第29話
次の朝、みんなは朝ごはんを持ってきてくれた。のだけど
「なぁにその顔は、眠れなかったの?」
「うぅん……」
つづりちゃんに目の下のクマをなぞられて、僕はぼんやり反応する。
あの後、部屋にだれかいるかもしれない恐怖でとてもじゃないけど眠れなかったのだ。安眠妨害のユーレイだなんて、なんて人騒がせなマモノなんだろう。
「しっかりしないか、そんな調子ではいつ捕まってもおかしくはないぞ」
「わかってるよ~」
委員長に頭をクシャッとされて、僕は力なく振り払う。うぅ、本格的に寝不足だ。
「それじゃ、アタシたちは出かけてくるからね」
出て行く二人と入れ違いに、かなでが大量の本を抱えてやってくる。大げさに口を開いた彼は失礼なことを言った。
「うわ、呪われそう」
「殴るぞ」
半分本気で拳を振り上げると、かなでは慌ててバリケードを築くように本をドサッと置く。
「そいじゃ、こっちも始めようか」
「この中から、みんなの記憶の治療法を探すんだよね」
すこしだけゲンナリしながらも、一番上の本に手をかける。見つかるといいけど……
わずか数分後、僕は調べて居た本をパタンと閉じると、無言でかなでに投げつけた。
ドスッ
「ごふっ!?」
ちょうど角がみぞおちに入ったようで、高いびきをかいて眠っていた男が飛び起きる。
「っにすんだよ!」
「寝るな! 始めて五分も経ってないんだぞ!」
「オレが活字ニガテなの知ってるだろ!?」
「だからって、鼻ちょうちん出しながら眠るなよ! やる気が音を立ててしぼんでいくんだってば!」
しばらくギャーギャーと言い争いをしていたのだけど、かなでは急にふてくされたようにそっぽをむいてしまう。
「どーせオレは調べものに向いてませんよーだ。……ん?」
その時、どこからかチロが現れてかなでのお腹の上にするりと乗ってきた。その口には新聞を加えている。
「おー、よしよし、えらいぞチロぉ」
「いつのまにそんなしつけを……犬じゃないんだから」
「しつけよりチロがくわえても燃えないように新聞に加工する方が大変だったかな」
「だからどうしてそういう無駄な労力を使うわけ?」
バサリと新聞を広げたかなでは、ふと表情を硬くした。
「……まずいかも」
「え?」
気になって、ソファの後ろから回り込んで記事を見た僕は、ヒッと息をのんだ。
「おめでとうつむぎ! これで君も一気に
そこには、よく見慣れた自分の顔がデカデカと掲載されていたのだ。
「なになに、この顔にピンときたら王立騎士団へ、国家転覆をもくろむ凶悪犯です、ばーい王子。だって」
「う、うそでしょ……ここまでする?」
「こりゃ、本格的にまずくなってきたね」
めまいがしてソファに倒れこむ。お父さんお母さんゴメンなさい、あなたの娘はどうやら指名手配犯になってしまったようです。
「冗談じゃないよっ! この事がお父さんとお母さんの耳に入る前になんとしても濡れ衣を晴らさないとっ!」
「それで戻ってきてくれたら御の字じゃないの?」
「そんな不名誉な再会ぜったいにゴメンだよ!!」
泣きたい気持ちをこらえて山積みになってる本に飛びつく。なんとしても解決法を探さなくちゃ!!
それから二時間ほど、もくもくと調べ物の時間が続く。
「やっぱり、これだけの大人数の記憶を長期間いじれるなんて変だよ」
どこかのお偉いさんの論文をパタンと本を閉じて出た結論は、この状況が『ありえない』って事だった。
そもそも記憶術というのは一時的な物がほとんどで、こんなに大人数の記憶を長期間にわたって操る方法だなんてどこにも書いてなかった。一人にかけるのにも相当な魔力が必要なのに、いったいどうなってるんだろう?
