第40話

 病室には伝えそびれたたくさんの感情が、想いが、言葉が、溢れていく。


 なんで……なんで手紙なのよ……

 貴方の言葉は、貴方の声で聞きたかった。


 こんなのって……




 手紙には、抱えきれないほどの想いが込められていた。


 文字1つ1つが熱を帯びているかのように読み進めるほど私の体温を上昇させた。


 その想いに答えることができないことが、私に健の死を実感させた。


 途端に、涙が溢れた。




 虚しくて、悔しくて、恋しくて、涙が止まらなかった。




 ねえ神様。聞こえてる?


 もうなにも要らない。明日死んだって構わない。だからもう一度だけでいいから健に会わせてくれないかな?


 まだ、別れの挨拶もまだなの。


 やっと本当の気持ちを知れたのに……意地悪ばっかり……




 私は、思い違いをしていた。

 私の周りにいる人たちを、私はいずれ悲しませてしまうと思って疑わなかった。

 でも現実はそうじゃない。そうじゃなかった。


 誰かを失うなんて考えもしなかった。


 失うことがこんなにも辛いなんて、思わなかった。




 「死」というものはいつも私たちのすぐそばに存在する。生きている以上、死と無関係ではいられない。



 私は、死というものを受け入れたつもりだった。だけどそれは、自分の死に限定されていることに気づけなかった。


 それが私の罪。


 誰だって、今日死ぬかもしれない。


 だからこそ、私たちは全力で今日を、今を、生きなければいけないのだ。

 

 そうわかっていても、逃げてしまった自分は間違っていたのだろうか。





 私たちは、最初から両想いだったようだ。



 私が逃げなければ……


 仮定の話にはなんの意味もなく、考えるだけ虚しさが募る。


 無駄なことがわかっていても、たくさんの「if」を考えずにはいられなかった。



 だって、健のことが本当に好きだから。


 今でも。


 ずっと。


 この気持ちに嘘はない。例え私の命が朽ちても、想いは色褪せず、世界を包み込むほど大きくなるだろう。



            

 胸が……熱い。


 そして痛い。



 人の想いは、こんなにも感情を揺さぶるのだと私は知った。


 健の書いてくれた数枚の手紙には、有名な映画やドラマに負けないなにかがあった。


 人を動かすのは「想い」だと健が、健の書いた手紙が私に教えてくれた。




 このまま不貞腐れて最期の時を待とうとしていた少し前の自分は、なんて愚かなのだろう。



 健とはもう会えないけど、私は同じような後悔を他の誰にもしてほしくない。


 私にはわずかだけど、まだ時間がある。

 小説なんて書いたことはないけれど、やってみたいって思ったから。

 思ったなら……やらないと!


 

 私と健が紡いだ物語が、誰かの背中を押すことができるなら、それは凄く素敵な事だ。


 想像するだけで楽しくなった。

「ふふふ」

 ここに健がいたら、もっと楽しかっただろうな。




 沈みきっていた私の目に、再び光が戻った。                

                                                                                              

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