第37話

 病室の扉が開くたび、期待と落胆がセットで繰り返される。

 もう何度目だろう。


 それでも、私は何度でも繰り返すだろう。

 この不安から解放されるまで。



 コンコン。ノックの音が誰かの訪問を知らせる。

「どうぞ」

 短く答えると入ってきた人物の顔を見て溢れてくる言葉を一度整理して気持ちを落ち着けた。

「あの、健くんはどうしたんですか!?」

 挨拶もなしに私は問いかけた。

 健のお母さんは私の方にゆっくりと歩いてくると笑って答えた。

「ごめんね、心配させて。あの子今肺炎になっててね。しばらくは会いに来れないと思うわ。健からその事を伝えてきてくれって頼まれたのよ。あんまり心配しないでね」

 そうだったのか。


 良かった……まだ生きてた……


「良かった……」

 安心がいつの間にか口からこぼれていた。

「健は幸せね。こんなにも想ってくれる人がいるなんて。羨ましいわ」

「幸せ……ですか……そうなんですかね?」

 健は幸せなのかな?

「そうよ。……あの子を、好きになってくれてありがとう」

 なんだか言葉が、すごく重たく感じた。それは、言葉に健のお母さんのいろんな気持ちが含まれているからだろう。

「感謝するのは私の方なんです。人を、誰かを好きになったのは初めてで……こんなことお母さんに言うと私は嫌なやつだと思われるかも知れませんが……健くんが……この病院に来てくれたことが……すごく嬉しかったんです」

 途中から何が言いたいのかわからなくなるし、涙は出てくるし。それでも、私がすごくひどいことを言っていることは理解できた。

 健のお母さんに、健が病気になってこの病院に来たことが嬉しかったと言っているのだ。

 なぜこんなことを言ったのか自分でもわからない。

 わからないけど止められず、それでも体がその事に拒絶反応を示し涙を流したのだ。

 感情がとっちらかって自分で収集がつけられなくなっていた。

 涙が止まらない。これは私の後悔なのだろう。止めどなく溢れ、尽きることはないかもしれない。


「本当にやさしいのね。泣かなくていいのよ」

 そう言って頭を優しく撫でてくれた。

「誰かと出合って、好きになって、結ばれる。普通の人はそれを運命って呼びたがるよね。貴方たちも同じでいんじゃない? 場所が学校じゃなくて病院だっただけ。趣味が似てる訳じゃなくて、置かれてる状況が似てただけ。ただそれだけ。それに私は貴方たちのこと、普通の人たちよりドラマチックで運命的だと思うけどな。なにも後ろめたいことなんてないのよ。私が言うんだから安心して」

 そう言って私をぎゅっと抱き締めてくれた。

「でも……」

「本当にやさしいのね」

 健のお母さんはくすりと笑いこう続けた。

「あの子はね、健康だったときより今の方が楽しそうなのよ。それにきっと病気をしなかったらダメな人間になってたんじゃないかしらね。あの子ね、友達を作ろうとしなかったし、誰かと関わりを持とうとしなかったのよ」

 これは少しだけ聞いたことがある。出合ってすぐの頃、健が自分のことを話してくれたのだ。

「それが、病気になって、貴方と出合って、少しずつ変わっていったわ。あの子は、貴方と出会うために生まれたんだと思うの。病気はそのためのスパイスってとこかしらね。人生のスパイスとしてはちょっと強烈ね」

 お母さんはなんだか楽しそうだった。

「それでもあの子はそれを受け入れた。あの子だけじゃない。貴方もそう。私にはできないことだわ。その上で人生を楽しもうとしてる。それはとてとスゴいことよ。胸を張りなさい。だからね、貴方が遠慮することなんて何にもないのよ。わかった?」

 はい! と答えようとしたが、声が出ないほど涙が溢れてくる。

「あり……ありがとう……ぅぅ……ございます」

「あらあら、かわいいお顔が台無しじゃない」

 そう言って私の涙を拭ってくれた。



 それから、健の昔話をたくさん聞かせてもらった。

 しばらくすると私のお母さんもきて、私の知られたくない話までベラベラと話し出してとても恥ずかしかった。


 私の病室にはたくさんの笑い声が溢れ、温かな空気が満ちていった。

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