第44話

 その時、一人で耐えていた委員長が慌てたように叫んだ。

「まずいぞ! さらに集まってきた!! くそっ、どこから来て居るのだこいつらは!」

 そちらを見れば、ウォルフの大群が波のように押し寄せてきた。さらにその後ろから別のマモノたちまで……

「つむぎ! 最後の一文は!?」

「えっ、ちょっと待って、えっと……」

 えっと、確かあの歌の最後は


 ――流れる風に想いを乗せて いつか届けば良い


 つぶやいた瞬間、僕らの足元にいきなり魔法陣が現れた。

「!?」

 ふわっと浮き上がったかと思うと、上空に運ばれていく。見ればみんなも同じように飛ばされ始めていた。

「わっ、わっ」

「レビテト(浮遊魔法)かっ?」

 ぐんぐんと登っていく僕らは、次第に投げ飛ばされるようなスピードになっていた。

「「うわぁぁぁっ!!」」

 上も下もわからない。一瞬視界が真っ白になった次の瞬間


 ドサッ


「ぶふっ」

 いきなり地面のようなとこに投げ出されていた。

「うごっ」

「ぎゃふっ」

「きゃっ」

 慌てて顔を上げると、みんなが同じように投げ出されてへたり込んでいる。僕は慌ててそちらに駆け寄った。

「みんな平気!?」

「今度こそ終わったかと思ったわよ……」

 つづりちゃんがよろめきながら顔を上げる。うん、僕も思った……

「チロは?」

「アタシの髪に絡まってるわ。ちょっと疲れたから寝てるみたい」

「しばらく休ませてあげよう」

「しかしどこに飛ばされたのだ」

 頭に葉っぱをつけた委員長が言う。

 そこはゴツゴツした茶色い壁に挟まれた通路で、上には赤く染まった空が見えた。

「よっと」

 かなでが壁をよじ登る。その後に続いた僕は壁の向こうから見えてきた光景に唖然とした。

「……」

「……」

 夕焼けの海岸と見間違うばかりの、赤い雲の海だった。少し歩いたところでいきなり地面が切れているんだけど、その先はどこまでいっても雲の海が地平線の果てまで続いている。

