タイムスコープ教科書問題、他

野々花子

タイムスコープ教科書問題

 人類は遂に、時間跳躍という夢に大きく近付いた!

 タイムマシンの発明には未だ至らないものの、過去の時間を映写するタイムスコープの発明に成功したのである!

 過去を「観る」ことができるのならば、次は「行く」ことができるはず。「観る」から「行く」への移行にもしかしたらあと百年の研究が必要かもしれないが、それでも近付いたことには違いないのである。先人の、そして我々の研究が、こうして夢のタイムトラベルを……

「すみません、ご高説の最中失礼します、所長」

「ん? なんだ、いいところだったのに。どうしたタカハシ研究員」

「はい、タイムスコープによる過去観測によって、大きな問題が見つかりまして」

「なんだ、軍事利用かね」

「違います」

「じゃあ、カルト宗教によるイチャモンか。そんなもの、私の目が黒いうちは絶対に」

「でもなくてですね、所長」

「じゃあ、何かね」

「教科書問題です」

「教科書?」

「そうです。学校の教材の」

「そんなことは分かっとる。タイムスコープによって、教科書に何の問題が起きるんだと聞いているんだ」

「それについては一緒にタイムスコープをご確認いただいた方が早いかと」

 そう言うやいなや、タカハシ研究員はタイムスコープを作動させた。

「我々は、いわゆる近過去から徐々に観測の距離を遠過去まで伸ばしていき、それを何千回何万回と繰り返し、誤差がないかの精査も同じく千回万回と行い、そうしておそらくは正しいと思われる過去の時間軸を映写することに成功しました……。ですよね? 所長」

「その通りだ、タカハシ研究員」

「つまり、一秒前を映写することから始め、徐々に一分前、十分前、一時間前、一日前、一週間前、一ヶ月前、一年前……とだんだん観測距離を長くしてきたわけです」

「その通り」

「そして、実際に映像などが残っている過去約百年間の記録・歴史と照らし合わせ、このタイムスコープによる過去観測が間違いないものであると結論付けた」

「そうだ。気の遠くなるような研究だった」

「その作業の中で、私も所長もまだ百年前までしか、さかのぼって過去観測を行っていませんよね?」

「そうだな。なにせ、百年前の観測作業に間違いないと結論付けたのが昨夜のことだからな。私は、そこで初めてタイムスコープ完成を宣言した。君も現場に居たじゃないか? なんならタイムスコープで昨夜を観測してみるかね」

