ぽんすけくんのハロウィンドリーム

 ぽんすけは、薄暗い森の中に立っていました。

 家主なしでたった一匹だけの外出はとても珍しいことです。自分では勇敢だと言っていますが、本当はとても臆病だからです。

 ここまで来た理由を、ぽんすけはすっかり忘れていました。そういえば寝る前に家主と不思議なお祭りの話をしていた記憶がありますが。

 ハムスターのぽんすけに、お祭りのことはさっぱりわかりません。人間が集まって、何か企んでいるというようなことは聞いた気がします。

「まさかよぉ、羽村はむらとはぐれちまったのかぁ? おぉい羽村ぁー!」

 ぽんすけは、自分の世話を焼いてくれる家主の人間、羽村の名前を呼んでみました。駄目で元々とばかりに叫んで見ましたが、やっぱり誰にも届いてはいませんでした。

 困ったことに、ぽんすけは帰り道がわかりません。ハムスターの彼は身体が小さいので、一度迷ってしまうとお家に帰るだけでも大冒険なのです。

 どうしようかなと頭を捻っていると、遠くの方から何かが飛んできました。カラスだったらすぐに逃げようとぽんすけは身構えましたが、よく見ると羽の音がしませんでした。匂いを嗅いでみると、少しだけ甘い匂いがしました。

 降りてきた甘い何かは、ギザギザに目鼻をくり抜いたカボチャを被ったハムスターでした。

「トリ食うのはトリくん!」

 いきなり謎の挨拶をされてぽんすけは困惑しましたが、羽村が言っていたことを思い出して、頷きました。

「あぁ、そいつは確か人間の祭りの挨拶だっけなぁ。トリ食ったらトリ飛んだ、だっけかぁ」

 まったく噛み合っていない二匹でしたが、カボチャ頭のハムスターは特に気にしていません。きっと今ので正しいのだろうとぽんすけも満足顔です。

 カボチャ頭のハムスターは、初対面なのに馴れ馴れしくぽんすけに話しかけてきました。

「オカシイをくれないとイタイぞ!」

「おかしいだぁ? うーんとなぁ、おかしい奴ならどっか行っちまったぜぇ」

 真っ先に思い出したのは家主の顔でした。何故かあの人間は、動物と言葉を交わすことができるのです。あの羽村という人間は、ぽんすけの中では一番おかしな奴でした。

 それを聞いたカボチャ頭のハムスターは、頭から湯気を出しながら怒ります。

「何だと、じゃあイタイぞ!」

 そう言われてもなぁ、とぽんすけは後ろ足で背中を掻きました。居ないものは居ないのだから仕方がないのです。むしろ同じハムスターなら、できないことくらいわかって欲しいとすら、ぽんすけは思いました。

 ですが、相手はまったく落ち着いてくれません。何度も「イタイぞ!」と脅してきますが、相手も同じハムスターなので、別に怖くもなんともありませんでした。

 ついには寝転がってしまったぽんすけに、とうとう相手も堪忍袋の緒が切れたようです。突然二本足で立ち上がると、天高く前足を掲げました。

「これよりお前に、猫の海はコワイ、の刑罰を与える!」

 そうカボチャ頭のハムスターが唱えると、突然ぽんすけの寝ていた地面が割れました。悲鳴をあげながら落ちていくと、細い蔦のようなものを見つけて、ぽんすけは必死に捕まりました。

「ああああああああぁっ! 嫌だぁぁぁぁぁ!」

 下を見てぽんすけは思わず絶叫してしまいました。

 三毛猫、黒猫、虎猫、ブチ柄の猫、その他たぶん外国から着た猫と、猫の海がひしめいていたのです。

 ぽんすけに気づいたらしい猫達は、一斉に前足を伸ばしてきました。その度にぽんすけは悲痛な声をあげます。

「落ちたらイタイぞ! オカシイのをよこせ!」

「羽村ぁぁぁぁ! 助けろぉぉぉぉ!」

 もうぽんすけは、カボチャ頭の話なんて聞いていませんでした。頭の中は自分が猫に丸呑みされる光景しか浮かんできません。

「落ちたらイタイぞ! オカシイのをよこせ!」

 同じ言葉を繰り返しながら、カボチャ頭はとうとう蔦の上に乗りました。しかも、蔦の上で地団駄を踏んでくるではありませんか。

 ぽんすけは、ただでさえ細いのにしがみ付くのが苦手でした。揺れればあっという間に後ろ足が落ちました。

「た、助けてくれぇぇぇぇ!」

 そんな悲鳴も虚しく、とうとうぽんすけの前足が蔦を離してしまいました。

 世界のどこまでも続くような大絶叫をあげながら、ぽんすけは猫の海にダイブしました。




「うおぉぉぉぉ! 猫に食われるぅぅぅぅ!」

 という悲鳴をあげると、どこからか鈍い音が聞こえてきました。ぽんすけが気づくと、そこは自分が住んでいる家でした。

 人間がハムスターの安全のために作ったという頑丈な家の中に戻れたことに、ぽんすけはとてもホッとしました。どうやら今までのことは夢だったようです。

 そういえばお腹が空いてきました。外を見れば太陽がそろそろ顔を出しています。

「おい羽村ぁ、飯をくれぇ」

 呑気に声をあげるぽんすけでしたが、返事はありません。どうしたのかと外を見ようとすると、見覚えのある人間の顔がゆっくりと登ってきました。

 いつもと違って、顔面には何故か丸い模様ができていました。鼻から何かが垂れているのも見えます。

「なんだよぉ、いるじゃねぇか羽村ぁ、早く飯ぃ」

 家主は何かをブツブツ言いながら、いつものようにぽんすけのための御飯を用意してくれました。いつもと違って投げ入れるような感じでしたが。

「そういやよぉ、今日はなんか祭りなんだっけかぁ。確か、トリが組んだらトリだろぉ!」

『は? ああ……ハッピーハロウィン。だからもう、寝かせて』

 挨拶の後に切実な願いが聞こえてきて、ぽんすけは「しょうがねぇなぁ」と、食べることに専念しました。

 やっぱり、食べられるよりも食べるほうがずっと幸せです。

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