「空の、上?」

 夕焼け世界の中で、僕たちはボーゼンとしていた。

「なにこれ、どこ?」

 そういうだけが精いっぱいで、ぎこちなく振り返る。そこにあった光景に、今度こそ僕はド肝を抜かれた。


 最初は巨大な茶色い壁があるのかと思った。だけど首が痛くなるくらい視線をあげると、崖の途中から緑の葉っぱが覆い茂っているのがわかる。


 今までみた一番大きな木を百万倍にもしたような、それはそれは大きな木がそこにあった。

「この通路、あの木の根っこの間よ……」

「なんという大きさ……」

 委員長の声が静かに消えていく。空想を遥かに超えるスケールに、僕らは圧倒されていた。



 ――やぁ、無事に上がってこれたみたいじゃないか

 ふいにどこからか響いて来た重苦しい声に、みんなが一斉に我に返りバッと身構える。

 ――ふふ、そう警戒しなくてもいいよ。そこには居ないからさ

「影! どこに居る!」

 委員長の鋭い声にも相手は楽しげに笑うだけだった。

 ――まったくさ、王子も使えないよなぁ。弱いしあんな安っちぃ説得にすぐ絆されちゃうんだから

 言い返そうと口を開く前にぞっとするような冷たい声が続く。

 ――そこの代理人含めて本当に使えない奴らばっかりだ。やっぱり頼れるのは自分だけか

 姿が見えたのならきっと口の端をつり上げているだろう表情が目に浮かぶ。僕たちはもう誰もしゃべらなかった。

 ――ここまで上がっておいでよ主人公たち、作者様みずからがラスボスになってあげる。決着を着けようじゃないか


 ――バッドエンドへようこそ


 それきり通信は途絶えてしまう。肩のチカラを抜いた僕らは詰めていた息をようやく吐いた。かなでが場の空気を和ませるように明るい声を出す。

「馬鹿とラスボスは高いところが好きって相場が決まってるもんよ。たぶん木のてっぺんだよね~」

「これで実は地下に居るとかだったら変化球すぎるよ……」

 とりあえずその場で固まっていても仕方ないので、辺りを探索しはじめる。木の根っこをたどっていくと、幹のところに洞(うろ)があった。

「ここから中に入れそうね」

「だが他にも入り口はありそうだぞ。どうする?」

 委員長の言うとおり、隣の根元からも中に入って行けそうな穴が空いていた。中は段差になっていて、一度落ちなければ先を確かめられなくなっていた。

 しばらく考えていた彼は、決断を下した。

「二手に別れよう。全員で一つに行って詰まるより、片方でも進めば内側から開けられるかもしれない」

「了解。じゃあアタシは――」

「かなで」

 誰かが意見する前に、僕は指名していた。

「一緒に来て」

「うん、いいよ」

 少しビックリしていた二人も、頷いた。

「揉めている時間も惜しいな。それで行こう」

「いつもみたいに何かあったら爆発音を三回。それで良い?」

「わかったよ」

 委員長がスッと手を差し出す。みんなそれに手を重ねた。

「これが最後のミッションだ。最終確認! 目標は『影』を見つけ出し、なんとしてもこの世界の崩壊を止めること。いいな!?」

 全員コクッと頷く。それを確認した委員長が叫んだ。

「たんぽぽ組、いくぞ!」

「「「おうっ!!」」」


***


 木の洞に飛び込んだ僕らは、明かりを灯すと中の構造に圧倒されていた。

「ほ、ホール?」

「木の中っつーより、施設みたいだねこりゃ」

 木の中は内側から金属の板が打ち付けられていて部屋のようになっていた。見た目に反する機械的な光景に面食らう。

「あった、階段!」

「行こう」

 部屋の奥に上へと登る階段を見つけ走り出す。途中でよくわからない乗り物とか、大掛かりな機械の横を通り過ぎるのだけど確かめている時間はなさそうだ。

「これって戦闘機? ドックなのかもしれないな」

「戦闘機って――このおっきなのが飛ぶの!?」

 驚いて階段の途中から錆び付いた鈍色の機体を見下ろす。

 ドラゴン化したチロよりもおっきいそれは、翼が折れて痛々しい姿で横たわっていた。

「あれも古代文明の遺産だと思うよ、まさか空の上にあったなんてなぁ。そりゃ見つからないわけだ」

「古代文明……僕らの時代の前に滅びたっていう?」

 そういえば、つづりちゃんの魔具も古代文明を模してるんだっけ。

「こんなにすごい技術をもった文明が、どうして滅びたんだろう」

「さぁてねー、逆に文明が発達しすぎて、ケンカしたらうっかり全世界ブッ壊しちゃったとかそんなオチな気がするけど」

「えええ、そんな馬鹿な話なの?」

「案外そんなモンかもしれんってことよ。さぁ行こう」

 重たい扉を開けると、さらに階段が続いていた。今度は金属的じゃなくて木の階段だ。ずっと先に出口があるみたいで、まばゆい光があふれている。この道で大丈夫だろうか。

「で、何?」

「え?」

 後ろを走ってたかなでが、唐突に尋ねてくる。

「オレに聞きたいことあるんでしょ? だからわざわざ指名なんかしたんじゃないの」

「……」

「いいよ、何でも言って。今さら何聞かれたってオレは何とも思わないよ」

 少しためらった僕は、振り向かずに打ち明けた。

「歴史」

「ん?」

「その古代文明って言うのも、『影』が作った設定の一つなのかな」

 ずっと疑問に思ってたんだ。もしモノガタリロンが本当なら、この世界の本当の始まりっていうのは、いったいどこからなんだろうって。

 その一言で察したのか、かなでがためらうように言った。

「つむぎ、もしかして」

「僕の『いなくなった両親』っていうのも、本当に居たのかな?」

 いつの間にか歩みは止まっていて、ゆっくり振り返る。今の僕は青ざめた顔をしてるに違いなかった。

「だって、出来過ぎじゃない? どうしてこの空の島に来るのに必要な呪文が、僕の両親の作った歌の歌詞だったの? 最初っから仕組まれていて、彼らは僕にこの歌を残してくれたの?」

 ずっと耐えていた涙がぽろっとこぼれ落ちる。

「この歌はお母さんが歌ってくれたのに」

 今でも思い出す。むかし僕は夜眠るのが怖かったんだ。

 そんな時にいつも揺り椅子の上で優しく歌ってくれた歌。暖かな暖炉の灯りに照らされて、いつの間にかウトウトして、お父さんが笑いながらベッドに運んでくれる。本当はまだ起きているんだけど、抱っこして貰えるのが嬉しくていつも寝たふりをしていた。そうしている内に、ゆらゆらと揺らされながら、夢の世界に落ちていく。

「この記憶も、お父さんもお母さんも、ぜんぶぜんぶお話の中の『設定』なのかなぁっ……!?」

 泣いてる場合じゃない。頭ではわかってるのに止まらなかった。

 うつむいていた僕のそばに来たかなでが、肩をグッと掴んで顔を上げさせる。

「!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る