第41話
わざと足を踏み鳴らして自分の存在を主張すると、煤だらけの広場の真ん中で王子はゆっくりとこちらに振り向いた。
僕らは変な小細工をせずに、正面から行くことを決めたのだ。僕の両脇を固めるようにつづりちゃんと委員長が魔具を構えている。
「やぁ、遅かったね」
「話って?」
僕は緊張を解かないまま聞く。王子はあの時の慈悲深い笑みそのままで、両の手の平を広げた。まるで敵意は無いんだよと言い聞かせるように。
「そう怖い顔をしないで、君にとっても悪い話じゃないから」
「どういうこと?」
「まず誤解を解かせてくれ。君は自分が庇った女の子のことを覚えているか?」
それって……ポット村を飛び出した後の?
「これをごらん」
王子はサッと羽根ペンを振るう。すぐさま水属性の青い光が宿り一枚の水鏡が現れた。
「なんだ?」
しばらくするとボンヤリと何かの映像がその中に浮かび上がる。
怪訝そうな声を出す委員長のとなりで僕は息を呑んだ。だってあの女の子が……王子の魔法に貫かれて死んだはずのあのコが笑顔で誰かと一緒に歩いていたんだから!
「これは……」
あの時より少し大きくなった彼女は、どこかの街道を歩いていた。見たこともない動物に荷台を引かせて、となりの男の子をからかうようにちょっかいを出している。その後ろで御者代に乗ったヒゲのおじさんが大口を開いて笑っていた。
「彼女はこちらの世界で死んだ後、この世界に転生した。今では旅の一座に拾われ幸せな日々を過ごしているよ」
「転生……って」
混乱する僕をまっすぐに見て、王子はハッキリ言った。
「そう、この世界で死ねば次の世界へ行ける。彼女はこの不自然で歪んだ世界から脱出できたんだ。僕が、させたんだ」
王子は目を輝かせたままで続ける。
「そうさ、この
熱弁を振るう彼はどこか狂気じみてて、僕は冷たいもので背中を撫でられたように感じる。
「ごらんよ彼女の顔を! あのコはやっと自分のモノガタリを歩き出したんだ! カミサマなんか居ない、自由な世界で!」
彼は瞳孔を開いたまま、こちらを指さした。
「さぁ、時間がない。君たちもすぐに送ってあげよう」
すぐさまその羽根ペンに、聖なる白い光が宿る。いけないっ!
「セレスティア!!」
純粋な光のエネルギーが放たれ、目の前に迫――
「うわぁあっっ!!」
「っ!」
「くっ!」
間一髪、ギリギリで避けた僕らのすぐそばを光球が吹っ飛んで行く。噴水のガレキに当たったかと思うと一瞬でその場を全て溶かしていた。
「どういうことよ!? 王子はあの『影』と組んでたんじゃないの!?」
叫んだつづりちゃんの問いに、王子は軽く笑った。
「もちろん、僕と『影』は協力関係さ。このモノガタリを終わらせるというね」
次なる攻撃が迫る。僕らは逃げるので精いっぱいだった。
「どうして逃げるんだい? 君らだって自由になりたいだろう? このままだと崩壊する世界に取り残されてしまうよ」
村を抜けて、草原の盆地にたどり着いた僕は叫んだ。
「そんなの間違ってる! この世界はダメなんかじゃないっ!」
「いいや終わりさ! もうあちこちで崩壊が始まっている! 半日もたたない内に終わるだろう!」
王子はイラだったように手を振った。
「手間取らせないでくれ! 僕は一人でも多くのキャラクターを救わなければならないんだから!」
「僕たちはキャラクターじゃない、生きてる人間だ! まだ間に合うっ! ……僕はっ!!」
ほとんど叫ぶように続けた。
「この世界を終わらせたくないっ! かなでが繰り返したことにだって意味はあったんだ!」
色んなことをねじ曲げてでもアイツは僕らの側に居たかったんだ。
「その気持ちが間違ってるだなんて、ぜったいに言わせない!」
「ならば力を示してみろ!! 理想を語るだけなら誰にでもできるのだからなぁっ!!」
次なる攻撃を、僕は真正面から受け止めた。砕けた防御魔法をはたき落として、飛び出す。
「いけえええ!!」
振りかぶったタクトを、思いっきり振り下ろす!
