第5話 思い描く真っ当なエルフは幻想だったらしい


「痛ってててて、腰が死ぬぅ」




腰痛に困っている年寄りの辛さの一端がわかった気がする。なるほど、こりゃあ立ち上がるのも辛いわ。毎日お疲れ様です。

取り敢えず顔だけ上を見上げたが、崖の頂上はかなり先。そこには狼の陰もエルフの陰も見えない。

これは退いたと見て間違いないだろう。




「よっこいしょ。……まぁ、落ちてる時に川が見れただけでも儲けものか」




それも、見えたのは意外と大きそうな川だった。河口に向かって歩けば取り敢えず人のいる場所には辿り着けるだろう。……それがエルフの集落だったら速攻で引き返して逃げるから大丈夫だ。

何、逃げ足には定評がある俺だ。伊達に毎日を教師陣と追いかけっこして過ごしているわけではない。鍛えられた俺の脚力を以てすれば、いくらでも逃げ切る自信はある。



ゴキゴキと首を鳴らし、土を軽く払ってまた歩き出す。目的地は取り敢えず川の方だ。

川っていうのは昔から水源に利用されているものだ。ここの文明レベルがどれくらいかわからないが、少なくともそういったセオリーには従っているはずだ。



それに周りをよく見てみると、崖の上の森と様子がさっきまでとは微妙に違っていた。

具体的に言えば針葉樹林系から広葉樹林系に変化してきている。これはもしかしなくとも森の外へと移動しているってことだろう。よかったよかった。知らない内に森の奥に逃げてたんじゃないかって心配してたんだ。

森の最奥に迷い込んでラスボスとごたいめ~ん、なんて間違ってもしたくないからな。封印された伝説の剣を引っこ抜くとかのイベントも要らないから。



そこからさらに歩くこと数分。森の様子も大分変わっていた。

広葉樹林が増えたことで視界が明るくなり、色鮮やかになってきている。

陰鬱でジメジメした木や落ち葉ばかりの薄暗い奥部と違って、陽の光も地面に届いているからと雑草も生えてきているし、中には花を咲かせている植物もある。

キノコやら木の実のチラホラと見えるし、食べられそうなものもいくつかありそうだ。



赤黒く白の斑点があるエリンギに似たキノコ。蛍光色に近い黄色に緑色が迷彩柄っぽく彩られた木の実。動物の手の先っぽがはみ出している2m近くはあるネペンテスっぽい植物。やけに刺々しい突起物が出た蓮の葉に擬態しているデカいハエトリソウらしき何か。

う~ん、控えめに言ってかなり物々しいな!




「……これはあれだな。『食べられる』が可能じゃなくて受け身な意味になってるな」




食虫植物が食人植物に進化しちゃってるしこれはダメだろう。

ネペンテスやらハエトリソウが人を「ガツガツ、ムシャムシャ」パックンチョしていいのは二次元までだ。ギャグで済ませられるなら笑ってられるがリアルになるならアウトだろう。

某人気アニメの敵役のお茶目なシーンがR指定受けるレベルでグロくなったとか子供の夢ぶち壊しだよ。



だってあのデフォルメされた効果音が、それこそ今聞こえた「ガツガツ。ムシャムシャ」的な音になるんだぞ? 肉を絶ち骨を砕くような音がしたら……………………




待て、今聞こえた・・・・・




「……………………」




無言でスタスタと今来た道を逆再生するかのように後戻り。

なにか聞き捨てならない効果音が聞こえた気がしたんだが、さっきのは大丈夫だったんだろうか。あの狼みたいな獣とは違う生物の食事中みたいな音が聞こえた気が「ガッツ、ガッツ、ムッシャ、ムッシャ」……あぁ、やっぱ聞き違いじゃなかったか。



音がしたのは他よりいくらか太い木が生えている場所。その裏手だろう。

しかし見た感じこの木は他の気が生き生きと育っているのに対し、なんか窶れて見える。そりゃまぁ、めっちゃ毒々しいツヤツヤした色したキノコに寄生されまくったらそうなるわな。って、養分水分含めて搾り取られてるじゃねぇか。明らかに毒キノコだろ、それ。

そんな危なそうなキノコに触らないように注意しながら避け、ひょこっと木の後ろを覗き込む。



そこにあったのは食べ掛けと思われるヤバめの木の実、そしてそこに生えていたキノコを食い散らかしたような残骸。

だがそれだけではない。そこには咀嚼音を鳴らしていた張本人がいた。



格式ばったとまでは言わないがそれなりに意匠がこさえられた衣装に身を包んだ幼い子供。

流れるような金色の髪を後ろでポニーテールに纏め、項からは色っぽい白い肌が覗いていた。そして後ろからでもよくわかる尖った耳。



間違いなく、エルフだ。それもおそらく、相当地位の高い家の子だろう。



その子がふらふらと、覚束ない足取りで奥に向かって歩いていた。

その先にあるのは、まだ小さいがそれでもその子どもがすっぽりと入りそうな大きさの巨大ネペンテス。前が見えていないのか、行ったらマズい方向へと歩いていた。

そしてあろうことか、ネペンテスの入口を自分で開けだすではないか。

おいおいおいおいおい……!




