第47話
用意された道を進んでいくと、暗闇の中に白く光る円盤状の板が現れた。四人が乗ってもだいぶスペースが余るほど大きい。その手前で緑の光が矢印の形に光っていて↑↑↑と表示されている。
おっかなびっくりそれに全員乗り込むと、ふわっと斜め上に向かって動き始めた。どうやら自動で運んでくれる床らしい。
「わ……」
ふいに視界が開けた。トンネルを抜けて幹の内部が一望できる場所に出たのだ。
改めてこの大樹の大きさにボーゼンとしてしまう。幹の内部は向こうの壁が霞んで見えるほど遠い。
木の中にまるごと街が入っているようなものなんだ。僕らが先ほどまでいた『ハピネスモール』が街の中心あたりに見える。屋根に大きく書いてあるのですぐに分かった。
僕たちが今乗っている白い円盤は、どうやら幹の壁をなぞりながらグルグルらせん状に上っていくようだ。
「どこまで昇っていくのかしら、首が痛くなるわ」
つづりちゃんに習ってみんなで上を見るのだけど、確かにてっぺんが見えないほど高い。
ところどころに空いた木の洞から、外の不気味なほどに赤い光が差し込んでいる。すごく不思議な光景だった。
僕らは警戒を怠らないようにしながらも座ることにした。
端に座って足をブラブラさせてるかなでの隣にかけ、僕はぼそっと言う。
「魔力、ちょっとあげる」
「ん?」
つづりちゃんと委員長が『マザー』と会話してこちらを見ていないのを確認して早口で言う。
「これから『影』――じゃなくてクリエイターだっけ――のとこへ行くのに、魔力すっからかんじゃまずいでしょ。本当はいけないことだけど特別」
「いいよ、何とかする」
おとりくらいならできるし、なんて言う幼なじみをムッと睨む。
「ダメ、せめてシールドくらい張れるようにしておかなきゃ」
真剣に言うと、かなでは少しだけ驚いたように黙り込んだ。僕はじれったくなって乗り出す。
「ほら二人が見てないうちに、どうやったら渡せるの?」
「んーと、じゃあせっかくだし。魔力が水に溶けやすいって知ってた?」
「水?」
「と言うより粘液かな。だからオレがつむぎに返すときはこうしたんだけど――」
スッと顎に手を添えられて、顔が近づいて来――るぉわぁ!?
「なにするんだよバカっ!!」
「えー、つむぎから誘ったくせにひどーい」
寸前でガッと止めると、残念そうな声を出して離れる。ゆっ、油断も隙もあったもんじゃない……
「ちぇー、じゃあ手でいいよ」
答える前に床についていた手に上からそっと重ねられる。すぐにじわりと暖かくなって、何ていうのかな? 内側から張り裂けそうになっていた魔力が少しずつ向こうに移動していくのが感じられた。
(あ……)
その感覚でストンと、理解した。
かなでは唯一無二の相棒なんだ。
恋人じゃない、夫婦でもない、だけどコイツとはきっと魂レベルで寄り添ってしまっている。
それはあたかも双子のように、失うのはきっと身を引き裂かれるよりツラい。
「……勝てるかな」
「勝たなきゃね」
こうやって二人並んで夕焼け世界を見てるなんて、まるで昔みたいだ。違うのは明日が来るか来ないかってことぐらい。
それを思い出した僕は、幼いときいつも決まって尋ねていた事を言った。
「明日、晴れるかな?」
「きっと雲ひとつない青空が広がってるよ」
ぎゅっと手に力を込められて、僕は少しだけ微笑んだ。
***
永遠にも思える移動は、唐突に終わった。ある地点まで来た円盤床が、ゆっくりとスピードを落としてついには停止してしまったのだ。
「止まった?」
「故障かな~」
すでに下の街は見えなくなっているのに、上にもまだまだ距離がある。えぇぇ、どうしろっていうんだよ。
「ちょっと勘弁してよ、こんなところで朽ち果てろっていうの?」
青ざめたつづりちゃんが壊れた魔具を直すようにダンと足元を踏みつける。と
「え」
ググッと少しだけ沈んだ床は、次の瞬間ドカンと発射された。
「うわぁぁぁ!!」
「掴まれ! 振り落とされるなよっ」
みんな這いつくばって重力に耐えている。ま、ま、まって、これもしかしたらどこかに激突するんじゃ――!
