第43話

 目を閉じて自分の中の魔力をぐるりと探ってみる。深いところで巨大なケモノと目があったような気がしてヒッと悲鳴をあげた。

「な、なんか居る! おっきい魔力が僕のなかに」

「いったい何をしたというのだ」

「何って、かなでが返すって」

「?」

「……!?」

 その時、閃光のように記憶がフラッシュバックした。そういえばあの時、ドサクサにまぎれて何かされたような……いやっ、えええ!?

「どうした、顔が真っ赤だぞ」

 完全に思考停止した僕の後ろで、かなでがなんでもないように言う。

「だからぁー、借りてた魔力を返しただけだって」

「それが分かんないから説明をしなさいっていってんのよ」

 ど、どうしよう、まともにそっちを見れない。

 だ、だ、だって、 キ――

「この世界における魔力っていうのは、空気中のマナを取り込んで変換し作り出すエネルギーでしょ。でも別次元の存在であるオレにその器官は備わってないの。トーゼン魔力を作り出すことも出来ないわけよ」

「そうなの?」

「なるほど、それでつむぎから拝借していたと言うわけか」

 委員長の言葉にピンポーンなんて答える。

「オレとつむぎの間にちょいとパイプのようなものを作って、つむぎ→かなでで魔力が流れるように――」

「魔力の窃盗は極刑ものだ馬鹿者ーっ!!」

 委員長のカミナリが落ちて、かなでが黒コゲになる。あわわ……

「これでようやく分かった。中間試験の時につむぎが『魔力の回復スピードが異様に遅い』と指摘されていたのもそれが原因か」

「作る片っ端からかなでに流れちゃ、そりゃそうなるわね」

 え、それじゃホントのホントに、この魔力は僕のものなの?

「ホントは少しだけ借りるつもりだったんだ、ただ、つむぎの魔力が膨大すぎて、一度流れ始めたらせき止められなくって……」

 めずらしくショボンとするかなでは捨てられた子犬みたいな目で僕を見てきた。

「魔力がすっからかんじゃ魔導学校なんか入れないじゃん。それでも側に居たかったんだ」

 ドキッとして目をそらす。

「つむぎ、怒ってる?」

「も、もういいよ。過ぎたことだし」

 な、なんで僕、こんなドキドキしてるんだろう?

 その時、炎を食べ終えたチロがげぷっと大きな声をたてた。天の助けとばかりに僕はそちらに飛びつく。

「チロ! 具合はどう?」

 すっかり元気になったチロは、そのままつづりちゃんのフワフワ髪にとびつく。すぐに『ふぁ、ふぁ……』と、クシャミの予備動作をし始めた。

「ぎゃああ! ちょっとやめてよ! 人の、背中でっ、巨大化すんなーっ!!」

 慌てたつづりちゃんが、チロをパッと掴んで素晴らしいフォームでブン投げる。

 空を舞ったサラマンダーは、くしゅっと可愛いクシャミをしたかと思うと爆発した。


 キュォォオオン!!


