第38話

 健が、この世界を去って丸1日が過ぎた。



 色褪せた世界を、私は生きている。



 張りつめていたなにかが、私のなかで切れてしまった。私の体は現実感をまとわない。


 起きているのか夢の中なのかもよくわからない。わからないというより、どうでも良くなっていた。



 だから……先が良かったのに……



 命は……こんなにも簡単に……


 だったらなんで……



 絶対に、私の方が先に死んでしまうものだと思っていた。疑いもしなかった。

 


 病室の引き出しの中には、残されると思っていた健に宛てた手紙がたくさんたまっている。

 もう……この手紙は役割をはたせない。


 もう……私に生きる希望はない。



 いつか、健は言っていた。

『この世界が君を奪い去るなら、この世界にもう価値はない』と。

 その言葉が、私の中に強く刻まれている。


 本当にその通りだ……




 病気を初めて知らされた時のことを思い出す。


 私はこれからどうすれば……どうしたいのだろう……





 死因は、化学療法(抗がん剤治療)に伴う免疫力低下による肺炎の発症。その悪化により、健はこの世界から去ってしまった。


 まさか、死ぬなんて思わなかった。




 涙は出なかった。


 まだ、意識のどこかで受け入れることができていないのだろう。

 言葉として、情報として私の中に存在はするが、それは文字列のままで患った脳はそれ以上の処理を拒んでいる。


 病室に行けば、まだ健がベッドに寝てるんじゃないかと、そう思わずにはいられなかった。





 現実を受け入れられない私に、1通の手紙が届いたのは、知らせを聞いてから2日後のことだった。

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