第8話異世界転移系主人公ども。お前ら正直恵まれ過ぎだろ




 ───ッタ─────




 身体がやけに揺れてるのを感じる。……なんだ? 俺は確か…………あれ? 何していたんだっけ




───タ、ゴッ───




 意識は覚醒しているようなのに、まるで身体が動かない。まるで水に流されるように……と思った所で、記憶が蘇る。

 そうだ。確か俺は、あのブレスに巻き込まれて川の中に理不尽ダイブを強制されたんだった。そこからは溺れないように、そして余計に体力を消耗しないように息継ぎをしつつ河に身を委ねて流されていたんだった。



 記憶が途切れたのは……ああ、うん。前方不注意でむき出しの岩にヘッドバット食らわせた辺りだったか。……うん。十中八九それで気絶したんだな。我ながら情けないというか何というか……。



 はて、じゃあここはどこだろうか? 感覚神経から伝えられる情報から推測するに、水面を漂っているわけではなさそうだ。

 どうやら硬いナニかの上に寝させられているように感じ───




 ──────ガタゴンッッ!!!




「ぐぉあっ!?」




 真っ暗闇の中を永遠と潜水している気分の中、いきなり後頭部をバットで殴られたような感覚が俺を襲った。

 常人なら痛みの所為で悶絶するか、もう一回気絶させられるようなヤバめの衝撃だったのだが、しかし侮ることなかれ。俺はこれでも何度も伯母さんの拳骨を頭に食らい続けていたのだ。ジャブだけでブロック塀が粉々に砕け散り、踏み込み一つでコンクリートにクレーターを創り出す人外領域に片脚突っ込んでいるあの伯母さんの鉄拳制裁を十年近く食らい続けてきた俺の身体は、もはやこの程度の衝撃にはビクともしなくなったのだ。

 ……あれ、これって荒手の人体改造……?




「………知らない天井だ」




 起き抜け一番にお約束のネタを披露しつつ状況確認。

 背中に何度も打ち付ける硬い板───鉄板か?───の所為で目を覚ました俺が先ず目に入ったのは、薄暗い簡素な天井だ。日本なんかじゃまずお目にかかれないような、頑丈さだけが取り柄の厚い布で覆われた天井だ。

 そしてガッタガッタとさっきから揺れている当たり、ここは馬車か何かだろうか?

 あ、よく見れば周りに結構人がいるじゃねーか。

 ……よし、近くのダンディなオジサンに話しかけてみよう。もしもーし?




「なんだ、目が覚めたのかよ。あの状態なら死ぬんじゃねぇかって思ってたが」


「生憎と身体は頑丈でねぇ。ちょっとやそっとじゃ死なねぇんだなこれが」


「ほ、そいつはいいな。………………いや、これから先を考えたらよくねぇのか」




 後半、なにやら不穏なことを言っている気がしなくもないがここはスルーしようか。俺の本能がそうしようと語りかけてくる。うん。これは従った方が得策なやつだ。




「俺はどうやってここに来たんだ?」


「ああ、途中で拾われたらしいぞ。担ぎ込まれた時は全身ずぶ濡れだったし、川で溺れてでもいたのか?」


「………いや何。やむにやまれぬ事情、ってやつさ」




 ふっ、と決め顔でそう言って、内容を思いっ切りはぐらかす。

 「エルフの森にいました~」とか「『災厄の獣』に追われてました~」とか言っても、余計なパニックになるだけだろう。こういう異世界でお約束なのは、異種族の国にいたなんてバレたら十中八九面倒事に巻き込まれるということ。特に見目麗しいエルフなんかは、人間と争いとか起きていそうだし、下手に誰かに言うわけにはいかない。絶っ対ぜって―どっかのお偉いさんが来て、屋敷に連れ込んで知ってること全部吐かされるまで尋問が続く。

 情報っていうのは、発信しなければ相手には伝わらない。爺さん曰く、余計ないざこざに巻き込まれるのが嫌なら黙っているというのが得策なのだ。




「なるほど。黒狼の衝撃波に巻き込まれてあの河まで吹き飛んだのか。それはご愁傷様だな」


「今のでどうやってそれがわかったのか俺すっごい気になるなぁ!?」




 なんて思ってた俺の思惑は、その次の瞬間に瓦解した。伝えなければ大丈夫とか考えてた俺がバカみたいじゃねぇか……!

 え、なに? 心を読むとか二次元だけの話じゃないの? ファンタジーなら標準装備なの?

 ナニソレ、ファンタジーチョーコワイ………。




「しっかしお前、ホント元気だよな。こんな状況で・・・・・・


「ハッ! 何を言うかと思えば…………こんな状況だからこそ・・・・・・・・・・、だろ?」




 お茶らけた雰囲気が霧散し、それに伴い俺らの周囲を取り囲んでいた陽気な雰囲気も霧散する。

 ちらりと、目の前のオッサンの向こう側に目をやれば、ちょっとやそっとじゃビクともしないような鉄格子・・・がガッチリと嵌めこまれているのが嫌でも目に付く。

 周りの見渡す限りの人間……ケモ耳やら尻尾やらが生えている亜人なんて種族も含めて、どいつもこいつも生気の籠った目をしていない。薄汚れた貫頭衣から覗く肌には垢がこびり付き、瘦せこけて、絶望して未来も過去もブラック一色で染まっていそうな顔をした人間ばかりがいる。

 おまけにそいつらの首や手首、足首といった部分には漏れなく金属製の鈍重な枷が嵌められており──────それは俺や目の前のオッサンに対しても言えることだ。




「なぁオッサン」


「あぁ、なんだ?」




 呼びかければ、胡乱気ながらもちゃんとした返事が返ってくる。これから先のことを、何を聞かれるのかも、目の前のオッサンは雰囲気で察することができたのだろう。

 だから満を持して、目一杯肺に空気を送り込んで、俺はオッサンに問いを投げた。




「この馬車は、一体何を運んでいるんだ?」


「ハッ! 知れたことよ──────











『奴隷』だよ、坊主。ここにいる連中は皆、奴隷として売り払われる商品でしかない。むろん、お前も含めて、な」


「……あぁ、だろうと思ったよ」




 もはやその答えは、わかりきっていることの確認でしかなかった。自然と、乾いた笑みが零れてくる。











拝啓 異世界転移してヒャッハー! しているチート主人公ども



 お前らは神とやらに与えられた幸運で手にした金で、今頃虐げられた幼気いたいけな美女・美少女の奴隷を買い、優しさで甘やかしてハーレムを夢見ていることだろう。奴隷なんていうものは、地球ではほぼ会うことはない存在だ。こと、ラノベなんてものが読める恵まれた国ではそれは当たり前のことだ。しかし異世界ではそれが当たり前のように存在し、そして何故かお前ら主人公が一番初めに目にするのが美女・美少女の奴隷と相場が決まっている。そいつを買い、恭順させ、そして秘められた才能をチートなどで開花させて仲間とし、イージーモードの異世界冒険譚にでも繰り出すのだろう。

 だが残念なことに、どうやら俺はそういったお気楽イージーモード異世界転移ではないらしい。そして奴隷にも関わりは持ったが、それは最悪な形としてらしい。



 ああ、クソッ垂れッ

 俺はどうやら、『買う』側ではなく『買われる』側として、奴隷というものに関わり合うことになったようだ。


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異世界騒動浪漫譚 時偶 寄道 @watasontius

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