「おい、そっちは危ねぇぞ!!」




気付けば声を出していた。木の奥から飛び出して子どもに駆け寄ろうとする。

子どもはもう、頭まで突っ込んでいた。あと一歩、踏み出せばすっぽり入ってしまうだろう。

そうして少女は、息を吸ったのか、少しだけ身を後ろに反らして———




「オロロロロロロロロロロ」


「えぇ……」




清々しいほどに、盛大にゲロッた。











◆◇◆◇











「うぅ……結婚前にあられもない姿を殿方に見られてしまうなんて」


「あぁ、うん。確かにあられもないね。あれは結婚前に男に見せるものじゃないね。そして結婚後でも男に見せて欲しくないね」


「何を言っているのですか? 二日酔い明けの大人は皆あんな感じじゃないですか?」


「お前らエルフって意外と俗物なんだなっ!?」




酒飲んでるのかよ。しかも二日酔い起こしてゲロするほど飲むのかよ。

慎み深いだとか、清楚だとか、品行方正とかいうエルフのイメージ片っ端からぶっ壊していくよなお前ら!

しかも最初に会ったまともそうなエルフがまさかのゲロフだとは思わなかったわ。



二次元とかなら金髪美人なダイナマイトボディをしたエロいエルフならぬエロフとかいるよ? そんな枠があること知ってるよ? 信者がいるのも知ってるよ?

だけどさ、いきなりゲロをするエルフならぬゲロフがいるってどういうことだよ。そんな枠なんて聞いたことねぇぞ。新ジャンルかよ。




「ふふふっ。あなたは面白い方ですね。……申し遅れましたが、私の名前はアイリス・アルトナス・アールヴと言います。人族の殿方、気軽にアイリスとお呼びください」


「おう。俺は……そうだな、キッドとでも名乗っておこうか」


「キッドさん……ですか?」


「そうそう」




何を驚いているのかしらないが、とりあえずスルー。『木戸』だから『キッド』っていう単純に苗字から取っただけの安直な名前だぞ。深い意味はない。



ちなみに今の俺たちだが、二人並んで歩いている状況だ。人里に行きたいから取り敢えず川の方に行きたいといったところ、案内を買って出てくれたのが目の前のアイリスなのだ。

介抱してくれたお礼のつもりなんだろうか。だとしたらいいことしたな。



うん? 急に影が……まぁ、いいか



っていうかこの世界、服装からしてやっぱりヨーロッパとかそっち系か。

それにご丁寧に神話要素まで混じってやがる。アールヴなんて名前、確か北欧神話あたりに出てきたはずだぞ。それが家名、つまり苗字ってことは……




「……アイリスって、もしかして王族とかか?」


「あら、よくわかりましたね。私は一度もそう言った覚えはありませんが」


「やっぱりかー」




うふふ、と上品に笑う様子からして仕草がもう上流階級のソレだ。王族じゃないにしても貴族と言われた方が納得がいく。

小学生っぽい見た目の割にどこか落ち着いた大人らしさも感じられる。可愛さの中に大人の要素が入った美幼女だ。同い年なら惚れてたんじゃないだろうか。



さっきゲロってたけど。思いっきりゲロってたけどもっ!?




「ところで、なんでこんなところにいるんだ? 見た感じ危ないものばっかりだし、王族なら、もう少し安全な場所を出歩くべきじゃないのか?」


「ああ、お城を抜け出してお散歩と食べ歩きですよ。楽しいですよ? 食べ歩きって」


「やってたのは食べ歩き・・・・じゃないね。拾い食い・・・・だね」


「ふふふ、食べ歩きも拾い食いも大してかわりませんよ」


「変な所で大人びてる!?」




そんな所で大人の寛容さ見せなくていいから。そこらへんは子供らしくわがままでいいから。好き嫌いあってもいいからっ。

……っていうかその所為でさっきゲロってたのお前だからな?




「そう言えば、さっきエルフの集団に襲われたんだが、あれって近衛兵か何かか?」


「あら、兵隊さんたちに会われたのですか? あれは普通の兵隊さんじゃなくて王家直轄の近衛兵ですよ」


「へぇ、そうなのか……うん? 俺が襲われたのってもしかして……」


「私を攫った賊とでも思ったのではないでしょうか?」


「……元を辿ればお前の所為じゃねぇか!!」




王族って聞いた時から何となく気づいてたけども!

むしろ最初に出会った相手が上流階級ってありがちな展開だったものだから、あのエルフたちがこの王女様探しているんじゃねぇかって思ったさ。やっぱりそうだったよ!




「おい、これ以上外にいると面倒事になりそうだから王城にでも戻れ」


「うふふ、お城には戻りませんよ。昼間から公務をほっぽりだしてハッスルしているようなお父様とお母様の下になんて戻りたくありません」


「いや、王族の役目ってそういうことだけど。えぇ………うん、そうか……それなら、しばらくお外で遊んでてもいいんじゃないかな」




思ったよりも生々しい理由だったよ。とっても干渉し辛い家庭環境的な問題だったよ。

俺は両手をあげて速攻で折れた。

そりゃあ外に出たくもなるわ。こんな子どもが大人の情事見せられて「何してるの?」と興味本位で聞かないだけでも、アイリスの両親は娘に感謝すべきだと思うんだが「グルルルルルル」……あぁ、勘違いな訳ないかぁ。ステイステーイ。ちょっと待っててねー。

……あ、アイリスも後ろから鼻息掛けられて今の事態に気付いたみたいだ。心なしかブルブル震えてるし涙目になってる。




「な、なぁ、アイリス。かけっこは得意か?」


「奇遇ですね。わ、私もかけっこがしたかったところなんですよ。大丈夫です。こう見えても私はアウトドア派なんですよ」


「それが聞けて安心した」




ならそうだな、合図は俺が出そうか。

さっきからべと~っとした粘液とザラザラした何かが俺の背中を執拗に舐め続けているからそろそろ、おひょあっ!? 首元舐めるんじゃねぇ!!




「俺が合図する。そしたら全力疾走だ。前見て走れ」



──3



「わかりました」



──2



「それじゃあいくぞ───」


「──1、ドンッ!!」




おれは アイリス を置いて 全力で 逃げ出した!!


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