第40話
「チロッ」
「くっ!」
グラリと落ちかけたのだけど、チロはなんとか羽ばたいてよろめきながら飛び続けた。
「チロ! チロ!!」
かなでがうろたえた声で首元にしがみつく。貫かれたのは左の翼の飛膜で、風切り音がヒュウヒュウと鳴っていた。左前足もやられたみたいで血が流れ出てキラキラと光っている。
「嘘だろ……こんなイベント、オレは設定してない」
「バカだな! キミはもうそのチカラを捨てたハズだろっ」
怒鳴りつけてもかなでは反応しなかった。う、わっ、つぎつぎ攻撃が飛んでくる!
「つむぎ! かなでの分まで防御壁を拡げろっ、つづり! 治癒魔法を!」
委員長の指示で、僕は慌ててリバイアの範囲を拡げる。飛び出したつづりちゃんが精神を集中させた。
「ヒーリング!」
治癒魔法が得意な彼女のおかげで、前足からの出血は止まる。だけど穴の空いた飛膜は相変わらずでチロは苦しそうな声を上げた。
「このままではまずい!」
「あっち! あの森に隠れよう!」
僕が指したのはレークサイドから少し離れたところにあるニエの森だった。
キュォォ……
チロは力を振り絞ってスピードをあげた。地面すれすれの超低空飛行で、森の中にそのままのスピードで突っ込んだ。
「うわぁぁあ!!」
迫り来る枝や葉っぱから手で顔をおおう。地面を擦るようにしてチロはようやく停止した。
「チロッ!」
慌ててとびおりて彼の様子を確認する。全員が降りたところでチロは小さな音をたてて元の小さな火トカゲへと戻った。
「こんなになるまで……」
すくい上げると、チロは目をつむったまま深い呼吸を繰り返していた。気を失ってる……
「チロの事は気になるがここなら追っ手にも見つからないだろう。少し休んだらポット村に向かうぞ」
委員長が切り株に腰を下ろしてフーッと息をつく。それを合図に僕らは小休止を取ることにした。
その時、空を見上げていたつづりちゃんが戸惑ったような声を出した。
「ねぇ、おかしいわ。なんでこんなに空が赤いの?」
見上げると、確かに木々の隙間から見える空は不気味なほどに赤かった。朝焼けなんて優しいものじゃない。今にも落ちて来そうな赤黒い空なんだ。何か考え込んでいた委員長が静かに報告する。
「さきほどチロの背中の上から、妙なものが見えた」
「妙なもの?」
「イゴールの上空が、黒く塗りつぶされていた」
「!」
その時、僕の脳裏にかなでが居た世界のことがよみがえった。あの世界も確か終末のような不気味な空で、ところどころが黒く崩壊してた。
「似てる……」
「え?」
「あっ、ううん。気にしないで」
これ以上みんなを不安にさせちゃいけない。
でも、あの世界はあの後どうなったんだろう……
「もうこんな状況なんだもの。何が起こってても気にしてられないわ。それより腹ごしらえしましょ」
つづりちゃんが道具袋の中から水筒を取り出してみんなに回してくれた。
「はい携帯食料も。念のため持って来て良かったわ」
「ありがと」
かなでの分も受け取った僕は、少し離れたところで背を向けている彼の方へ向かった。
「……」
段差になってるところに腰掛けている、その背中はかすかに震えてた。
「ごはんだよ」
その隣にわざと勢いよく座って、水筒と食料を間に置く。それでも彼はうつむいたままだった。
「……いらない」
「後悔でもしてるの?」
作者としてのチカラを捨てたこと。
言わずとも伝わったのか、かなではうめくような声を出した。
「オレ思い上がってた。『影』に立ち向かうだなんてカッコよく宣言したくせに、今すごく……怖い」
うつむいて、両手を膝の上で組むその姿は見たことがないほど弱っていた。
「先の展開が読めない。そのことがこんなに怖いと思わなかった。さっきのもチロが死んでたかもしれない。委員長が、つづっちゃんが、つむぎが、オレが、これから死ぬかもしれないんだよな」
不気味なほど赤い森で、かなでの怯えた声だけが抜けて行く。
「オレ、死にたくないよ……」
そうか、かなでにとっては今まで絶対安全なゲームをプレイしてた感覚だったのに、いきなりこの世界が現実(リアル)になったんだ。でも
「ねぇ、変な話していい?」
僕が言うと、少しだけ面食らったような顔をされた。
「こんな状況だけどキミのことを知れてよかったと思ってるんだ」
「は?」
雰囲気をひっくり返すように、僕は笑ってみせた。
「だって今までは、ヘラヘラしながらサラッとなんでもこなしちゃうみたいなトコあったから。だから弱ってヘコんでる今の状態をみれて、ちょっと嬉しい」
「嬉しいって、あーた」
呆れたような声に、僕は笑いが止まらなくなった。
「怖がっていいんだよ、それがフツーだよ」
僕は立ち上がって服の汚れをパッパと払った。
「キミはこれまでたった一人でループして頑張ってきたんだから。今度は僕が頑張る番だ」
***
「それで、どうなのだヤツは」
隣を歩く委員長がコソッと耳打ちをしてくる。と、言うのもさっきの小休憩を挟んでから、かなでが一言も発さなくなってしまったのだ。今はみんなからだいぶ遅れてトボトボついて来ている。
「うーんどうかなぁ、自分の中で恐怖心と必死に戦ってるんだと思う」
「使い物になるのかしら」
ボソッと言ったつづりちゃんは気まずそうな顔をして続けた。
「言い方きつくてゴメン、でもさっきの飛行戦の時のアイツの魔法を見たでしょ? すごく弱々しかったじゃない?」
そうなんだ。あの防御壁、魔力が一番低いはずの僕よりもずっと弱かった。
「ヤツの強大な魔力も、作者代理としてのチカラだったのかもしれんな」
「っ、でも関係ないよ! 魔力があろうが低かろうが、かなでは仲間だもんっ」
「……」
「な、なに?」
委員長は固い表情を崩さないまま言い放った。
「ヤツを庇いながら戦う余裕はない」
僕が何も言えない間に、彼は振り返った。
「かなで! 正直に答えろ。今の貴様の魔力は万全か?」
「……」
誰も、何も動かない。
ただ小さな小鳥の声だけが頭上をチチッと駆けていった。
重苦しい雰囲気に耐えきれなくなる寸前、委員長がフーッと息を吐いた。
「よくわかった。リーダー命令だ、ここに残れ」
「委員ちょっ……!」
「共に戦いたい気持ちはよくわかる。だがそれが難しいことは自分が一番わかっているだろう?」
俯いたままのかなでは、何も言わない。ただワナワナと震える肩だけが彼の心情を表していた。
「共に戦えないのは私もつらい、だが理性で考えるんだ。お前だって私たちを危険に晒したくは――」
言い終わる前にかなでは駆け出していた。踵を返し、来た道を引き返す。木々にまぎれてすぐにその姿は見えなくなった。
「あっ……」
追いかけようとした僕の肩を、つづりちゃんが引き止める。振り向くと彼女は悲しそうな顔で首を横に振っていた。
「行くぞ。じき森を抜ける」
冷たい声の委員長。だけど僕にはその声がいつもよりさらにぶっきらぼうだというのが分かっていた。
歩き出す二人を追おうとして、僕はもう一度振り返る。
(待ってて、もうこんな悲しい連鎖終わらせるからっ)
拳をギュッと握って走り出す。木立を抜けていきなり開けた視界に目をこする。するとそこには
「ひどいものね……」
ポット村の焼け跡が広がっていた。
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