第28話
楽しそうに言ったつづりちゃんは、ソファを離れて向かいの僕たちの席に移動してくる。すると彼も観念したように頭をかいた。
「わかったわかった、信じよう。可能性として考えられなくはないからな」
「おっし、話はついたね」
待ってましたとばかりに手をパンと叩いたかなでは、足を組みなおしてアームレストの上で器用にあぐらをかいた。
「それでは作戦会議を始めよう。今回の事件の解決法は次の三つの中からいずれか。①みんなの記憶を治す ②王子が村を焼いた証拠を見つける」
「③は?」
「③王都に直接なぐりこみ」
(((無茶だ!)))
僕たち三人が同時に思ったのを察したのか、③に関しては注釈が入った。
「んまぁ、それは最終手段にしとこうか」
「最終手段っていうか、それはもはやカミカゼ特攻レベルなんじゃ……」
自決覚悟でいっても、アッサリ殺されてしまうんじゃないだろうか。なんて言ったって相手は国の超エリート魔導集団だ。冷や汗をかいていると、委員長がふぅむと考え込んだ。
「となると、当面は皆の記憶を治す手段と、王子が村を焼いた証拠や理由を両面から捜査していくのがいいだろうな、どちらかが見つかれば事態は変わってくる」
「そうね、二手に分かれましょうか」
その後の話し合いで、自由に動けるつづりちゃんと委員長が悪事の証拠を、記憶改ざんの治し方を僕が引き受けることになった。
「オレは状況に応じてどっちでもやるよ~、元々授業もマジメに出てなかったし、ここに篭もっててもあんま気にされないと思う」
その時、夕飯の鐘を告げる音が校内に響き渡り、僕たちは顔を上げた。みんなはそろそろ戻らないと怪しまれてしまうに違いない。
「それじゃ、アタシたちはいったん戻るわ。つむぎが逃げたことに関しては何も知らないふりをしておくから安心して」
「新聞部の前であんな大芝居を打ったのだ。無関係を装うのは容易いだろう」
「うん、よろしくね」
「あとで夜食もってきてあげる、じゃ」
絵を触って図書館へと抜け出す二人を見送って、僕は残った一人に聞いてみた。
「きみは? いかないの」
「んー、食欲ないし別にいいや」
そういえば、元々好き嫌いが激しいというか食が細かったっけ。ふと思い出した僕は振り仰ぐように見返り聞いてみる。
「あ、そうだ。聞きたいことがあったんだ」
「なーに?」
「きみには記憶の改ざんが効いてないんだよね。タンガって場所の名前、聞き覚えない?」
――タンガのように最初からなかった事にしようと思ってたけど
王子が去り際に残した言葉を思い起こす。そんな名前の街なんか無かったはずだけど。
「あぁ、タンガ? そういや最近いかないね」
「あるのっ!?」
思わず身を乗り出して聞くと、かなではきょとんとした顔をした。
「何いってんだよ、つむぎのおじさんが居るとかで、ここ入る前はしょっちゅう訪ねてたじゃんか」
「おじ……さん?」
次々と知らない情報を押し付けられて混乱する。僕におじさんなんて居た? それがタンガっていうところに住んでいて、よく訪ねていた、だってぇ?
