第35話

 自分の病室までは、健がおんぶで運んでくれた。お姫様抱っこがいいと言うと、そんな体力は僕にはないとあきれられた。




 ベッドに入って目を瞑っても気持ちがなかなか収まらない。こんなにドキドキするのは久しぶりだ。嬉しいな。


 自力で会いに行くのは今日が最後になるかもしれない。

 そういえば健が「そんなこと」と言ったことについて怒るのを忘れていた。明日きっちり怒らないとな。



 月明かりが妙に明るく、病室は柔らかな薄暗さを纏(まと)っていた。

 気分は高揚していたが、静けさに気づくと次第に落ち着きを取り戻していった。

 時刻は2時を過ぎていたが、眠気は全く感じない。

 


 気付けば、これまでのことを思い出していた。




 唇が触れ合う感触を貴方は私に教えてくれた。

 人肌の温もりを、生きたいという気持ちを、好きという感情を、貴方は私に教えてくれた。


 すっと一緒にいたかった。


 まぁそれは始めから諦めてたことだけど。


 そう思わせてくれたことが、本当に嬉しかった。


 もしかしたら、というかたぶん貴方は私が好きだと思う。

 今となっては確かめる手段はないけれど、絶対そうだと思うんだ。

 それは、契約を交わしたあとにそうなったのかも知れない。嘘から出た真ってやつなのかな? それもまたちょっと違うか。

 だけど人の気持ちは移ろい、変わっていくのだろう。その中で変わらない、風化しない想いだってあるはずだ。

 私は死ぬまで健を想い続けるだろう。健にもできればそうであってほしい。


 もし、健が健常者なら、私のことは忘れて次の恋に向かってほしい。だけどそうじゃない。恐らく互いに次はないのだ。

 だからこそ、どちらかが欠けた後もずっと同じ気持ちでいてほしいと思う。

 こういうのは、重たいのかな……


 特に、私たちの場合、先に欠けるのは私だろう。だからこそ、最後くらいわがままを言わせてもらいたいものだ。本人に直接伝える勇気はないけど……


 私の悪い癖だな。

 恐がりで、直ぐに逃げる。


 私が病気じゃなかったら、もっと勇気が出せるのかなぁ?


 次があると思えれば……


 だけどそれじゃまるで誰でもいいみたいでなんだか嫌だな。


 やっぱり私は私だ。臆病だけど、諦めが悪いけど……あれ? 私良いところないな……


 まぁ明日健に聞いてみよう。


 たぶんまだ明日は生きてるはずだしね。

 


 まだ眠くないし、羊の代わりに健のダメなところでも数えようかなー。


 まずは、たまに素直じゃないところでしょーあとはーあとはなんだろうな……

 ないな……いや、なんかあるでしょーえーっとえーっとぉ……




 …………zzz……ZZZ

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