菜々里ちゃんと夢のサンタ

 コタツに入りながら、菜々里ななりは頬を膨らませて突っ伏していた。無造作に転がるみかんを指で弾いていると、あの憎たらしい顔が思い浮かぶ。

「サンタなんか本当はいないんだぜ? パパやママが本当はプレゼントを買ってきてるんだって。信じてるのは子供だけ!」

 同級生の男子が、面白がってそうクラス内で触れ回っていた。スマートフォンを持っていた彼は、サンタがいないという事実をネットで知ったらしい。

 ネットなんてくだらねぇ、と菜々里が口を出すと「信じてるのかよ」と、からかわれた。勿論居るに決まっていると返すと、彼の情報を信じた周りの男子まで小馬鹿にし始めたため、ついに喧嘩になってしまった。

 担任が止めに入ったため大きな騒ぎにこそならなかったが、その日の菜々里は、ずっと憂鬱だった。

 帰ってから、父親代わりである兜一とういちに、今日のことを話した。そして、サンタさんはいないのかと聞くと、兜一は鼻で笑った。

「信じねぇ奴のところに、サンタは来ねぇ。お前ぇはどうなんだ?」

 勿論信じていると必死にアピールすると、兜一は「ならいいじゃねぇか」とだけ返して、外出してしまった。

 なんとなくごまかされたような気がする、と思った菜々里は、コタツの中でもやもやした気持ちを、みかんにずっとぶつけていた。ひとしきり弄んだ後、そのみかんを平らげた頃には、もう夜になっていた。

「とっつぁん、遅ぇなぁ」

 いつもならこれくらいの時間には、食事の用意を始めているのに、今は帰ってくる気配がない。こういう時、スマホがあればすぐに連絡が取れるのに、と前なら思っていたが、今は恨めしい。

 いよいよ寝入りそうになった頃、事務所の引き戸が開いたことに気づいた。腹を空かしていることを伝えにいこうとコタツから出た菜々里を待っていたのは、驚きの光景だった。

「おう、そこでサンタに会ったから連れてきたぞ」

「ほ……ほっほっほ、ワシがサンタじゃぞー」

 大きな袋を持った赤い服の男が、玄関に立っていた。白い髭、青い目、大きな縁のメガネ。

 兜一と並ぶと小さく見えたせいかイメージとは少し違ったが、目の前にいるのは紛れもなくサンタだった。

「お……おおおおっ! サンタのじっちゃんだ! 初めて見た!」

「ほ、本当ならワシは、人前に姿を見せることはできないからのう」

 菜々里はあまりのテンションに、その場で無意味に足踏みしてしまう。興奮を抑えるためにはそうしないと発散できなかったからだ。

 サンタはその勢いに押されてやや引き気味にも見えるが、菜々里にはまったく見えていない、というより気づく余裕もなかった。

「なあなあ、どうやって一日で世界中の子供にプレゼント配ってんだ?」

「お前ぇ言葉遣いはどうした? ぶっ飛んでんぞ」

 兜一のツッコミも耳に入っておらず、菜々里はサンタのことを輝いた目で見つめている。

「えーっとそれは……サンタは世界にたくさんいるからじゃよ」

「サンタって一人じゃねぇのか!」

「そこはほら、そうでもないと、君とこうして話せないだろう?」

「……確かに!」

 簡単に納得した菜々里に、サンタがホッと胸を撫で下ろす。しかし、それからも菜々里の質問は機関銃のように続いた。

 どこに住んでいるのか、どうやってここまで来たのか、トナカイはどこにいるのか。

 気圧されながらもサンタは答えていたが、流石にしんどくなってきたのか、顔に汗が滲み始めていた。それを見かねて、兜一が止めに入る。

「なあ、そろそろ時間じゃねぇか?」

 と、脇を突かれたサンタは、腕をまくって時計を見てから

「おお、そ、そうです……じゃのう。これから僕……ワシはプレゼントを届けにいかねばならんのじゃ」

「あ、そういやボクのプレゼントは?」

「慌てなくても、後でちゃんと枕元に置いておくから待っておるのじゃ」

「なあなあ、何くれるんだ? スマホか!」

「それは無理じゃけども……もっと喜べるものが入っていると思うぞい。ほっほっほっ」

 と言いながら、サンタは既に玄関から出ようと足を向けていた。まだ話足りない菜々里が後を追おうとするので、兜一は首根っこを掴んで止めた。

「サンタの爺さんは忙しいって言ってんだろ」

「でもよぉ、ボクは明日、みんなにサンタのこと一杯話さなきゃいけねんだ! そんでアイツラ見返してやるんだ!」

 必死な菜々里を見て後ろ髪を引かれるような顔をしたが、サンタは意を決して出ていってしまった。早く追いたい菜々里は、兜一に吊り下げられながら大暴れした。

「だから言ってんだろ、菜々里」

「何をだよ、とっつぁん!」

「サンタってのは信じる奴のところしかこねぇんだ」

「でも、ボクは悔しいんだ!」

 なおも抗弁する菜々里を見て諦めたか、兜一はゆっくりと床に下ろした。そして、深く息を吐きながら、手癖のように懐から煙草を取り出した。

「信じねぇ奴に、サンタは二度と夢をくれねぇもんだ。胸糞悪ぃ奴の夢の面倒まで、見てやる義理はねぇよ」

 それでも納得のいかない様子だった菜々里は、外へと飛び出した。サンタを追って、本当はどうなのかを聞こうと思ったからだ。

 しかし、玄関を出た頃には、家の前には誰もいなかった。空を見上げたが、空を飛ぶトナカイの姿も気配もない。サンタはもう、飛び去ってしまったのだ。

 呆然とする菜々里の肩に、兜一の大きな手が乗った。

「ほれ、さっさと寝ねぇと、お前もサンタのプレゼントもらえなくなっちまうぞ」

「わかったよ! 寝りゃいいんだろ寝りゃ!」

「言葉遣いもまともにしねぇとな」

「サンタのじっちゃんはボクのこと叱らなかったぞ!」

「あー、叱って貰うんだったな……」

 うっかりしていた、というポーズを取った兜一の足を、菜々里は遠慮なく蹴りまくった。が、大木のような足はビクともせず、サンタを信じる無垢な少女は、そのまま家の中へと連行されていってしまった。




 菜々里が暴れ疲れて寝静まった後、兜一は外に出て煙草をまた出しながら、形態で電話をかけた。

「おう、俺だ。悪かったな兄ちゃん。とりあえず信じたみてぇだからよ。今度美味い酒でも奢ってやる。……ああ? 俺は二階に居る三年寝太郎と違って、サンタ様くらい太っ腹なんだぜ?」

 とニタニタ笑いながら、兜一はすっかり暗くなった空を見上げた。

 雲のかかった空の上で、今頃本当のサンタがあちこち駆け回っているのだろうな、と思いを馳せながら。

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