「ぜんぜん覚えてない」
「ちょーっと待ってな」
するりと部屋を出て行ったかなでは、数分もしないうちに紙を一枚手に戻ってきた。この辺り周辺の地図が書かれている。
「ほら、レークサイドから西行きの電車に乗って三つめの駅」
広げた地図には、確かに「タンガ」と言う地名が記載されていた。あまりのことに震えながら、僕は一つわかったことを述べた。
「消された土地にいた人が、最初からいなかったコトになってる。僕の記憶も、すでに改ざんされてたんだ」
慌てて地図に乗っている地名を片っ端から見ていく。嫌な予想は当たってしまった。
「クラリチェ、アールストン、ルゴス、聞いたこともない土地ばっかり!」
これだけの数の村や街が消えたと言うのに、僕たちは何も気づかずに日常生活を送っていたのだ。地図を見る機会は何度かあったはずなのに、それがおかしい事だと認識すらしていなかった。
「いつからこんなことがっ」
「どーうどうどう、落ち着け」
「このままじゃ誰も気づかないうちにたくさんの人が消されちゃう!」
僕はいつの間にか震えていた手をギュッと握りしめて、つぶやいた。
「どうしてこんなことをするんだよ……王子」
まもなく消灯時間となる頃、両手いっぱいにお菓子やパンを抱えたつづりちゃんと委員長が戻ってきた。
「厨房からたくさん分けてもらったのよ、ほらすごいで…… しょ?」
けれども彼らは部屋の中の異様な雰囲気を察したのか、すぐに口を閉ざす。
「何かあったのか?」
「話すよ」
話を聞き終わった途端、つづりちゃんが怒ったように立ち上がった。
「なによそれ! アタシが、今この瞬間にも、故郷のクローゼを忘れても不思議じゃないってこと!?」
「そうなったらつづっちゃんも一緒に消されるか、もしくは最初っからこのレークサイドに一人で住んでたように改変される、かな」
「冗談じゃないわ! アタシがこの学校に入った一番の目的を奪おうっての!?」
許さないわよーっ、と咆えるつづりちゃんの横で、委員長が冷静に考え込んでいた。
「聞けば聞くほどやっかいな話だな。王子は何の目的があってそのような非人道的な行為を繰り返しているのだ?」
「わかんないよ……でも、彼はこれが正しい行ないなんだって言ってた」
正義感に満ち溢れたまっすぐな瞳を思い出す。あれは迷いのない目だ。場の雰囲気を変えるように、かなでがいつもの明るい声で発言する。
「でも一つ分かったことがあったじゃん、人の記憶は変えられても、本とか地図の情報までは書き換えられないみたいだ。これは大きな収穫だぜ」
その言葉にみんな頷く。そうだ、まだ手遅れなんかじゃない。今ある僕たちの生活を守らなきゃ。拳を握りしめていると委員長が今後の行動を提案する。
「よし、明日は日曜だ。私とつづりで消えてしまった箇所の調査に行ってこよう。何か魔法の痕跡があるかも知れん」
「ぼ、僕もっ」
「貴様は留守番だ。みすみす国の警備隊に捕まるつもりか」
「うぅ……」
確かに今の僕はお尋ね者だ。うかつに顔を見せるわけにはいかないけど。歯がゆい思いをしているとつづりちゃんが優しく肩を叩いた。
「最初に決めたでしょ、アタシと委員長が外の担当、ね?」
優しく諭されて、仕方なしにコクンと頷く。
「……うん」
その後、明日の計画を話し合ったあと、みんなはそれぞれ部屋に戻って行った。一人取り残された僕は少し考えてから紙とペンを取り出す。
「文章なら消えない、かぁ」
インク壷に先が潰れた羽ペンを浸し、紙の上を滑らせる。僕は万が一忘れてしまった時に備えて自分に宛てて手紙を書くことにした。
「つむぎへ。えーっと、うーんと」
未来の自分に手紙を書くだなんて、なんだか気恥ずかしい気がする。かなで辺りに見つかったら散々からかわれそうだし、う~ん。
文面がグチャグチャになってしまったところで、ついに投げてしまった。
「あーもうっ、メモでいいや! 見れば思い出すよ、きっと」
もう眠いし、さっさと済ませちゃおう。そう考えた僕は、みんなの名前を走り書きして、それをポケットに突っ込んでソファに横になった。
ふと起きた時、僕は一瞬自分がどこに居るのか分からなかった。この部屋は窓がないので今が何時なのか判断しにくい。小物棚の上に置かれた小さな置き時計を手にとると、夜中の三時ちょっと過ぎだということがわかった。
「? なんでこんな変な時間に……」
自慢じゃないけど僕は寝つきがよくて、一度眠ってしまえばよっぽどのことがない限り朝まで起きることはない。不思議に思いながらも寝返りをうったところでギクリとする。部屋の隅に誰か居る。
「だ、だれ?」
『どうして気づかないの? どうして気づかないの?』
暗がりに居る影は、すすり泣くような声で嘆き続けた。こどものように小さな影はうずくまりこちらに背を向けて振り向こうとはしない。
『お願い気づいて、同じ過ちを繰り返さない内に、どうか真実を』
「どういうこと? 真実ってなに!?」
怖いのと、聞き逃してはいけないと言う焦りで僕の声は強くなる。けれどそれに反比例するように影の声は弱くなっていった。
『本当の裏切り者……すぐそば……るから』
「どういうこと? 裏切り者って、だれ?」
この声、どこかで聞いた気がする。誰の声? すごく身近な人だったような気がするけど。
『名前………の』
「ねぇってば!」
影は少しずつ闇に溶けていき、意を決して駆け寄った時には跡形もなくなっていた。
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