『黒木田さん!』シリーズ

序・黒木田さんを解明せよ!

 黒木田くろきださき、女性、年齢は恐らく二六歳。

 ラッカルトビルの三階で小さな占い喫茶を自称する軽食店を経営。

 …………。

「それ以外のこと、ほとんどわかんないじゃん!」

 椿つばき伊智子いちこは突然頭を掻き毟り、隣に座る友人の清子きよこはぎょっとして身を引いた。テーブルの上には僅か二行の端的な情報だけ記されたメモ帳が広げてある。

「一応お伝えさせて頂きますがね、うち探偵事務所じゃないから」

 この部屋の主である男性、羽村はむらが釘を刺した。何故か自分の仕事場を休憩所代わりに使われて困った顔をしているが、今日とて彼の本業は暇なままだ。

 だからこそ、ここでアルバイトをする清子のことを冷やかしに来た伊智子が居座っても、今の所問題はまったくない。

「ねえきよちー、本当にこれ以外わかんないの?」

「う、うん。黒木田さんとはよくお話するけど、そういえば普段どうしてるかはあんまり知らないかな……」

 苦笑いして頬を掻く清子に伊智子はさらに食らい付くが、無い袖は振れない。

 すると、同じラッカルトビルの二階に事務所を構え、私生活でも何かと接触する機会のある羽村に視線が向く。だが、羽村は事務机に頭を伏せて知らぬ存ぜぬの体勢になる。

「ちょっと羽村の旦那、アンタがまずは最大の情報源なのに、なんで寝たフリするんっすか」

「知ってるでしょ、俺が黒木田さんに絡むとロクな目に合わないのを。あの人そもそも行動するタイミングが一定じゃないから、いつ出てくるかわからなくて怖いんだよ」

 身震いまでする羽村を見て、強引な性格の伊智子も追求を諦めた。しかし、ここまで来て謎を謎のままとするのも好奇心の塊である彼女は納得しない。

「頼りにならないオジサンは用済みだ、きよちー助手。これより、下階の眼鏡小僧とコンタクトを取る」

「ちょっと待って伊智子ちゃん。礼蔵れいぞうさんは忙しいと思うんだけど……」

「思い立ったが吉日、このままよくわからない人のまんまなのもあれだし、いざ行こう!」

 と、アルバイト中であるはずの清子の手を引いて、伊智子は羽村の事務所を飛び出してしまった。




 取り残された雇い主は仕事放棄に怒るどころか、自然とオジサン呼ばわりされたことと、下の小僧よりも自分が暇であると部下に言われたショックで灰になりかけていた。

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