「偉大なるニキ校長は言いました。世の中には人が想像し得る限り不可能なことなどないのだと」
「ん?」
とつぜん話し出したかなでは本をクルクル玩びながら続ける。
「潮騒の洞窟での戦闘覚えてる?」
「う、うん。ミノタウロスが現れて、急ごしらえで作った魔力電池を爆発させたんだよね」
そこまで言ってピンと来た。電池! かなでが指をピッと立て、指先から光を出して◎の形にする。
「ぴんぽーん。魔導水晶で出来た電池に魔力を溜めて、さらにそれにどうにかしてプログラムを書き込んでおけば蓄えが無くなるまで自動的に魔法はかかり続ける。今回の事態を引き起こすのにはそれしか方法がないと思うんだけど」
「でもそんな巨大な魔導水晶がどこに!?」
あれは大きさを増していけばいくほど比例式に値段が高くなっていくものだ。いくらこの学校が入り組んでたとしてもそんなものがあれば一発でバレそうなものだけど――
「そこなんだよねー問題は。地図を作って探索してる時もそんなもの見なかったし」
「やっぱり探すしかないのか」
ガックリと肩を落としていると、やけに嬉しそうな声が聞こえてきた。
「で、一つ提案があるんだけど――」
「外に出るですってぇ!?」
つづりちゃんの叩きつけるような声に、僕はソファにひっくり返りそうになった。なんとかふんばり悪鬼みたいな顔をする彼女をなだめる。
「お、落ち着いてよ、僕だって不本意なんだけど」
「ダメよ、絶対ダメ! アンタ凶悪犯で指名手配されてるのよ、もんのすごい賞金がかけられてるんだから。捕まって引き渡されちゃうわよ!」
うぐぐぐ、心配してくれてるのは分かるけど首締まってるつづりちゃん。
「まぁ落ち着けつづり。よく考えた上でのことなのだろう、作戦とやらを話してみるがいい」
「ヒューヒュー! さっすがいいんちょ! 作戦はこう、『校舎を景気よく連続爆破しちゃおうぜ作戦』」
「却下ァーッ!!」
あぁもう、だからその作戦名はやめろって言ったのに。二人とも何がなんでも阻止してみせるって表情になっちゃってるよ。いきまく二人を前に、僕はやけに疲れを覚えながらストンと座りなおした。
「落ち着いてよ二人とも。かなでが物騒なこと言ってるけど、被害は最小限に抑えるから安心して」
「ヤケを起こして真の犯罪者になるつもりか……?」
「もうっ、そんな気は微塵もないってば! 結果的にはそうなっちゃうかもしれないんだけど」
かなでの考えた作戦はこうだった。魔力というのは普段目に見えないけれどちゃんと流れがあるのだそうだ。
「そこで、このオレがひそかに!
そう言って懐からメガネのようなものを取り出す。それは一見すると何の変哲もないメガネなのだけどかけると魔力の流れに色がついて見えるようになるというとんでもないシロモノだった。
「しかし、いつの間にこんなもの作ってたのよ」
その性能の高さに驚きながらもつづりちゃんが言う。どうでもいいんだけど来るべきときに備えてって、こんな事態が来ることを想定でもしてたのかコイツは。
そんな僕の不審な思いをよそに、かなでは嬉々として説明を続ける。
「まずつむぎがオトリになって外に出る。そしてあっちこっちを爆破させる。みんなが集まってきたところで真実を言う。その時、忘却術がどういう流れでどこからかかっているのかをコレで調べるってわけさ」
「そんなの無茶よ……」
「僕もムチャだとは思うけどさ、これしかないかなって」
こんな生活をいつまでも続けるわけにはいかないものね。それから説得を続けること十五分、二人はまだまだ納得してないようだったけど、作戦に参加してくれることになった。かなでが続けて指揮をとる。
「つむぎに護衛として一人。本校舎の屋上から魔力の流れを見る係が一人。みつけた魔導水晶の破壊に一人ってとこかな」
その役割を聞いてつづりちゃんがスッと手をあげた。
「アタシは流れの監視役に着くわ。アタシの魔力じゃ護衛にも破壊にも向かないと思うもの」
つづりちゃんは悔しそうに言うでもなく淡々と言い放った。彼女はうぬぼれることなく自分の力量をキチンと把握しているのだ。いつだって冷静なつづりちゃんなら見誤ることはないだろう。
「じゃあ委員長は? ここは~やっぱヒーローとしてつむぎをカッコ良く守っちゃう?」
そんな茶化した聞き方をしたら絶対怒ると思ってたのに、意外にも委員長は静かに答えた。
「いや、その役目は貴様の方が適任だろう。私は魔導水晶の破壊にいく」
「あらら?」
そう感じたのは僕だけじゃ無かったのか、三人で顔を見合わせる。
「えっと……」
「じゃーそういうことで、決行は今夜の7時。夕飯が終わった頃がベストかな」
その後は細かい作戦を決めて、時間になるまで各自待機することになった。作戦開始十五分前にここにもう一度集合することを決めてから解散する。
かなでとつづりちゃんが出て行った後、最後に絵に触れようとした委員長が動きを止めた。
「……つむぎ」
「ん?」
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