第33話
あれから、彼と幾度か唇を重ねた。
しかし、幸せは長くは続かないらしい。
とうとう体が悲鳴をあげ始めてしまった。
まず、体の痺れや麻痺で手足が上手く動かせないことがある。それに加え、言葉が上手く出てこないのだ。所謂、言語障害の症状が出てきはじめていた。
おまけに、既に私には抗がん剤に耐えるだけの体力すら残っていないようだ。
副作用に耐えられなくなってきていた。
ご飯を食べてもすぐに吐いてしまい、日がたつにつれて次第に喉を通らなくなってきている。
食事がままならず、少しずつ痩せこけ、やつれていく姿を、鏡は嫌味のように毎日映し続けた。
「また痩せたみたいだね……やっぱりご飯はあまり食べられない?」
心配そうに健が聞いてきた。
最早私から会いに行くことは無くなっていた。
毎日健が私の病室に会いに来てくれている。
「健が食べさせてくれたら食べられるかもね」
「そんなことならお安いご用なんだけどね……」
健は私の腕から繋がった点滴を見て目を細めた。
「ちょっとやめてよー。なんか私がすぐ死んじゃうみたい」
「そうだね。君は元気だし死ぬなんてまだまだ先になるだろうね。もしかしたら僕の方が先かもしれない。僕はその方がいいんだけどな」
「そうなの? なんで?」
私は素朴な疑問を投げ掛けた。
「この世界が君を奪い去るなら、この世界にもう価値はないと僕は思ってる。だから僕は君を失えばどうすればいいかわからないんだ……」
心を鷲掴みにされた。
あぁ、この人は本当に素直な人だ。最初からそうだった。
契約という存在を私は忘れかけているが、恐らく今の彼の言葉は本音だ。
それくらいのことは私にも分かる。
「私は、できることなら君よりも生きたいと思ってた。君を、1人にしたくないから。今の言葉、私の一番大切な宝物にするね。だから私は君よりもずっと長生きしてあげるよ」
私はあることを決意した。残された時間は少ない。今日から始めよう。
「ありがとう。安心して僕は永遠の眠りにつける訳だね」
彼の表情が柔らかくなった。
「私のキスで目覚めさせてあげるから大丈夫だよ」
「大胆なお姫様だね。僕はもっとおしとやかな方が好きだな」
「ねえ。キスして」
「話聞いてた?」
「はい、死にましたー」
そう言って私は目をつむった。
彼の小さなため息が聞こえるとしばらくして、彼の座る椅子の足が擦れる音がした。
いつだって彼は、文句を言いつつも私のお願いをすべて叶えてくれるヒーローだ。それもただのヒーローじゃない。
悲劇の主人公(ヒーロー)である。
柔らかな感触が唇を伝う。
これで何度目かな。あと何回できるのかな。
そんなことを考えつつ、痺れる体にムチを打ち私は彼の背中に腕を回した。
あぁ、幸せだなぁ。
私は、忍び寄る運命を人知れず受け入れた。
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