第36話
「な、なにを」
「【次】は殺さないで。ちゃんと笑って言うこと、はじめましてこんにちわ、お友達になりませんかって」
「そん、な」
「一緒に生きてみようよ。案外カンタンかもしれないよ?」
オレはくしゃっと前髪を掴んで笑う。笑えて……いただろうか。
「自分を殺したヤツと、友達になろうっていうのか」
「ふふっ、きちんと言えたら考えてあげなくもない」
そうか、ようやくわかった。オレが何度バッドエンドにしようとしても失敗したのは、『影』が介入してたからじゃなかった。彼女が――つむぎ自身が抗ったからなんだ。
キャラクターは生きている。それをねじ曲げようだなんて、まったくもって馬鹿なことをしようとしていた。たとえ作者だろうと、そればっかりは変えられないんだ。
「名前をあげるよ、キミはもう名前のない『概念』なんかじゃない」
名前を呼ばれた瞬間、それまで曖昧だったオレの存在が急に現実味を帯びた。透けていた手のひらに色がつく。
「いい名前でしょ? 猫を飼ったらつけようと思ってたんだ」
「オレは猫と同レベルかよ」
「絵本に出てきたピンク色の猫が飼いたかったんだ」
つむぎがにっこり笑うと、コピーしたオレの髪がとたんに鮮やかなピンク色になる。そうか、こうして設定はつくられていくのか。
「さぁやり直そう。苦しいのは嫌だから一気に頼むね」
コイツがくれたチャンスをムダにはしない。
オレは今までで一番の胸の痛みと共に、つむぎの首を締めた。
――またね、かなで
………。
世界がリセットされる。
これがオレのおはなし。
なーんちゃって~! なぁなぁ、こんな設定だったら面白いと思わね?
……とは、さすがに今回は言えないか。恥ずかしいとこ全部さらしちまった。
あぁ、うん、正直に言うよ。オレはつむぎが好きだ。どうしようもないくらいに好きだ。
二次元の女の子に恋するだなんて馬鹿げてるけど、でもしょうがないんだ。同じ高さに立ってみれば、アイツは目の前で確かに動いて、笑って、泣いて、生きているんだから。
どうしてもオレの気持ちを伝えたくて、何度も打ち明けた。
でもダメだった。その度に世界が歪んでこじれていってしまう。自分の意思とは関係なく物語りが暴走し出してしまう。
気がつくとオレの周りは血まみれで、まっかに染まった己の手と、倒れてすでに事来れている大切な人たち。
どんなセキュリティが働いてるのかは知らないが、オレに許されたのはここまでなんだろう。
これ以上を望むな。身の程を知れ。
……たぶん、そういうこと。
そして九十九回目のつむぎが死んだとき、ようやく諦めがついた。
あぁ、やはりオレはこの世界にとって異分子なのだと。
だから……もう良いんだ。
オレみたいな存在がみんなの側に居られただけでも感謝しなくちゃ。
あのさ、オレ今度こそ、この話を
そのためなら自分がどうなろうと構わない。話の流れが望むならラスボスにだってなってやる。
だって、それだけが孤独なオレに手を差し伸べてくれたアイツへの恩返しだと思うから。
***
「そろそろ起きているんだろう」
自分と似た声に、うっすらと目をあける。気が付くとすぐそばに王子が立っていた。哀れむような慈悲深い目でこちらを見下ろしている。
「そろそろ時間だ。移動する」
ノロノロと立ち上がり、暗い牢から出される。オレはその後ろ姿を見ながら皮肉っぽく笑った。
「あんたがオレに似てる理由がようやくわかったよ。あんたがオレに似てるんじゃない。 【オレ】があんたに似てたんだな。あの時、外見借りるためにテキトーに選んだキャラが、まさか王子サマだったなんて思いもしなかったよ」
コツ、と足を止めた王子はこちらに振り返った。
「逆だ。お前が選んだから、ただの平民だった僕が『王子』というキーキャラに抜擢されてしまったんだ」
「……」
あぁなるほど、これも『影』のたちの悪い冗談か。
「そりゃ、悪いことをした」
