第106話楽器屋


 新しいギターが欲しいなと思っとき、行かねばならない場所がある。


 そう、楽器屋だ。

 ……もうね、僕はとにかく楽器屋が苦手なのだ。


 気さくに接してくる若い店員。

 彼らは性格が明るく、ファッションにも気を使っており、そのうえ楽器がめちゃくちゃ上手い。

 僕にないものを全て持っている。


「ギターですか? 試奏されますか?」


 と満面の笑みで尋ねてきてくれる。

 ものすごくいい人なんだろうなと思う。

 だが僕は、自分と違いすぎる人種に出会うとひるんでしまうのだ。


 学生時代にも「勉強もスポーツもできて、しかも性格までイイです!」みたいな男子がクラスに一人はいた。

 そういった人に対して、僕は萎縮してしまうのだ。

 大手楽器チェーンにはそんな、明るくて爽やかな店員さんが揃っている。


「じゃ、じゃあ、試奏お願いします」


 そう言って僕はギターを受け取った。

 目の前には店員さん。

 緊張した僕は「ギョーン」という間抜けな音を鳴らしてしまった。


 初心者でも一日で弾けるようになるような、簡単なフレーズをミスった。

 緊張とは恐ろしいものである。


「お上手ですね!」


 と店員さんが言った。

 誰が聞いても嘘だと分かるようなヨイショである。

 僕は妙に恥ずかしくなってしまって、


「う、うん! このギターいいですね! 買います!」


 と言った。

 数秒弾いただけで何が分かるんだという話だが、とにかくこの状況から抜け出したかったのだ。


 そんなわけで、新しいギターが家にある。

 改めて弾いてみると、とても演奏しやすかった。

 偶然ではあるが良い買い物をしたものだ。


 だが、楽器屋での出来事は恥ずかしかった。

 次はネットで買うことにしよう。


 僕はそう心に誓った。

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