第6話 命がけの追いかけっこ(2回目)


「ちょっ!? 3と2はどうしたんですかぁっ!?」


「心の中で数えてたぁっ!!」


「それは卑怯、わひゃあ! 、じゃないですか、ひゃぁっ!?」




後ろでアイリスが何か叫んでいるが聞こえなーい聞こえなーい。

言葉が途切れ途切れなのはあの狼に捕まらない速度を出しつつ奴の噛みつきを躱しながら走っているということだろう。

……あれ? あんな小さい子供がなんでリアルでギャグ漫画やってるんだよ。




「追いつき、ましたよッ! 子どもを置いて、逃げ出すとか、あなた正気ですかッ!?」


「むしろなんで俺に追いついて来れたっ!?」




そんな形相で後ろから追いついて横に並走されたらホラーだわ!

っていうか、俺はこれでも学校では結構足が速かったぞ!? なんで男子高校生の全力疾走に小学生の体躯で追いついて来れるんだよ! そっちの方がよっぽど聞きたいわ!?

なんだ、これは異世界では当たり前のことなのかよ!?




「んで? 勝算はなんかあるのか?」


「あれは『黒死のヒュドラルカ』ッ、です。会ったが最後ッ、敵と定めた者を尽くあの世へ送ってきたッ、『災厄の獣』の一体です! 生き残った者は敵とッ、認識されなかった運のよい者だけッ、です!」


「つまり?」


「闘うこと自体がッ、そもそも間違な相手なのですッ!!」




オーケーそれで察した。

……つまり俺は初っ端なからラスボス染みた強敵とエンカウントしてたってことだなッ!

俺はどこかのラノベか漫画の主人公か何かか!?




「そーかいそーかい。ほんっと、つくづくツイてないよなぁ、俺も」




まぁ、一人だけで逃げることはなんとかできるだろう。都会っ子だが、爺さんのおかげで割と野生児染みた幼少期も過ごしてる。動物の習性とかを逆手に取れば、ギリギリなんとかなると思っている。

けど、隣にはアイリスも一緒にいる。俺一人だけだと無理が効くが彼女がいることで幾ばくかの制限がかかる。

そうなると非常にマズい。体力が尽きれば一貫の終わりだろう。───ッ、あれは!!




「ほれ見ろ、川だ! あそこに飛び込めばコイツだって、わひょうっ!? なんとか撒けるんじゃないか、なぁっ!?」




俺の視線の先。そこには崖から落ちた時に見えた川が薄っすら見えていた。

そこそこ大きな川だ。えら呼吸できない獣がダイブしようとは考えまい。

あそこに逃げ込めば、あるいは助かるか……?

っていうか、もうそろそろ追いつかれそうなんだけど あっひゃう!?




「む、無理ですよ!? あのハンドライト河は大陸でも、ひぃっ!? 有数の大河ですよ! それに流れが速いことでも有名です! それに……」


「あん? 何だよ? もったいぶらずに言ってみろ」


「……わ、私……これでもカナヅチなんです!!」




………………………………………………………………

………………………………………………

………………………………

……………………

…………

……




「え、それだけ?」


「えっ?」




なんでキョトンとしてるんだよ。泳げない? 大丈夫、そういうやつ一定数いるから。

それに昔だろ? 中世ヨーロッパあたりだと泳げない人多かったらしいから、そこら辺は想定済みだし、別に気にしてねーよ。

それにさぁ……




「泳げないって言うなら、溺れないよう俺がしっかり支えてやるよ。なぁに、お前ひとりぐらい、いくらでも守ってやるぞ」


「……っ!?」




思いっきり目を見開いているけど、そんな驚くことかよ。子ども守るのは年上の義務だろうが。




え? さっき置き去りにしたやつは誰だって? ……そんなやつ知らないなぁ




まぁ、だけど覚悟は決まったらしい。

後ろの脅威に立ち向かって二人仲良くご飯になるか、目の前の大河脅威に飛び込んで俺を信じて生き延びるか。

どっちを選ぶかなんて、わかりきったことじゃねぇか。



「んじゃ、飛び込む覚悟は決め──」


「姫様ァああああああ!!!」



おっと?

俺が良い感じの台詞を決めようとした瞬間。横合いから渋めのイケメンボイスで鬼気迫るといった叫び声が聞こえてきた。ぶっとばしたろうか?



チラっとそちらを見れば、俺を真っ先に襲ったエルフがすごい形相でこっちに駆けつけていた。その後ろを仲間のエルフたちが追随している。

その姿を確認したアイリスから、息を呑む声が聞こえた。




「ルクシオっ!? ダメよ、いくらあなたでも、アレに手を出してはダメ!!」




悲痛な叫びがアイリスの口から零れた。

この状況での乱入。これから何をしようとしているのか───その覚悟を決めた瞳を見れば、一目瞭然だろう。



護りたい者のために、命を投げ出そうとする大馬鹿野郎の目だ。

向こうは一度、後ろの狼──ヒュドラルカを目撃している。自分たちが何に挑むのか、わかっていないはずがない。不退転の覚悟を以て、それでもここに駆けつけた。それでも挑むという。

ならば、向こうが退くことはないだろう。




「おうおう、随分と熱いこと言うじゃねぇか」




護りたい者のために命を賭すその心意気。その覚悟。──嫌いじゃないぜ!!

俺のかっこいい台詞を遮った仕返しはいずれするけどな!




「ほらよ、護りたいモンなら……しっかり受け止めやがれ!!」


「わ、ひゃぁああああああああ!!?」




道案内の駄賃くらいは、払ってやらないとな!!

むんずとアイリスの服の襟を掴み、俺自身を軸として大回転。

腕力に遠心力を加え、あらん限りの力でアイリスをルクシオの下まで投げ飛ばす。

この世界では、地球向こうにいた時以上の力を発揮することができるようだし、人一人──ましてや子どもくらいは簡単に投げ飛ばせる。



飛んできたものに目を見開いて、エルフの男──ルクシオが慌てながらアイリスを受け止めた。目と目が合う。どういうつもりだ、と訝し気な視線を俺に向けたが、最優先事項は間違えなかったらしい。そのまま身を翻して森の奥に消えていった。



そして肝心のヒュドラルカだが──迷うことなく俺を追いかけ続けていた。




「うおっと!? ま、そうなるよなぁ」




ヒュドラルカの狙いは、確実に俺だ。

崖の上でもそうだったが、アイツは奴らに脇目も振らずに俺だけを狙っていた。理由は何かわからない。が、俺だけが標的だというならアイリスを逃がすことも簡単だった。

俺が川までヒュドラルカを誘導するから、アイツはその間に仲間に預けて逃げ出せばいい。

稼げるのはせいぜい十数秒だが、エルフの移動能力を駆使すれば逃げ切れる……はずだ。

一緒に川に飛び込んで、それでも執拗に狙われ続けるよりはマシだろう。




「それじゃあ、俺もそろそろ大河に向けてダーイb───」




───しようとして、






ドヒュッ






俺の脇腹に、一本の矢が突き刺さった

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る