「気にしなくていい、これが僕に用意された役だったというだけだ」
王子はマントを翻しながらまた歩きだす。本当にこの世界は……影から役割をあてられて動いているんだな。
黙り込んでいると、王子はある扉の前で止まった。
「さぁ咎人。裁きの時だ」
暗く沈んだ回廊からのまぶしさに目がくらむ。
そこは天井の高い大聖堂だった。同じ方向をむいた長椅子か整然と並べられ、チラチラと揺れるロウソクの明かりを反射するステンドグラスが美しい。
だが本来像を飾るべきところは空だった。代わりに黒くゆらめく「影」が居る。
「やぁー、代理カミサマ久しぶり、こっちにおいで」
ちょいちょいと手招きらしきものをされ、壇上に上がる。
「見てよ、キミの真似をして下層に意識を投げ込んでみたんだ。いやぁ~こんな手があるなんて思いつきもしなかったよ、かなり大人げないけど」
「……」
「しかし驚いたな。久しぶりにこの世界どうなってるかな~って覗いたらめちゃくちゃループしてるし。百回? どれだけ「つむぎ」に執着してるの。アハハハハ! マジで滑稽なんですけど!」
表情なんてないのに、声だけでもニタニタと笑っているのが分かる。
「必死すぎて笑えるよ。そんなに独りが寂しかった? おかしいなぁ自我を与えたつもりは無かったんだけど、『つむぎ達』を見下ろしてる内に自分も意思のある一個人だって勘違いしちゃったのかな?」
――ただの代筆システムのくせに
「その姿も、声も、形も全部まがい物のコピーキャット。からっぽ、何にもないからっぽ」
システムか、そうだよな、オレは元々肉体を持たない『概念』だったな。
でも、それでも、みんなを想うこの気持ちだけは本物だ。
……これだけは誰のコピーでもない。オレ自身のオリジナルだと
誰か、言ってくれよ
頼むから
「咎、ループすると知りながらも話を捻じ曲げた事。罰、主人公『つむぎ』の手により敵として認識され討たれること」
「わかってるよ……早く話を進めてくれないか」
「OK」
もう、こうするしか無いんだ。
タイミングを見計らったように、背後――オレが入ってきた扉とは反対の扉が開いた。暗い回廊から小さな姿が進み出て来る。
「かなで……」
こうなった今でも、その名を呼んでくれることに胸が苦しくなる。
だけどもオレはいつもどおりの言葉を反射的に返していた。
***
「よぉーっす! つむぎ、こんなトコで会うなんて奇遇じゃーん」
かなでは鎖で繋がれてるというのに、いつものようにヒラヒラと手を振っていた。だけど僕は何もいわずに見つめ返す。
「いやービックリ。気絶して起きたらお城の中だったんだけど、オレいつの間にテレポートしたんだろうね」
「……」
「えーっとそれから……」
「……」
無言で見つめ続けると、逃げられないと悟ったのか、ふーっと重いため息をついた後に抑えた声が響いた。
「聞いたんだろ、オレのしてきたこと」
「……うん」
その時、かなでの斜め後ろにいた「影」がぴょいんっと跳ねた。
「さぁさぁ役者は揃ったね、それじゃ始めよう』
そばによってきた王子が僕の手に何かを握らせる。一振りの剣だ。
「その昔、天使の魂を三つに切り裂いたと言われている『レギオンの剣』。こういう場面ではおあつらえ向きだね」
「君の中の魔力を込めるだけでいい。それだけで狙ったものを切り裂く」
変わった剣だった。刀身は白いのによく見ると波打つように模様が入っていて、見つめていると吸い込まれそうな錯覚を起こす。
魔力を注ぎ込んでみると剣は一気に黒く染め上がった。同時にとてつもないパワーが噴きあげてくる。
「その男さえ殺せばキミの話は本筋に戻れる。世界の再構築をしなくて済むんだ」
「……」
急に頭の芯がぼぅっとしたようだった。僕の中の憎しみとか、悲しみといった感情ばかりが大きくなっていく。
お父さんとお母さんが居なくなったのは誰のせい? こんなことを知ってしまったのは誰のせい?
