第108話逃げ道

 漠然とだが、誰かの逃げ道になるような小説を書きたいという思いがある。


 逃げることは一般的に、あまり良くないこととされている。

 そりゃそうだ。

 人生では戦わなければならないことの連続だし、前へ前へと進んでいく方が事態は好転することが多い。


 だけど、ずっと前向きでなんていられないものだ。

 時には逃げ出したくなる。

 ほとんどの人がそうだろう。

 そんなときに逃避できる先、逃げ道になるような小説を書いてみたい。


 平穏な日常の話がいいな。

 誰からも攻撃されることのない、平和な箱庭の世界。


 ひとときだけでもそんな物語の中に没入できたなら、少しは気持ちが楽になるのではないか。

 そしてまた気持ちが前へ向いたら人生を戦えばいい。


 小説とは限らないが、多くの人はそんな逃げ道を持っていて、戦いと休息のバランスを取っているのだろう。


 まあ、中には僕のように、できる限り逃げていたいと思っているダメな人間もいるわけだが……。

 僕はどうしても逃げられなくなったときにだけ恐る恐る戦い、それ以外のときずっと困難から逃げ回っている臆病者である。


 いつも逃げ道を探している。

 そんな僕が、他人の逃げ道になるような小説を書きたいと思っている。

 何だか変な話だ。


 上手な小説を書く自信はない。

 だが、逃げ道が欲しいという気持ちだけは人よりも強い。


 もしかしたら、同じような気持ちを持った読者に共感してもらえるかもしれない。

 臆病者の僕でも、誰かの逃げ道を作ってあげられるのではないか。


 そんな僅かな希望を持って、細々と小説を書いている。


 色々なものから逃げた結果、書き始めた小説だ。

 小説からだけは逃げたくないものである。


 では、また。

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