魔導学校へようこそ!~いかにして ░▒▓▓▒人は出会ったか
第37話
「ん……」
うっすらと差し込んでくる朝日に目を開ける。
チチチと鳴く小鳥の声が窓の外から聞こえ、僕はゆっくりと体を起こした。まだ半分夢見心地のままの頬を、涙が伝う。
「……泣くくらい、どんな悲しい夢だったっていうのさ」
ぼんやりしていた僕は、外から聞こえてきたソウゴンな鐘の音にひっぱたかれたように意識を戻す。
「うわっ、寝坊!」
何やってるんだよもう! 今日からあんなにあこがれた魔導学校に入学するって言うのに!
慌てて着替えを済ませた僕は、必要書類をカバンに突っ込んで自宅を飛び出した。
「いってきまーす!!」
*episode.1
魔導学校へようこそ!~いかにして ░▒▓▓▒人は出会ったか
ところが庭を出るか出ないかぐらいのところでギクッと足を止める。バッと振り仰ぐのだけど、
「あれ?」
朝のご町内は平和そのもので、『何か』が降ってくるだなんてことはなかった。僕は拍子抜けして肩の力を抜く。
「何かって、何?」
妙な気分にとらわれていたのだけど、ハッとして走り出す。
「って、それどころじゃない遅刻ーっ!!」
「うわっ!」
角を曲がったとたん、何か黒っぽいものにぶつかって僕は吹き飛ばされる。
「危ない!」
パシッと手を掴まれてなんとか転ぶことは阻止される。見れば黒い長髪の男の子が僕を見つめていた。
「アタシつづりっていうの、アナタは?」
「あっ、僕つむぎ」
「よろしく」
「う、うんっ」
素直に握手してニッコリと笑う。
あれ?
「そういえばさ、今度の授業までにチームを組んでおけって先生言ってたね」
「あぁ、言ってたわね。何をさせるつもりなのかは知らないけど」
「おそらくは課外実習でのチームだろう。他にも授業内での活動に使うかもしれんがな」
「ここに居る四人で組まない?」
「……」
「よにん?」
「ちょっとつむぎ、アンタ誰が見えてんのよ」
「あれっ、ごめん! 何いってるんだろう……僕」
「ぼんやりしたヤツだな、やれやれ、お前のような抜けたやからの面倒を見るのも学級委員長としての役目か」
「とか言って、つむぎと組みたいだけなんじゃないのー?」
「なっ、決してそのようなことは!」
「あはは」
おかしいな。
「ねぇつむぎ。アンタの戦い方、なんでいつも左側だけガードが甘いの?」
「え?」
「確かにな、共に戦っていた相棒でも居たのか?」
「そんな人……居ないよ」
なんで、
「あら、長期休暇なのに自宅に帰らないの?」
「ヒノエ先生、帰っても誰も居ませんから」
「お隣さんにも挨拶してきた方がいいんじゃない?」
「隣は……ずっと前から空き家で……」
どうして
夕陽の差し込む階段の踊り場。ふと右のポケットからカサッと言う音が聞こえて僕は立ち止まった。
「メモ?」
不審に思いながら開くと、そこにはいくつかの名前がかかれていた。僕のなまえ、つづりちゃん、委員長、他にもたくさんの知り合いの名前。
「こんなのいつ書いたんだろう」
奇妙なことに、僕とつづりちゃんの間にある二番目の名前だけが上からグチャグチャに黒く塗りつぶされていた。見つめてる間にもそれはすぅっと消え、代わりに何か文字が浮かび上がる。
物語りはあるべき形に戻りました。
「えっ」
誰かがそれを読み上げたような気がして振り返る。当たり前だけどだれも居るはずかった。ウソみたいに赤い夕陽がとどまっているだけだ。でも
「誰?」
わけのわからない喪失感に、胸を切り裂かれるような痛みが走る。
知らず知らずの内ににじみ出た涙が一粒零れ落ちた。
「なんで、居ないの?」
いつも隣に居たのに、確かにいたはずなのに
「どうして側にいないんだよ!!」
持っていた本を取り落として、僕は声の限りに泣き叫んだ。
キミはいったい、誰?
