が降ってきて階段を踏み外すのがパターンだ。しかし勘のいい俺はそれらを全て読んで、勢いよく振り返った。

 黒木田さんの気配はない、とりあえず不幸を投げつけられることはないと安心して、俺は下りの階段へ振り返す。

「羽村さーん、メリークリスマース」

「わぼぉぉぉ!」

 目の前で紙袋を持って立っていた黒木田さんに、俺は酷く驚いてそれを避けようと身を捻る。頼れるものは何もなく、哀れ俺は階段の一番下まで転げ落ちた。

 慌てて駆けつける彼女を制止しつつ、俺はクッションになって散らばったゴミ達を見やる。ああ、ほとんど怪我がないのはいいけど面倒くさい。

「クリスマスの朝だっていうのに、誰だ騒いでるのは。ってあーっ! この家賃滞納者! こんなめでたい日にゴミを散らかして何が楽しいんだ貴様ぁ!」

 物音を聞いてやってきた冷蔵庫くんは、俺に事情を聞かずまくし立てた。言い訳するのも面倒で呆けていたら、奴は散々俺に文句を言ってから、大家が暮らす一階の部屋に戻っていった。

「後で私も片付けますからねー」

「いえいえ結構、これはうちのゴミだから」

 もっと変なことになる前に俺はきっぱりと断った。黒木田さんはがっかりして俯いた。が、すぐに気を取り直して、紙袋の中を漁って缶コーヒーを取り出してきた。

「実はー、検証で缶コーヒー半年分が当たっちゃったんですよー。なのでお裾分けをしているんですー。私は自分で淹れる方が好きなんでー」

 と、黒木田さんは加糖と無糖の二種類を取り出してきた。迷うことなく無糖を選んだ俺は、ひとまずポケットに仕舞うことにする。どうせ空けたら大噴火を起こすだけだろう。

「ふぅー、しかし疲れましたねー。たまには飲んでみるのもいいかもしれませんねー」

「ああ、コーヒー飲むなら自分の家の方があったか」

 嫌な予感がして引き止めた俺だったが、もう遅い。

 何か躓いた黒木田さんが、コーヒーの口をこちらに向けながら、転んだ勢いとともに缶を飲み口を開いた。

 この寒空からビルの中に吹き込んでくる風は、コーヒーの風味を身に纏った俺にはかなりキツイものとなった。




 ******




 ハゲタカが目を覚ますと同時に、肩の辺りに激痛が走った。

 何事か頭を整理する。確か敵弾に当たってしまい受け、不利を打開するために人に見つかりにくい部屋へ逃げ込んだ真っ最中だった。

 息を殺して隠れているうちに、意識を失ったらしい。こんな程度で気を失うなど、まだ鍛錬が足りないなとハゲタカは歯噛みする。

 一度外の様子を確認しようと、手をついて立ち上がろうとする。と、手に何かが当たったのを感じた。

 爆弾かと思わず身を引いたが、よく見るとそれは缶コーヒーらしいラベルを付けたスチール缶だった。しかし倒れたコーヒーは乾いた音ではなく、鈍い音を立てた。

 どうやら中身が入っているらしいとそれを掴むと、何故かそれには温もりがあった。

「日本のコーヒーラベル? なんでこんなところに」

 得体の知れないものは飲めないと、ハゲタカはそれを脇にどけようとした。が、何故か捨てる気にはなれなかった。

 流血と激痛で疲れているのか、こんな時に何かで喉を潤したくなった。コーヒーで水分補給まどできないが、今は背に腹は代えられない。

 コーヒーを開けると少しだけ中身が飛び出たが、気にせず飲み干した。これで毒が入っていたら、自分の命運もここまでだろうと半ばヤケになっていた。

 しかし、それを飲んだ途端、気の所為だろうが肩の痛みが和らいできた。弾は貫通しているようだから、銃創が彼の身体をじんわりと蝕んでいたのだが、まるで嘘のようだ。

「これで缶コーヒー……日本は相変わらずこういう保存食みたいなものの味に凝るな」

 つい苦笑いが漏れた。すると、耳に聞き慣れた仲間の声がしてきた。

「おいハゲタカちゃん、無事か? すごい音がしてたんだけど?」

「心配ない、と言いたいが、今はビルに追い詰められてる。時間をかければ死ぬのは俺だ」

「わかった、すぐに行くからせいぜい死なないように動き回ってな」

 ハヤブサのウインクが透けて見えるような一言を耳にしながら、ハゲタカは息を吐く。

 しかし自然と気持ちは落ち着いている。仲間達が自分の援護に間に合うかは未知数だが、コーヒーのおかげか意識まで消えていたさっきとは違い、考えがどんどんまとまってくる。

「クリスマスプレゼントにしちゃケチ臭いが、今の俺には丁度いい」

 今日がクリスマスであることを思い出しながら、ハゲタカは両の足で立ち上がる。

 座して死を待ってやる理由はない。長大なスナイパーライフルを置いたハゲタカは、拳銃片手にゆっくりと部屋を出て、敵を探しにいった……。

 

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