「グランドダッシャぁああー!!」
「くっ!」
跳ね上がった土が、王子のバランスを崩す。委員長が続けて指をならした。
「緊急時だ、拘束させて頂くっ」
盛り上がった土からたくさんのツルが伸びて、王子の体に巻きついた。振り返り叫ぶ。
「つづりいけっ」
「任せてっ、『冷厳なる氷雪よ――」
つづりちゃんがトドメの氷魔法を放とうとした、その時だった。
ザシュッ
「か、ハッ……」
一瞬動きを止めたつづりちゃんが、ゆっくりと崩れ落ちる。その背中がみるみる内に赤く染まって行った。
「つづりちゃん!」
「貴様っ……!」
彼女の後ろで悠然と剣を構えていたのは、とにかく大柄な騎士だった。いつだったか、王子と共に学校に視察に来た……。彼は返り血をペロリと舐めてニヤリと笑う。
「そこまでにしといてくんねーかなぁ、リッパな不敬罪だぜぇ、おい」
「あ、アンタ……」
足元のつづりちゃんを楽しそうに見下ろした騎士は、しゃがんでその頭をわしわしと撫でた。
「オイタがすぎるぜ、嬢ちゃん」
「こ、っの!」
魔具を構えようとするのだけど、素早くはたかれる。空を飛んだ赤い機体は、小さな音をたてて草むらに落ちた。
「遅いぞ、デューク」
「へぇへぇ、給料分は働きますよっと」
はぁっとため息をついた騎士は、チャキッと剣を構え――えっ?
気づいた時には僕の右ももから血が噴き上がっていて、一瞬遅れて凄まじい痛みが脳に突き上がった。
「うわぁぁあ!!」
「ぐぁっ」
切られた! いつの間に!?
委員長もやられたのか、わき腹を抑えてうずくまっている。力の差がありすぎる……っ
「はい一丁あがり。王子よぉ、こいつら相手に手間取ってんなよ。もう時間がないぜ」
「そうだな、さっさと済ませよう」
ブチッとツタの拘束を切った王子は、ゆっくりとこちらに歩いてくる。
「ほら、ダメだった。強大な力にはおとなしく従うしかないんだ」
立ち上がろうとするのだけど、痛みでバランスがとれない。やだ……いやだっ! 負けたくないのに!
「大丈夫、なにもかも忘れられる。あの男のことだって忘れる」
「か、なでは……」
「あの男だけはこの世界に置き去りにする」
僕はハッとして痛みも何も一瞬わすれる。まっくらな世界に一人だけ座り込んで泣く姿が見えたような気がして、首を振る。
「だめ、だめだよ……もう独りぼっちになんか……させないって」
「償いだからね。さぁ、この世界に別れを告げるんだ」
王子が慈悲深い笑みを浮かべて、僕のすぐ側に立つ。その手には輝く光の槍が握られていた。
「次の世界では、上手くやるんだよ」
僕はギュッと目をつぶって、最期を覚悟した。
「……?」
なのに、いつまで経っても痛みがこない。
不思議に思って目を開けると、王子はどこか遠くを見つめていた。
「……やはり来たか」
その視線の先を向いた僕は、丘の上に居た人物に目を見開く。
「かなで!?」
見まちがえようがないピンク色の髪の毛が、風に吹かれてなびいていた。まっすぐにこちらを見る目が怒りで染まってる。
「オレの仲間に、何してんだよ」
倒れていた委員長とつづりちゃんも声に気づいたみたいで顔をあげる。その目が驚いたように見開かれた。
「来たなァ! 作者代理サンよお! おいどーした、足ふるえてるぜ?」
つづりちゃんを足蹴にしていた騎士が、馬鹿にしたように言う。その言葉にかなではひるんだように俯いた。騎士とは逆に、王子は小さな子を諭すように続けた。
「無駄なあがきはよすんだ。君が魔力をほとんど失ったのも話を読んで知っている。大人しく結末を受け入れるべきだ」
しばらく震えていたかなでは、搾り出すような声を出した。
「怖くない、怖くない、無駄なあがきだとしても……オレは最後まで諦めない……」
キッと顔をあげたかなでは、こちらに向かって猛然と駆け降りてきた。
「うわああああああ!!!」
ふぅっとため息をついた王子は、騎士に向かって短く命令を下す。
「やれ」
「はいよっ」
チャキッと構えた騎士が、正面から突っ込んできた標的を切り裂く。
「かなで!」
すぐ側に倒れ込んで来た彼を慌てて支える。肩口がバッサリと切られていてすぐにこちらの服を汚す。じわっと視界が滲んできた僕は涙声で言った。
「なんで来たんだよぉ……っ」
ところがその表情を見た僕は、一瞬で涙が引っ込んだ。
え? ちょっと待って
これって――そんなバカな!
「やれやれ、君たちの絆はよくわかったよ。いいだろう、そんなに一緒が良いなら好きにすればいい、手を繋いで消滅するんだな」
諦めたように王子が僕たちの側を離れる。だけどそんなこともお構いなしに、僕はかなでから目が逸らせなかった。
「なんで笑ってんの? キミ」
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