 すぐにケムリの中から、真紅に輝く竜が飛び出す。僕たちは飛び上がって歓声をあげた。

「やったぁ!」

「でかしたチロっ」

 あれ? なんだか今までとちょっと違うような。

「なんかオプションが増えてるような気がするんだけど……」

 そう、二枚だった翼は六枚になり、額には鋭いツノが生えている。爪は鋭くなってるし全体的なサイズも大きくなってるみたいだ。

「すげーっ、進化した! 進化!」

「いやおかしいでしょ!?」

「なんでもいいっ、乗り込め!」

 委員長の合図で、みんなが背中に乗る。最後のかなでが飛び乗って、チロは助走を始めた。

「「いっけぇぇぇえ!!」」

 グンッと重力を感じた次の瞬間、僕らは飛んでいた。背中の突起につかまって、振り落とされないように踏ん張る。

 風がビュンビュンと耳元でうなり、すぐに地面が遠くなった。


***


 翼の増えたチロは素晴らしいスピードで目的地まで運んでくれた。崩れた廃墟を目にして、委員長が飛び降りる。

「キジョウ遺跡だ……」

 それは、そこに何かあったかすら分からないほど荒れ果てた遺跡だった。辺り一面に草が茂り、かろうじてポツンポツンと石組みが残っている。

「放置されてるとは聞いてたけど、ここまでとはね」

 少し風が強くなってきて、つづりちゃんが髪の毛を押さえながら言う。その足元をひんやりとした瘴気が流れて行った。

「それで『影』はどこにいるんだろう」

 僕は辺りをキョロキョロ見渡すのだけど、人どころかマモノすら居なかった。

「ホントにこんなとこに居るのかねー、王子に騙されたんじゃね?」

「そんなこと……」

 その時、遠くの岩陰に何か見えた気がした。僕は気になってそちらへ向かう。

「?」

 そこにあったのは、こんな草原にあるのが不自然なほど立派なデスクだった。

 マホガニーで出来たどっしりとした机、揃いの椅子。書きかけの原稿用紙が何枚か散らばっていて、倒れたインク壺がその上に染みを作っていた。

「なんだこれは」

「こんなところで誰か執筆活動でもしてたの?」

 みんなもやってきて、驚いたような顔をする。見るからに怪しくて警戒するのだけど、最後にきた人物だけはひょいと原稿用紙を取り上げた。

「……『その晩は触れれば切れてしまいそうなほど薄い三日月の夜だった』」

「読めるの?」

 驚いてかなでを見つめる。だって原稿用紙の字は見たこともない字だったんだもの。

「んまぁ、全部は読めないけど……これ『影』の原稿用紙だよ」

 次々と紙を送って読んでいた彼は、ちょっと顔をしかめてつぶやいた。

「ぜんぶ中途半端だ」

 委員長が黒い液を指ですくってこすり合わせた。

「倒れたインクがまだ乾ききっていない。つまりさきほどまで『影』はここに居たということか」

「もしくはどこかに隠れて、アタシたちを見てる――とかね」


 グルルル……


 その言葉にみんなハッとして身構える。どこに隠れていたのか、獰猛な目をしたウォルフたちが唸りながら出てきた。

「囲まれてるっ!」

「チィっ、いつの間に」

 いち早く反応した委員長がバッと手を上げて雷撃を放った。

「ライトニングボルト!」

 バリバリバリッとすごい音がして、ウォルフたちが一瞬怯む。だけど逃げていく様子はない。

「どうする、突破口を開いて一度引くか!?」

 すぐに増幅魔法の準備に入る委員長を、かなでが止めた。

「待った、もしかしたらコレ」

「なんだ!」

「……つづっちゃん、解読手伝って! つむぎと委員長は防衛!」

「「「了解!」」」

 かなでの真剣な声に、皆詳しいことは聞かず動き出す。

「文章パズルになってるんだ、正しく文を組み立てれば道が開ける、と思う」

「曖昧ねぇ、で、アタシは何を手伝えばいいの?」

「オレが怪しい単語をこっちの言葉で書き出すから、つづっちゃんはそれを並び替えて……」

 文字書き二人の会話を背中に、僕はタクトを構える。


 ――地表を翔ける、大気の流れよ


 風のリズムにとつぜん裏拍が入る。驚いて横を見ると委員長がコクッと頷いた。

「「ブリザード!!」」

 氷と風のミックス魔法が吹き荒れる。飛び掛かろうとしていたウォルフたちが一瞬で氷漬けになった。

「やったぁ! 二人で出来たっ」

「ふっ、当然だ」

 飛び上がってハイタッチをしていると、後ろから微妙に怨めしそうな声がとんできた。

「お二人さーん、イチャつく前に次、次」

「なっ、誰がイチャついてなど……」

 けど、かなでの言うとおり次の大群が氷漬けの仲間たちを飛び越えて来た。

「ひぃっ!? まだまだ来る!」

「キリがないな!」

 もう一度タクトを構えて直す。まずいよ、このまま来られたら……

 その時、パズルを解いていた二人が言った。

「文章にはなったわ! だけど」

「どうしたのっ?」

「ピースが足りない。最後の一文がどうしても埋まらないんだ」

 イラだったように頭を掻いたかなでは、羊皮紙を読み上げ始めた。

「『超えていこう どこまでも いつかみた 黄金の虹を渡り』」


 ――約束の地は遠いけど 同じ空の下


 何気なくつぶやくと、二人がハッとしたようにこちらを向いた。

「知ってるの!?」

「それ、お父さんとお母さんが僕に作ってくれた歌と同じ……」

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