第39話
喜び勇んだ僕らは、近場の窓を開けて飛び出し、木や窓枠を伝いながら屋上を目指す。
「飛ばしてっ」
「よっ!」
差し出された手に捕まって、振り子の要領で上に飛ばされる。タッ、と屋上に出た僕は、夜空の彼方にそれを見つけた。
「チロ!」
キラキラと光る真紅のドラゴンは、紛れもなく僕らのサラマンダーだった。
「こっちだよー!」
「なーいすタイミング!」
かなでもやってきてパチンと指を鳴らす。その背中に乗っていた二人の人物が、ひらりと屋上に舞い降りてきた。
「迎えに来たわよ」
「さぁサッサと乗れ! 早急に戻るぞ!」
「委員長! つづりちゃん!」
二人は僕が転移装置で行った後、チロで追いかけてくることを思いついたらしい。うぁぁ、助かったよ!
「さぁ行くぞ!」
全員がのりこんだあと、委員長がチロの太い首をパシッと叩く。
チロは一声ないてから羽ばたいた。みるみるうちにお城が遠くなる。
闇夜の空を切り裂くように、僕らは一直線に学校へと戻り始めた。
「こっちの迎え撃つ態勢はほぼ整ったの。いつでも来なさいっての」
楽しそうに言うつづりちゃんを横目でチラッと見て、委員長がため息をつく。
「わらいごとか。状況は切迫しているのだぞ、もう少し緊張感というものをだな……」
「あら、校長も言ってたじゃない。これは実習の一環なのよ。楽しまなきゃ」
「貴様なぁ」
いつも通りに話す二人だったけど僕にはわかった。わざとかなでのことに付いては触れないようにしてるんだ。
だけど、チロの尻尾の方、後ろ向きに座ってた人物はぽつりとつぶやいた。
「ありがとう。オレが話すまで何も聞かないつもりなんだよな」
みんなが黙り込む。翼が風を切る音だけが響く中、かなでが決意したかのように口を開いた。
「オレさぁ、この世界のニンゲンじゃないんだ」
「……」
「これから話すことは、みんなの存在理由を根底から覆してしまうかもしれない。だけど聞いて欲しいんだ」
全てを打ち明けることに決めたのか、初めから順を追って説明していく。
この世界はお話の中での出来事であること。
自分はひとつ上の次元から来たこと。
いままでの冒険を多少なりとも操ってきたこと。
意図的ではないにしろ世界をループさせる原因になってしまったこと。
「今まで騙しててごめん」
口を挟まずに黙って聞いていた二人は立ち上がると、その背中に蹴りを入れた。
「どわぁ!?」
落ちそうになったかなでは、チロのしっぽになさけなくしがみついた。振り返って抗議する。
「っにすんだよぉ!」
「アンタがあまりにもバカだからよ」
「そうだな、救いようのないアホだ」
「は、はぁ?」
面食らった顔に、二人は辛辣な言葉を投げつけていく。
「今のは騙されたことではなく、黙っていたことに対する仕打ちだ」
「そうよ、そんな重大なミッションを一人でなんとかしようって考えていたことに呆れてるの、アタシたちは」
「無能だな」
「考えなし」
「向こう見ず」
「自信過剰」
「わかった、わかったからもうやめて! 心折れる!」
あーあー、散々な言われようだなぁ。ま、気持ちは分からなくもないけどね。
風に髪をなびかせながら、つづりちゃんが腕を組む。
「一つだけ答えなさい。アンタそのチカラでアタシ達の心を操ったことが一度でもあった?」
「え……いや、オレが出来るのは多少のイベントを起こすぐらいで、みんなの気持ちを操作することは――」
「わかった、もういい」
「ちょっ」
皆までいうなと手を振る委員長を引き継ぐように、つづりちゃんが髪をかき上げながら言う。
「モノガタリロンでしょ? アタシも物書きのはしくれだもの。そのくらい聞いたことがあったわよ。何度か考えたこともあったし」
「私もだ。この世界は誰かの創作世界なのかもしれん、とな。だがその度にいつも同じ結論にたどりつく」
二人は不敵に笑って声をそろえた。
――だからどうした
「とな」
「ってね」
ポカンと口を開けていたかなでは、いきなり笑い出した。
「ちょっと、どうしたのよ。ついに狂った?」
「いや、ちょっと拍子抜けしただけ。っくはは、はははははっ!!」
なぜか晴れやかな声でこう言った。
「オレが考えてるより、ずっとずっとこの世界は強い。みんなそれぞれ生きて、ちゃんと考えてる。ただのおはなしの中じゃない、記号じみたキャラクターなんかじゃないんだ」
「フン、当たり前だ」
振り返って僕も同意する。
「そうだよっ、僕たちは生きてるんだ! 『影』なんかに負けないんだからっ」
しばらく黙り込んでいたかなでは、決意したように言った。
「オレ、この世界を『影』から解放したい。ループを抜け出して、誰もが操られることなく、自分自身でまっすぐ歩いていけるような世界に」
「えぇ、やるわよ」
「同感だ。『影』を打ち倒し、私たちの世界を取り戻すぞ」
「よぉぉーっし! がんばるぞー!」
すじ書きはいらない。
僕自身の意思を、誰にも曲げさせるものか!
