第34話

 君が、日に日に小さくなっていくように感じる。


 病状は悪化する一方で、今では彼女から僕に会いに来ることはできないほど弱っていた。

 目に見える程弱っているのに、彼女は僕の前で笑顔を絶やさなかった。小さな豆電球のように、彼女は僕の世界を明るく照らしてくれている。


 白く細い腕はよりか細く、彼女が少しずつ痩せ細っていく姿に胸が張り裂けそうになる。

 だけど、それは他人事ではないのだ。明日は我が身という言葉が、いつも脳裏をよぎる。

 僕が健常者なら、変わってあげたいとでも思うのだろうか。


 僕にできることは……君を最期まで見届けることくらいしかない。



 本当にそうか?


 なにか、君のためにできることがあるんじゃないのか?

 深夜0時を過ぎた病室は暗く、静かで、考え事をするのには都合がよい。

 僕はベッドから見慣れた天井を仰ぎ、患った脳を必死に働かせた。



 君は僕にたくさんのことを教えてくれた。


 なのに僕は、まだなにも返せていない。

 まだ、間に合う。君が生きている間に、なにか、何かあるはずだ。こんな僕にでも君のためにできることが。



 ガタン。

 病室のドアが急に音を立てた。


 ゆっくりと開かれた扉のその先に、君の姿をとらえる。

 情報が眼球から直接脊髄に伝達されたかと思うほどの早さで僕は跳ね起きた。

「大丈夫!?」

 崩れ落ちる体を慌てて支える。

 軽すぎる……こんなにも痩せていたのかと驚いた。

「えへへ。来ちゃった。起こしちゃったかな?」

 歩いて来たのか?どうしてそんな無茶を……

 僕らの病室は階数も棟も違っているため少し離れている。

「いや、起きてたからいんだけど、車イスは?」

「まだ歩ける内に、自分の足で君に会いに来たかったの」

「そんな理由で無茶しないでよ」

「今そんなって言った? 言ったよね? ちょっとそこに座りなさい。あと私をそこのパイプ椅子に座らせなさい」

 なんて格好のつかない叱責なんだろう。

「仰せのままに、お嬢様」

 勝手に口から転がりでた言葉に、初めて会った日のことが頭を駆け巡り、はっとした。


 僕の中に、確かに君がいた。

 それが、ただただ嬉しかった。



「君がベッドを使った方がいい」

 僕がそう言うと彼女は首を横にふった。

「今日は私がお見舞いに来たの。君が病人の番だよ。リンゴでも剥いてあげようか?」

 そう言ってふふふといつものように笑った。

 既に彼女にはリンゴを剥くことは難しいのだろうが単なる冗談として僕は流した。

「そんなことよりさっきのはダメでしょ。ごめんなさいは?」

「ごめんなさい」

「素直でよろしい」

「僕はいつだって素直だよ。だからさっきも素直に思ったことを言って君を怒らせた。昔の手紙みたいにね。覚えてるかい?」

「忘れるわけないじゃん。バカにしてるの?」

「とんでもない」

「お手」

 痺れのせいかゆっくりとぎこちなく差し出される掌に僕は手を重ね優しく握り、両手で包み込んだ。

 君のお母さんから教わったように優しくそっと握りしめた。


 月明かりで照らされた君はとても綺麗だ。


 僕らは無言で見つめ合う。

 そこにはもう言葉はいらない。


 温かな沈黙が病室に広がり、彼女は目を閉じた。

 僕はいろんなことを考えながらそれに応えた。



 僕の病室は、優しさで満たされていった。



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