第21話
体が勝手に動くという経験を私は初めてした。
それまで恥ずかしかったり、嫌われるのを恐れて気持ちを聞くことすらできなかったのに、私はどうしてしまったのか?
彼の手を握ったり、今は……抱きついてしまっている。
温かい体温が私に流れ込む。きっと彼にも私の体温が流れ込んでいるはずだ。
彼の涙に気づいたとき、その理由を確かめずにはいられなかった。
彼は私を想い泣いた。
同じなんだ。
きっと私たちはお互いの存在が、お互いの中で大きくなっている。
その結果が、お互いに流している涙だ。
貴方は私を想い涙を流し、私はそれが嬉しくて涙を流した。
こんな素敵な、綺麗な涙を私は、私たちは流すことができる。
感情という存在を私は初めて意識して考えたのかもしれない。
だから、互いの涙が必死に私たちに、【君たちは生きている】と呼び掛けているように感じた。
涙はもう暫く止めることができないだろう。
もう、どうなってもよかった。
彼に包まれたいと、患った脳が叫んだのだろう。私は彼に抱きついた。
彼の体が硬直するのがわかった。それでも、彼は私を包んでくれた。頭を撫でてくれた。心を癒してくれた。
素に戻っても、今度は羞恥心よりも離れたくないと言う気持ちが上まっていた。だけど、こんな人通りの多い場所でいつまでもこんなことをしてるわけにはいかない。
最後に、ダメもとで私は大勝負に出た。
彼の胸に埋めた顔を上げる。少しだけ彼の腕がほどけかける。だから私は回した腕に少しだけ力をいれて「まだダメ」と意思表示した。
「え……」
彼は戸惑っている。
お互いの顔が近く、唇は射程圏内だ。
私は彼をしっかりと見つめた後、目を閉じた。
が、彼はなにもしなかった。
「ダメかー」
暫くして私はわざとらしく笑って抱擁を解いた。
「そりゃそうだよ。本気だったの?」
彼が探りを入れてきた。
お、ちょっと私のことが気になってきたな!
ワクワクした。
「もう一回私のこと抱き締めてみる?」
言って自分で恥ずかしくなった。
「いや、後が恐いしやめとくよ」
「なんでよぉ!」
私は彼の脇腹を軽くつついた。
軽いボディータッチならもう躊躇いなどなくなっていた。
「ちょっと! くすぐったいからやめてよ」
なんだそこが弱点だったのか。私は彼の弱点を攻め続けた。
暫くじゃれて飽きたので売店へ向かうことにした。
「君のせいで疲れちゃったよ。昨日笑って増えた分の寿命が減っちゃたかもね」
「私は今日すごく寿命が伸びたと思うけど? また今度抱き締めてよー」
私はもう自分で自分が止められないかも知れない。前世はきっと猪だったのだろう。
「今日のは特例だよ。もうあんなことしないからね。急に抱きつくの禁止」
なんだか本気で嫌がってる訳では無さそうなので安心した。
「予告したらいいの?」
「ダメだよ。話聞いてた?」
「えー私難しいことわかんなーい。ふふふ」
彼を困らせるのが私の趣味となった。
売店で飲み物を買って、私たちはもとの場所へと向かうことにした。
泣いちゃうからもうこれ以上病気のことは話してあげないけどね。
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