***
「見えてきたよ!」
うっすらと夜もあけてきた頃、僕は遠くの方に見慣れた学校を見つけた。
「! 火の手が!」
東の朝焼けの空にも負けないくらい、学校の空は赤く燃え上がっていた。同時に何色もの光線が空を飛び交っている。
「くっ、すでに始まっていたか!」
「見て!」
つづりちゃんの指す方を見ると、レークサイドへと向かう道にずらりと揃いの制服を着た人たちが列をなしていた。ゾロゾロと吸い込まれるように向かっていく姿にぞっとする。
「魔導騎士団……」
彼らは頭上のドラゴンに気づいたのか、驚きの声をあげてこちらを指差してきた。
「まずいぞっ」
委員長の緊迫した声が響き、同時に光線が飛んでくる。
「「リバイア!」」
チロの両側に立った僕とかなでが、それぞれ左右に防護壁を張る。これでいくらか防げるはずだ!
「つづり! 『影』の姿が見えないか!」
操縦席に居た委員長が、最後尾にいたつづりちゃんに呼びかける。彼女は「見えちゃうんです君」のメガネを上げながら首を振った。
「ダメね、こう魔力が入り乱れてると……」
その時、僕らのキーアークが同時にピピッと鳴った。
『――ようやく来おったな! 遅い! 我が校の生徒ならもっと迅速な行動を心がけんか!!』
「校長先生!?」
「んなコトいっても一回死んだり大変だったんだって!」
『――なお、この通信は諸君が学校から三km圏内に入った時点で届く自動音声である。話しかけても応答はできんぞー』
「だぁっ!」
ズッこけるかなではほっといて、僕らは耳を傾ける。
『――よいか、決して降り立ってはいかん。街全体に石化の罠が仕掛けられているのだ! 我が校は卑劣な策にすでに負けている! 生徒に化けて潜り込んでいた魔導騎士団が居たのだ!』
「なんですって!?」
光線が飛び交う学校を見つめていると、校長の声が続いた。
『――決着はすでについておる。今諸君らが目にしている戦闘はおそらく“ディレイ”の呪文で映し出された数時間前の映像じゃ。ヤツらは何か得体の知れないチカラを持っておる、ワシらの魔法を無効化する何かが』
ゴクリと息をのんでみんなと顔を合わせる。
『――もうすぐそこまでヤツらが迫って来ておる……おぬしらだけでもなんとか逃げて――うぁっ!!』
「!?」
校長先生の声が途切れ、代わりに男の声が後を引き継いだ。
『――ようやく来たようだな』
「王子!」
聞き覚えのありすぎる声に、思わず録音だと言うことも忘れ怒鳴りつけてしまう。
「もうやめてよ! キミだってこの世界の一部なんでしょっ、どうして――」
『――話すことがある。ポット村で待つ』
それだけ言い残して、通信がブツっと途切れてしまう。
「話したいことって……」
キーアークを握りしめたまま立ち尽くしていた僕に、委員長が声をかけた。
「どうする。もう校内に入るぞ」
ディレイの映像を越えると中の様子が見えてきた。見慣れた学校は悲惨な姿になっていた。塔はくずれ、あちこちで火がくすぶっている。校庭には石化した生徒たちがポツンポツンと置かれていた。
「……ポット村へ!」
僕の言葉を聞いたのか、チロがグンッと方向転換して離れる。
ところが幻覚の壁を抜けた、その時だった。
バシュッ!!
「あっ」
キュォォォンン!!
突然下から飛んできた赤い光線が、チロの翼を貫いたのだ。
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