――ぜんぶぜんぶ、かなでのせいだ
ゆっくりと祭壇に歩み寄る。他の人たちはスッと後ろに引いて成り行きを見守るようだった。
「きゃー、かーっこいいーまっがまがしいー」
こんな時でもキャッキャとはしゃぐ男に、ピタリと狙いを定める。
「覚悟は?」
「できてるよ、この世界に来たときから」
ずっと僕はだまされてきたんだ。いままで自分で選び取ってきたと思っていたことは、全部かなでの手のひらの上のことだった。
「僕は、自由になる。何にも縛られず、自分の選んだ道を行く」
「うん」
「リッパな魔導師になって、お父さんとお母さんを探しにいく」
「うん」
「その為には、作者なんて要らないんだっ!!」
「できるよ、つむぎなら」
僕はきつく瞑っていた目を開ける。気合と共に振りかぶった。
「うああああっ!」
そうして、物語は。
――つむぎーっ、あそぼうぜー!
パキンという音がして――かなでをつなぎとめていた枷がゴトンと落ちた。
「え?」
聖堂全体がシン、と静まり返る。
痛いほどの静寂が張り詰める中、僕はうつむいたまま絞り出すように声を吐き出した。
「……できるわけ、ないだろ」
顔をあげて、正面からキッと睨みつけてやる。
「全然わかんないけどっ、 でも」
いつだって側に居てくれた。どんな時も僕の味方だった。
みんなに疑われた時だって、一人だけ覚えていてくれた!
「キミを殺すだなんてそんなこと、絶対にできない!」
耐えきれなくなった涙が目の淵から流れ落ちた。あぁもう、また泣いてる。
「悩みがあるなら、なんで言ってくれなかったの? 何か理由があるんでしょ? 一人で悩むなよバカぁ!」
「……」
「僕ら、友達だろぉ……」
ちがう、こんな感情に任せた言葉じゃなくて、もっと冷静に、論理的に話さなくちゃいけないのに。
グスグスと泣き出した僕は、ふいに頭に手を乗せられて滲む視界を開けた。いつの間に立ったのか、慣れ親しんだ距離と、息遣いと、温度と、それから
「……何回繰り返しても、やっぱりつむぎは優しいんだな」
ピンクと水色が混じりあう、夜明けの空のような瞳が僕を優しく見つめていた。
僕はひっくとしゃくり上げながら縋るように言う。
「か、帰ろうよ、みんな待ってるから……」
早く日常に戻ろうよ。こんなこと聞かなかったことにしてあげるから。だから
「ありがとう――でも」
「えっ」
急にぐいと引き寄せられ、まだ右手に握ったままの黒剣にずぶりと何かを突き刺したような感覚が走る。
「もう、潮時なんだ」
僕にもたれるように倒れ掛かってきたかなでの身体は、鋭い剣で刺し貫かれていた。
声なき悲鳴をあげて受け止める。冗談みたいにドクドクと吹き出す赤黒い血がすぐに僕の身体まで染めて行く。
「お前がオレを許しても、オレは自分を許さない」
ぎこちない動きで腕をあげたかなでは、僕の頭をいつものようにポンポンと撫でた。
「そんな顔するなって。これはケジメなんだよ、いつかつけなきゃいけなかった落とし前なんだ」
もう言葉すら喉をつかえて出てこない。僕はひたすら涙を流しながら頭を左右に振るしかできなかった。
「今度こそお前が幸せになれるような話を紡ぐから」
「……っ」
「大丈夫、これで全部元通りだ」
離れていく。切り裂かれた魂が行ってしまう。
最後にかなでは、ささやくように言った。
「さよなら、つむぎ」
――ずっと好きだった
ふっと力が抜け、その身体が後ろ向きに倒れて行く。
僕は彼の名を叫び、その手を掴もうと精一杯腕を伸ばして――
そして、すべてが真っ白になった。
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