「所長……それに関して、実は私、所長に謝らなければいけないことがあります」

「なんだね。怒らないから言ってごらん」

「実は、昨晩所長が祝杯で酔いつぶれて寝てしまった後に、こっそり百年以上前の観測を一人で行ったんです」

「なんだと! てめえタカハシ! やって良いことと悪いことがあるだろう!」

「いててて! 痛い! 首を絞めないでください! 所長! 怒らないって言ったじゃないですか!?」

「観たのか!? 私の許可を得ず、私より先に、百年以上前の過去を観たのか!? ああん!?」

「だから痛い! ゆるめて! ゆるめてください!」

 タカハシの顔が真っ赤になってきたので、温厚な私は手を緩めた。

「すっ、すみません、どうしても知的好奇心に勝てず、百年以上前の歴史をのぞいてしまいました」

「こんのノゾキ魔が!! ……フーッ、開発者の私に無断でそんなことをするなんて、本当なら今すぐ八つ裂きにしてやりたいところだが……。で、いつまで観たんだ?」

「怒りませんか?」

「……約束する」

「首も絞めませんか?」

「絞めないから! 早く言え!」

「約二千年前までです」

「西暦ほぼほぼ観てるじゃないか!!」

 叫びながら私はノゾキ魔クズハシに飛び蹴りをした。

「あいったぁぁぁぁ!! 怒らないって言ったじゃないですか、所長!?」

「蹴らないとは言っていない!!」

「いててて……ひどいですよ……所長。あ、それで、西暦ざーっと観て分かったんですけどね。非常に大きな問題が見つかりまして」

「録画したドラマを早送りで一気観したみたいな言い方しやがって……。で、なんだその問題というやつは」

「はい。まずはこちらをご覧ください」

 タカハシ研究員がダイヤルを『A.D.1853』に合わせた。

「この船、何だと思います? 所長」

「すごい色してるな。ショッキングピンクというか……」

「ペリーの黒船です」

「黒くないじゃないか!」

「そうなんです、黒くないんですよ」

「えぇ~……名前から変わっちゃうじゃないか……。て言うかこれ怖くないだろ。なんとなく勝てる気になっちゃうだろ。いや、別の意味で怖いか?」

「他にもありまして」

 タカハシ研究員が今度はダイヤルを『A.D.1600』に合わせた。

 タイムスコープの画面が切り替わり、そこには何千人というサムライが映し出された。

「ん? 合戦か? それにしても本当に過去をのぞくと凄い迫力だな、映画以上だ」

「はい、これは天下分け目の」

「関ヶ原か!」

「その通りです、所長。でもですね、ちょっと早送りますね」

 タカハシ研究員がボタンを長押しし、画面がキュルキュルキュルと倍速で動く。

「あ、ここです、ここ」

 再び再生した場面では、大将と思われる武将が勝どきを上げていた。

「おお、徳川の勝利か。歴史的な瞬間だな」

「いやこれ、石田三成なんですよね」

「え?」

「いや、昨晩前後も合わせてちゃんと観たんですけど、これ、勝ってんの石田三成なんですよね」

「え? でもこいつ太ってるぞ? 太ってる方が家康で、細いイケメンが三成じゃないのか?」

「あくまでそれは後世のイメージみたいで、この調子乗って”勝ったー!”って言ってるデブが三成っぽいです」

「マジで?」

「ちなみに家康は後世のイメージ通りデブでした」

「デブ対デブだったのか」

「ですね。というかそこは問題じゃなくてですね、関ヶ原、本当は石田方が勝ってるみたいなんですよ。小早川秀秋、迷って迷って、結局裏切ってないんですよね」

「え? 我々が習ってきた歴史と違うじゃないか」

「そうなんですよ。だから教科書問題が起きるんです。他にもあります」

 そう言ったタカハシ研究員は、ダイヤルを慣れた手つきで操り、卑弥呼は実在したが女性ではなくマッチョな男性だった、遣唐使は意外とスムーズに海を渡っていた、平安時代にゴーストライターがいて源氏物語も枕草子も同じゴーストライターが書いていた、信長はめっちゃ気弱だった、などなど、歴史の真実を暴露していった。こいつ、間違いなく一晩中観てたな。

「なるほど……、これは、歴史教科書の全面大改訂が必要だな」

「でしょう。どうも我々が歴史を正しく把握しているのはせいぜいこの百年くらいのことで、それ以前の歴史はかなり実際のものと違っているようなんです。時の権力者による恣意的な改ざんはもちろん、伝説や物語が本物の歴史とすり替わったり、伝言ゲームのように時間の流れとともに間違って伝わったりもしていたようです」

「歴史にありがちなこととは言え、我々の思っている以上にそうした改ざんや、物語やフォークロアなどとの混同といったものが多かったのか……」

「驚くべきことは、紙資料はもちろん、映像などのアーカイブが残っている比較的近過去に関しても、実際の歴史と違っている部分があるということです。これに関しては明らかに権力者による恣意的な改ざんでしょう」

「開発者として考えたくはないが、タイムスコープの方が間違っている可能性や、パラレルワールドの過去を映写しているという可能性はないだろうか?」

「私もそれを考えましたが、これまでの研究結果からは考えにくいですし、そうだったとしても、タイムスコープが勝手にこんなオモシロ映像みたいなものをゼロから作って映写していることの方があり得なくないですか?」

「……タカハシ研究員、お前が作ったとか?」

「まさか! さっきの関ヶ原の場面の映像とか、作ろうと思ったら大作映画を撮るくらいのお金が必要ですよ。そんな予算も時間も技術もどこにあるっていうんですか」

「それはそうだな。じゃあやはり、タイムスコープが映しているのが正しい歴史だという可能性が高いというわけか」

「はい」

「そして、我々が学んできた歴史は誰かが恣意的に作ったもの、もしくは間違って伝わってきたものである可能性が高いということか……。このことを発表したら世間はどう言うんだろうな」

「まあ、間違いなくマッドサイエンティストのイタい研究だと思われますよね。これが本当の歴史だと言っても、信じてもらえる可能性は限りなく低いと思います」

「だろうな。凡百の人間どもに理解されたいとも思わんが、それにしても真実を受け入れるだけの度量がこの国やこの国の人間たちにあるのかは確かに疑問が残る。……ところで、さきほど約百年前までは我々の知る歴史と合致していると言ったが、明らかに本来の歴史と変わっていると分かるのはどこからなんだね?」

「ああ、確かにそこは大事ですね」

 ダイヤルが回り、数字が大きくなっていく。

「ここです。今から数えて、百十二年前です」


 ダイヤルが『A.D.2018』で止まった。


「なるほど、まだこの国に元号があった時代だな。……なんだと!? 政府による公文書の改ざんに、性別による大学入試の減点!? 我々が知っている歴史と全然違うじゃないか! なんだこのひどい国は! チンパンジーが国を運営しているとでもいうのか!?」

「どうやら、この時代から歴史を偽ることにまったく躊躇いがなくなったみたいですね」


(「タイムスコープ教科書問題」了)

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