第48話

 どうしようっ、やるしか!?

「うわっ」

 とっさに防御を張ろうとしたのに、かなでにドンと突き飛ばされてゴロゴロと転がる。戦いの輪から抜け出た僕は意図がわからずポカンとしてしまう。

 二人の攻撃を一手に引き受けたかなでは、もはや人間技とは思えない回避をしながら叫んだ。

「二人を操ってる原因があるはずだ! オレが引き受けてる間になんとかして下さいお願いしますホントまじ無理いいい!!」

 かなでは攻撃が来る場所を的確に見定めて、最低限の魔力でシールドを張りながら防戦している。見てるこっちがハラハラするような避け方だ。早くなんとかしなきゃ!

「でも原因って言ったって、どこにあるの!?」

「だはははっ、かすったー! ちょっと切れたー!! まさに首の皮一枚で繋がってるうぅがあああ!」

「キミ結構余裕だろ!?」

「そんなこと無いからタスケテー!!」

 人間テンションが振り切れると笑ってしまうものらしい。

 異様なその光景を見つめていた僕はある事に気付いた。回避しまくってるかなでの上に時折ジジッと誰かの映像が被るのだ。

(まさか!)

 部屋を見回す。目を凝らすと壁の高い位置にぐるりと一周取り付けられた黒い装置が目に入った。瞬きするより短く光が照射されている。

 わかった! これであちこちから光を発射して、かなでに投影しているんだ!

 トリックに気付いた僕は一瞬どの魔法を使おうかと考え、タクトを振るう。

(光の旋律――)

「ライティング!」

 バッと掲げると同時に、小さな太陽並みの光球がフロアを燦然と照らし出す。光で幻影を作り出してるならもっと強い光でかき消しちゃえばいいんだ!

「目がぁ、目がぁぁぁ」

「ふざけてないでっ。二人は!?」

 委員長とつづりちゃんは戸惑ったように攻撃の手を止めていた。ふざけて床を転げっているピンク髪の男は誰だろう? 見覚えがあるような気がするけど…… そんなぼんやりとした表情をしている。

 今がチャンスだ。駆け寄った僕は勢いをつけて二人の頬を引っぱたいた。

「起きて二人ともーっ!!」

「きゃっ」

「おわ!」

 不意打ちに近い攻撃で彼らはよろめいた。ポカンとしているけどその瞳は確かに僕を映してくれた。

「ちょっと何するのよつむぎっ」

「血迷ったか!」

「血迷ってたのは二人の方なんだけどね~」

 かなでのちょっぴり恨めしそうな声に二人はハッとしたようだった。『誰』を見ていたのかは敢えて聞かず僕は声を張り上げた。

「こんなみみっちい真似してないで、正々堂々とかかってきたらどうなんだ、クリエイター!」

 その声に、フロアの緑の光が一斉にブゥン……と落ちる。その直後、重苦しいあの声が響いてきた。

「そう急かすなよ、ようやくレンダリングが終わったところなんだから」

 中央にそびえていた黒い球体が、花でも開くようにゆっくりと螺旋状にほどけていく。その中から現れた人物はこの世の物とは思えないほど神々しい姿をしていた。

 背が高くプラチナブロンドの髪を足元まで流した男の人……? 整った顔立ちもあって女の人のようにも見える。スラリとしなやかな肢体をゆったりとした白い布の服で纏い、その頭の両サイドには魔王のように立派な角が生えている。

 彼(?)は目を閉じたまま側の台座に置かれていた赤く輝く球を手に取った。そしてそのまま顔を近づけたかと思うとグッと目に――

「う、うぇぇ」

 グチュグチュと生理的に嫌悪をもたらす音が響き、球が眼球に収まる。スッと目を開けた彼は普通の人間のように語り掛けてきた。

「ちょっとデザインが厨二すぎるかなとも思ったんだけど、ラスボスなんだからこのくらい分かりやすい方がいいだろう?」

「倒される覚悟があるってこと? いい心がけね」

 緊張したように構えたまま言うつづりちゃんに、影はニッコリと笑って見せた。

「倒されるのは主人公である君たちに決まってるじゃないか。ハッピーエンドなんて皆もう飽き飽きしてるんだ。民衆が求めてるのは残虐で血にまみれて、己の欲を満たしてくれるような話ばかり。勧善懲悪ものなんて今さら流行らないんだから」

