第20話

 【私がいるから】

 彼女の言葉に僕は胸がいっぱいになった。


 本当は話すつもりのなかったことだったけど、過去のダメダメな自分を晒しても彼女は僕の手を取りまた1歩僕の中に踏み込んできてくれた。

 本当に嬉しかった。少しだけ、瞳に涙が滲みかけたが僕はなんとかそれに耐えた。



 僕も、君のためになにかをしたい。そう強く思った。

 だけど……僕になにができるのかなんて思いつかない。


 そんなことを考えていると彼女に握られていた僕の手は急に解放された。

 彼女の頬はほんのりと紅潮しているように見える。

「なんか盛り上がっちゃって、ごめん……」

 どうやら素に戻ったようだ。

「大丈夫、ありがとう」

 僕は感謝を告げた。

 このとき、僕は自分が笑っていたことに気付き驚いた。


 僕はこれまで笑顔は意識して表情として貼り付けるものだと考えていたが彼女は僕の笑顔を引き出してくれているのかも知れない。

 笑顔がこぼれるとでも言うのだろうか。不思議な感覚だ。



 そんなことを考えていると彼女は姿勢を正した。次は私の番だと言うように綺麗な瞳が僕をしっかりと見つめる。


 ずっとこのままでいれたらな……




「じゃあ私の番だね」

 次は僕が聞き手だ。

「お願いします」

「実は私も脳に腫瘍があるんだよね。私の場合は前頭葉の中間部分なんだ」

 驚いたな。場所まで同じなんて。

 彼女は更に説明を続けた。

「私はさ、病気が進行するとうまく喋ったり書いたりできなくなるんだって。そんで、だんだん無関心になって……」

 彼女を見ると泣いていた。

「ご……ごめん……なんか、涙が出てきて……」

「想像しちゃったんだね。わかるよ」

 僕も想像したんだ。君と話せなくなることを。だから気持ちはわかる。


 暫く彼女は嗚咽混じりになんとか泣くのを耐えようとしていた。

 だけど、そうもいかないようだ。

「うぅ……なんで……なんで私たちなのかな?」

 消え入りそうな涙ぐんだ声が僕に問う。

 いったい君がその質問を考えるのは何度目だい? 僕は最近いつも同じようなことを考えているよ。だけど、僕にその問に対する答えは用意できないんだ。僕だって知りたいよ……

 答える代わりに僕は彼女の頭を撫でた。

 緊張で少し手は震えてしまったが彼女は次第に落ち着きを取り戻した。

「ありがと……」

 涙を手で拭い彼女は呟いた。

「どういたしまして。なにか飲み物買ってくるよ。なにがいい?」

 尋ねると彼女は一瞬考えて直ぐに僕を見る。

「一緒に行く」

 涙で濡れたとても素敵な笑顔に、僕の心臓が大きく跳ねた。

 


「そ、そうしようか」

 慌てて僕は立ち上がる。

「行こっか」

 彼女の左手が僕の右手を引っ張っていく。



 女の子と手を繋いで歩くのは初めてだった。

 周囲からの視線が気になり見回すが、まわりにいる人は僕らに興味がないようだった。


 並んで歩くと彼女は思っていたよりも小さかった。そして、手は小さく、腕は細い。まるで、絵に描いた病人のようだった。

 僕は彼女の余命を聞いていないが自分よりも短いであろうことを悟った。


 そして彼女の話を思い出して今度は僕が泣いてしまった。

 ばれないように涙を拭こうとしたが直ぐにばれてしまった。

「え……なんで?」

 彼女が問う。

「わかってるくせに」

 彼女は足を止めた。

「私を想って泣いたの?」

 確認するとは趣味が悪い人だ。

「だったら悪い?」

 僕はなんだか恥ずかしくなってきた。

 答えても返事が無かったので彼女の方を見ると静かに大量の涙を流していた。

「え!? ちょっと! 大丈夫?」

 僕は慌てふためいていると、今度は彼女がガシッと僕に抱きついてきた。


 度重なる緊急事態のせいで、僕の思考はそこで停止した。

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