ぼよんっ
「むっ、ぐ!!」
恐怖を覚えると同時に、いきなり全身を柔らかい何かに受け止められる。それでもスピードは留まらずそのままの勢いでゼリー(?)を突き破っていく。
もう上も下も分からなくなり、目が回ったかと思うと、
「っぷは!」
気付けば固い床の上に仰向けになって転がっていた。
慌てて上体を起こすとみんなも近くに居た。うめきながら頭を抑えている。
「ううう、何度放り投げられれば良いのだ」
「ここは――」
パッといち早く身を起こしたかなでの声で僕も辺りを見回す。
そこは黒々とした無機質なタイルが全面に張り巡らされた円形状の広いフロアだった。ぼんやりと薄暗い室内を照らしているのは足元を走る緑の光。
その光が向かう先を見つめた僕はある一点から目を離せなくなった。僕の身長を三倍にもしたような大きな黒い玉が、部屋の中心に置かれている。
「あれがクリエイター?」
球体にも同じように緑の光が走っていて、あちこちのランプが点滅を繰り返している。静かにブゥゥン……と言う音を出して居たけど、動く気配はない。
ふと、みんなからの反応がないことに気付いて辺りを見回す。仲間たちの姿は闇の向こうに消えていた。
「みんな……?」
一歩踏み出そうとしたその時、僕はギクッと足を止めた。視界の端に何かうずくまる物が居る。
「誰!」
防御魔法を展開しながら振り返ると、影はゆっくりと立ち上がった。
同じ目線、鏡に映したようにぴたりと同じ体格、見慣れたその顔にひやりと冷たいものが背筋を伝わる。
「……」
「ぼ……く?」
見間違うはずがない。暗いまなざしのその子は僕自身だった。
彼女は虚ろな瞳でほとんど聞き取れないくらいの声でささやく。
「許せない」
「許しちゃダメなのに」
同時に横からも後ろからも声が聞こえて来て弾かれたように振り返る。気づけば何十人もの『僕』に囲まれていた。
その姿はみな一様に悲惨な物で、腕がなかったり丸焦げだったり、思わず目を背けてしまいたくなるような姿をしている。
ドクン、ドクンと鼓動が加速していく。少しずつ蘇える遠い過去の記憶が脳を掠めては心を蝕んでいく。
「僕はかなでに焼き殺されたんだ、覚えてるでしょ」
「僕は絞め殺された、苦しかったよね?」
「良い様に慰み者にされた」
「手酷く×された」
「どんなに泣いても許してくれなかった」
「思い出せ」
「僕は」
「僕たちはアイツに酷いことをされた――」
「違う!」
ささやき声を振り払うように炎を一閃放ち、亡霊たちを牽制する。
「それはアイツの、かなでの意思じゃなかったんだ! 世界のルールに巻き込まれていただけであって」
「誰がそれを証明できるのさ」
「バカだなぁ、あっさり信じちゃって」
「それが、かなでの作り話だったとしたら? アイツが嘘つきなのはキミもよく知っているだろう?」
呆れたようなささやき声が揺れる心をさらに揺さぶる。
そん、な
耳を塞いでうずくまる僕に覆いかぶさるよう幻影が迫ってきた。
「さぁ今からでも遅くない」
「アイツを殺して、クリエイター様にエンディングを捧げるんだ」
クリエイター、様?
その一言でパッと顔を上げる。タクトをビュッと振った僕は足場に風力を発生させると幻影たちを飛び越した。
恨めしそうにゆらゆら揺れているそいつらから視線を外さずに言い放ってやった。
「ありがとう、目が覚めたよ。キミたちは過去の僕じゃない、影が作った幻影だな」
「なぜだ」
「あと少しだったのに」
「忌々しい」
そんなの決まってる。
「僕は影を軽蔑してる。間違っても様付けなんか絶対しない」
「……」
そう宣言すると、僕を模した幻たちはサァと砂が水に溶けるように消えていった。その向こうに見えてきた光景にギョッとする。
「つむぎ助けてぇぇ、もーだめぇぇ」
かなでが、つづりちゃんと委員長の攻撃を紙一重で避けながら泣き声を上げていたんだ。慌てて助太刀に入りながら状況を尋ねる。
「どうなってんの!?」
「たぶんオレが敵に見えてるんだと思うっ、さっきから呼びかけてるんだけどまるで反応がなくって!」
「うわっ」
つづりちゃんの氷の針を跳んで避けながら彼女を正面から見る。その瞳はどこか焦点が合っておらずどこか遠いところを見ているようだった。
「どうして……なんでアンタが居るのよ、アタシがどんな気持ちで学校へ入学を決めたと……!」
「つづりちゃん! 目を覚ましてよっ」
ピリッと肌の表面が引きつるのを感じる。慌ててしゃがむと委員長の雷が頭上を通り過ぎていった。
「なぜこのような仕打ちをなさるのですか……貴方を超えるなど僕には……」
「委員長!」
こちらも『僕らではない誰か』を見ている委員長が肩を震わせる。
彼らはキッと顔を上げたかと思うと、同時に飛び掛ってきた。
「っらああああ!!!」
「あああああっっ!」
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