 その笑顔のまま目を見開く。手を滑らせると空間から羽根ペンが引き抜かれ、詠唱すらなく繰り出された強烈な風に僕らはふっ飛ばされた。

「うっ、ぐ!」

「わっかんないかなぁ! クソつまんねぇお前らの話にできるのはグチャグチャに潰されて血が飛び交う悲惨な最期ぐらいなんだよォ!」

 一気に凶悪な顔をした影は次なる攻撃をチラつかせるように羽根ペンを弄ぶ。う、わ、何あの魔力。

「楽してチートで俺TUEEEの異世界転生!? イケメンに溺愛されてドロドロに甘やかされたいだけの悪役令嬢!? 世に流行るのはそんなんばっかり!! どれ一つ満たせないお前らはゴミ! 屑! まさにカス!」

 それを聞いていたかなでがイラッとしたように口を挟んだ。

「そういうのは要素の一つでしかないだろ。本当に面白い話を書ける実力があるならどんなジャンルだって頭角を出すはずだ」

 立ち上がった元作者代理は、吼えるようにこう続けた。

「自分で始めたモノガタリを出来損ないだと決め付けんな! バッドエンドで叩き壊そうとするなんてどんな三流物書きでもやらない!!」

「僕たちの話をそんな枠組みに嵌めないでよ!」

 つられて僕も叫ぶ。彼をまっすぐに見つめながらどうしても聞きたかったことを口にした。

「僕たちの世界を一番最初に構築したのはキミなんでしょ? 僕は術式魔導師じゃないからよくわからないけど……でも、話を書き始めた時、何を書きたかったの? 何を伝えたかったの? そういう想いが確かにあったはずでしょ?」

「……うるっさいなぁ、そんなんもう忘れたよ」

 顔をしかめる影に対して、つづりちゃんも苦言を申し立てる。

「一度は見放された話が作者の筋書きなしにラストバトルここまでたどり着いたのよ。少しは私たちに敬意を払ってもらいたいわね」

「……るさい」

「もうこの話は貴様の手元を離れて一人歩きをし出している証拠だ、手を引けクリエイター!」

「うるさいうるさいうるさい!!!」

 ついに叫んだ影が重力波を放つ。すでに疲れてボロボロになっていた僕たちの身体が悲鳴を上げた。

「くっ、あ……!」

「ははははは!! 偉そうな説教を垂れておきながらその体たらく! やはり作者は絶対の神なのだ!」

 さらに追撃で鋭い真空の刃や灼熱の炎が襲ってくる。すぐに僕達は傷だらけになってしまう。


 苦しいっ、でも でも!!


『そうねぇ、それじゃ改めてチームを組んでもらえないかしら』

『ま、良いだろう』

『しゃー、そうと決まったら祝杯あげよーぜ、委員長のおごりで』

『何ィ!?』


(あ……)

 ふと、これまでの思い出が蘇える。


『かなでーっ、課題終わらせたの!?』

『……センセの記憶を改ざんして、宿題がなかったことにできないかな』

『やめんか! 貴様が言うと洒落にならん』

『懐かしいわねぇ』


 それと同時に、これから待ちうけているはずの楽しい未来を思い描くことができる。


『ほら、みんなで一緒に卒業するんでしょ!』


 そうだ、こんなところで終わりになんてさせない!


 主人公ぼくがさせない!!


「ガイアシールド!!」

 口を開くことさえ難しい圧力の中で、無理やり皆を覆う防御を発動させる。

 かなり荒っぽく構築したせいか、術にまとまりきれなかった魔力の残滓がそのまま逆流リバースして精神回路に突き刺さる。

「うっ……ぐ!」

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