――さよなら、つむぎ
名前も思い出せないなんて
「うわぁぁぁああん!!!」
さよならなんて聞きたくない、そんな諦めたような声ききたくない。
「行かなきゃ」
ひとしきり泣いてぐしっと涙をぬぐった僕は何かに突き動かされるように走り出した。行くあてもわからず、ひた走る。やがてたどりついたのは、四階廊下の突き当たりだった。
そこには二枚の姿鏡が設置されていて、片方の一枚を動かして向かい合うように設置すると、移動の鏡で絶対にしてはいけないと言われている合わせ鏡が完成する。
僕の耳には、つい先日行った授業の声がリピートされていた。
――次元を超える鍵となるのは『限界を越えたその先』と言われているわ
――せんせー、限界の先って何ですかー?
――日常の中に潜むループの事よ。たとえばそうねぇ、あわせ鏡とか、メビウスの輪とか。
――ただあくまでも理論上の話だから、成功例はほとんどないわね
「いつもそうだ、キミは気まぐれで、自分勝手で、好き放題するだけして僕を困らせるっ」
キミが誰なのかは知らない。これでどこに行けるかなんて知らない。だけどいかなくちゃ!
目をつぶって飛び込む。とぷんと水の中にもぐるような感覚が一瞬して、僕は鏡の中に入っていた。
「ばか! ほんとにバカ! こんなことして僕が幸せになれると思ってるんなら勘違いもいいとこだっ」
ひたすら走る。ぐるぐると巡る同じ光景に恐くなったけど、振り切るように走るスピードを上げた。
「こっちだってキミが居なくちゃ面白くないんだよ! 勝手に居なくなるなバカぁーっ!!」
叫んだ瞬間、合わせ鏡の回廊が目もくらむほど白く光る。
「っ――!!」
思わず足を止めて目を閉じる。痛いほどの静寂が体を包んだ。
***
僕の中の記憶が静かに、だけどものすごい勢いで流れていく。
入学前の、子供の頃に街を二人でかけめぐってあそんでいた記憶。
かと思えばいきなり学校の卒業式になって。
また子供の頃に戻って。
大人になって旅をしていたり。
はたまた学校の先生になっていたり。
はじめて一緒に行ったおつかい。
最後の依頼実習。
入学試験。
生まれた時。
いくつも、いくつも、僕の人生が逆戻しされていく。
そして、僕はある草原で一人の男と出会う。
「なんでキミ、は、そんなに泣きそうな顔をしているの?」
「どうあがいたってオレは登場人物にはなれない! 要らないんだ!」
「要らなくなんかないよ」
「……」
「大丈夫だよ、だから泣かないで」
あぁ、そうか。そうだった
ようやく 思い出した
***
ちゃぷり、ちゃぷり。足首を撫でる水の感覚にそっと目をあける。気づけば僕はピンク色の浅瀬に立ち尽くしていた。
「ここは……」
遠くの方で黒い森がそびえ、夕暮れ時とも夜明け前ともつかない水色の空はハッとするほど美しい色合いだった。月も太陽もないのに不思議と辺りは明るい。薄紅色の花びらが輝くような水面に散らばり、僕の動きに合わせて揺れている。
それはどこまでも穏やかで、幻想的な世界だった。
ふと視線を上げれば、少し離れたところにピンクのもやもやした物がうずくまっているのが見えた。
「みつけた」
声をかけるとその塊は一瞬ゆらりと拡散した。けれどもすぐにしぼんでしまう。
「かくれんぼにしても遠くに行きすぎだよ、見つけられなくなるところだった」
今にも消えてしまいそうにほどけて、集まり、薄くなり、濃くなる。
そばによって膝をつく。そっと手を添えても実態を掴めず虚しく手が通り過ぎてしまうだけだった。
「また自分を見失っちゃったの? 初めて会ったときもそうだったね」
暑くも寒くもないその世界は、時間の流れというものが全くないようだった。空を見上げながらぽつりぽつりと話し出す。
「ずっと考えてたんだ。確かにキミはここの世界の人かもしれない。僕たちの世界には実在しない人なのかもしれない。だけど……」
キミがいない百一回目の入学式を迎えて気づいた。何かが欠けているようなあの違和感は他の何かで埋めることなんてできやしないんだ。
「ねぇ、キミはもうとっくに僕の話に必要不可欠なキャラクターなんだよ」
そっとその名を呼ぶ。
サァ、とピンク色のもやが晴れていき、次の瞬間そこにはピンク色の髪をした男が膝を抱えてうずくまっていた。彼は顔をあげないままに小さく声を漏らす。
「……どうしてここが判ったんだ」
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